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第九話

 村民たちに対する天然温泉スパリゾート日出(ひで)村のプレビュー三日間は大盛況だった。その前の市の役員や軍関係者へのプレビューも大変に好評だったのは言うまでもないだろう。


 市長に至っては当日の公務をキャンセルしてまで堪能していたほどだ。秘書があたふたしていたのは実に滑稽だった。


 そしていよいよ今日は一月十日、オープンセレモニーが行われる。天気は雲一つない快晴でまさにセレモニー日和だ。大きめの朝礼台の前にはテントが設営され、主だった来賓は俺も含めてすでに用意された椅子に着席していた。


 八王子市市長をはじめとする市の関係者、陸軍からは高尾駐屯地司令の新高徳(しんたかとく) 寛起(ひろおき)はもちろん、市ヶ谷の大本営から陸将補や参謀本部の数人が顔を並べていた。


 そのため護衛の兵士も多数で、物々しい雰囲気が漂っている。


 スパの開業により、日出村は軍から覚えめでたい地となったそうだ。琴美(ことみ)によると熊退治まで協力してくれるとの申し出に、村長の重田(しげた)恒夫(つねお)が小躍りしていたとか。


 間もなくセレモニーが始まるが、その間もシャトルバスが到着しては客を降ろして戻っていく。偵察型ドローンから脳内チップに送られてくる画像からは、バス待ちの客が溢れる帝鉄(大日本帝国有鉄道の略)高尾駅の様子が窺えた。


「すごい人ね」


 隣に座った琴美が続々と集まる客を見て溜め息を漏らした。


 オープンから一週間は一日二千人、前売りチケット購入者のみに入場制限をかけている。自家用車での来訪は不可で、代わりにチケットには本来別料金のシャトルバス往復乗車券がセットになっていた。


「一週間分のチケットが発売から十分足らずで売り切れちゃったんだって?」

「らしいな。高尾駅に前乗りした人も多くて、宿も一杯だったようだぞ」


「聞いた聞いた! あと前売りチケット持ってないと入れないのを知らなくて、役場に文句を言いに来た人もいたわよ」

「ああ、九州から新幹線に乗ってきたってヤツか」


「そう。入れないなら往復の新幹線代と迷惑料払えだって……よく知ってるわね」


 偵察型ドローンからの情報をハラルから伝えられたからな。もちろんそこはスルーだ。


「払ったのか?」

「まさか! 軍に通報して取っ捕まえてもらったわよ。そしたら何と立川住みだったんだって」


「ソイツもバカなヤツだ」

「ホント、アタマ悪いわよね」


「ここは陸軍御用達のような一面もあるからな。プレビューで利用した陸将補の猪塚(いのづか)駿(はやし)さんだっけ。ずい分気に入ってくれたそうじゃないか」


「そうなの。大きな声じゃ言えないけど軍人にしては腰の低い方でね、田舎のおじいちゃんを思い出しちゃったわ」

「琴美の?」


「うん。青森のね。私青森出身だから」

「そうだったのか」


 即座に脳内チップに彼女の実家と祖父の画像が送られてきた。なるほど、確かに好々爺(こうこうや)の雰囲気が漂っている。


「兵士が無体を働いたり高圧的な態度を取ったりしたらすぐに言ってくれって名刺まで頂いたの。金色の」

「金色の名刺? 何か凄そうだ」


「だって陸将補様よ。市長さんも持ってないって言ってたし、一般兵どころか高尾駐屯地司令の新高徳大佐閣下からも私を無下に扱えなくなったって言われたわ」


「よかったじゃないか、琴美」

「ええ……って何がよ?」


「猪塚さんにもらってもらえばいいと思うぞ」

「バカ言わないで。向こうは五十九歳なのよ。さすがの私もそこまで年が離れてるとちょっと……」


「玉の輿なら何でもいいんじゃなかったのか?」

「そんなわけないじゃない!」

「だって俺でもいいんだろ?」


「え? レイヤはすっごいってほどじゃないけど、そこそこイケメンだと思うわよ」

「そうなのか? 言われたことはないなあ」


「ハラルさんとかルラハさんは言ってくれないの?」

「あの二人は人の容姿を褒めたり(けな)したりはしないんだよ」


「そっか、あれだけ美形だとどっちも嫌味に取られるかも知れないものね」

「そ、そうだな」


 ドールにとって人間の容姿の良し悪しは関係ないのだが、説明出来ないので話を合わせることにした。しかし俺がそこそこイケメンとは、喜んでいいのか悲しむべきなのか。いや、単なるお世辞と聞いておいた方が無難だろう。


 ところでセレモニーは今も来賓のスピーチが続いている。俺たちはともかく客は終わるまで建物に入れないし、椅子があるとは言えさすがに全員分はない。また用意されているのはいわゆるパイプ椅子と呼ばれる簡素なものだ。


 それでも彼らから文句が出ないのは、周囲に兵士が大勢いるからだろう。もし騒ぎ立てれば即刻捕らえられて連行されてしまう。不満があっても耐えるしかないのだ。


 スピーチが終わると、今度は軍の楽隊による演奏である。さすがに客たちにも疲れと苛立ちが見えてきたが、これに文句を言える者などいるはずがなかった。


 ところが突然鶴の一声がかかる。


山岸(やまぎし)君」

「は、はい! 何でしょうか、猪塚陸将補閣下!?」


「この演奏は三十分は続く。立っている客の中には年老いた者や子供もいるようだ。構わんから入場させてあげなさい」


 そして彼は隣にいた新高徳大佐に耳打ちし、大佐は護衛の兵士に指示を出したようだ。するとその兵士が客たちの前にいた兵士に言葉をかけてから客の方に顔を向けた。


「猪塚陸将補閣下のお計らいにより、これより入場を許可する。楽隊の演奏の邪魔にならぬよう声を立てず、足音にも注意するように!」


 客たちから安堵の溜め息が漏れた。楽隊の何人かは憮然とした表情を見せたが、それが陸将補の指示によるものだと知って慌てて表情を戻していた。


「四列になって進め!」

「慌てず、ゆっくりだ!」


 セレモニーの後、俺は村長と琴美と共に陸将補に呼ばれて、スパの会議室に向かうのだった。

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