35.旅の終わり
魔王城の門は開け放たれていた。
門番も、衛兵も、怪物も、何もいない。
城門をくぐり、正面から城内へと入っていく。
城内までは瘴気は入ってこないが、カビ臭い空気が漂っていた。
まっすぐに、城のホールへ進むと、玉座に座る一人の男がいた。
『待ちかねたぞ‥冒険者どもよ。他人と会うのは何年ぶりだろうか‥‥』
「お前が『魔王』かい?」エイジが、あまりにも普通に問い掛ける。
『クックックッ‥‥魔王か‥‥なんとでも呼ぶがいい。こんな‥無い場所に閉じ込められて‥何十年経った?‥わかるか?俺の果てしない孤独‥絶望‥憎しみ‥抑えがたい‥全てを破壊し尽くしたくなる衝動を!!!!ぐぁぁあああ!!!!』
完全に精神は崩壊していたようだ。会話ができるような状況ではなかった。
魔王の体が爆発するかのように膨れ上がると、無数の触手が飛び出し、エイジたちに向かって迫る。
咄嗟に土の加護の防壁を出現させるグラント。
大剣に炎を纏わせ、次々と触手を切り飛ばすフェルド。
リリスは風を纏った矢を続けざまに放ち、魔王本体を狙う。
腕を組み仁王立ちするナイトウ‥。
エイジは少し下がって、その様子を楽し気に眺めている。
執事とメイドは、エイジに迫りくる触手を叩き切り、蹴り飛ばす。
ローリはエイジの後ろから、そうっと魔王の様子を伺っている。
『オマエはぁぁあああーーーー!あのときの光だなぁぁあああーーーー!!』
魔王はローリに気付くとヘビのような触手を伸ばしてきた。
「やぁぁあああーーーー!」驚いて逃げ出すローリだが、足が遅過ぎる‥。
バクンッ‥‥ゴクッ‥ゴクンッ‥‥
ローリはヘビの触手に丸呑みにされてしまった。
「ぁ‥‥」エイジは一瞬、焦りの表情を見せたがまだ冷静だ。
『ぐひぁぁあああ!!これはいいぃぃー‥チカラがぁぁあああ!!みなぎるぅぅうあああーーー!!!』
魔王は四方八方手あたり次第に衝撃波を飛ばし始めた。
グラントが『大地の守護壁』を発動し、フェルドとナイトウを護る。
が、数発の衝撃波を受けて守護壁は砕け散る。
壁際まで吹き飛ばされ三人は、そのまま意識を失った。
リリスは素早く衝撃波を交わし、風の力を纏った弓矢で連続攻撃を仕掛けるが、まるで歯が立たない。
「リリス!無理しないで!グラントたちのとこへ‥」エイジがリリスに声を掛けた瞬間、魔王はニヤリと笑い、リリスではなくエイジに向かって集中攻撃を仕掛ける。
魔王は、こうすることで、俊敏に飛び回る彼女がどう動くか、読んでいた。
「エイジ!危なっ‥ガハッ‥‥」
ボゴッ
リリスの胸に大きな穴が空いて、床を転がっていく。
「ぇ‥‥」「これはいけません!」「‥!」
執事とメイドがいち早くリリスの元へ駆け寄り、メイドはすぐに回復魔法を発動させる。
しかし、リリスは既に‥‥
「リリ‥ス‥?」エイジは目を大きく見開いて、力なく横たわるリリスを見つめる。
あまりにも呆気なく失われた命。
自分が余裕ぶって戦闘を楽しんでいたがために失われた命。
最後の言葉を交わすことも叶わずに一瞬にして奪われた、愛しい命‥。
「ジー、メイ、『縛り』解除‥。みんなを、リリスを、護っていてくれ。」
いつもより深く沈んだ低い声で命令する。
それは深い哀しみと激しい怒りに満ちた声だった。
「かしこまりました。」執事はエイジの胸中を察して苦しそうな表情で首を垂れる。
「承知‥」いつも無表情のメイドも同じように苦しそうな表情で声を震わせた。
『アーーッハッハッーー!!ちょこまかとうるさい小娘をやってやったぞぉーー‥次はどいつだーーー』
「黙れ」
『小僧、お前もすぐにすり潰してやるぅぅううう!そこで大人しく震えていろぉぉおおお!』
「黙れと言っている!!おい!ローリ!!いつまでも好き勝手されているんじゃない!!」
『(‥はいなの‥)』
魔王から光が漏れだし、その肉体を内部から破壊しながら光の玉が飛び出してくる。
『ぐはぁぁあああ!!おのれぇぇえええ!!』
「お前が‥ここで何年そうしていたとか‥どうでもいい。その魂‥憎悪‥憎しみ‥妬み‥全て、全て!!跡形もなく消え失せろぉぉおおお!!!!!!!!!!」
魔王は何かを言おうとしたが、断末魔の悲鳴を上げることも許されはしない。
ひと粒の塵も残さずに消えていった。
「リリス‥‥‥」
リリスは‥完全に光を無くして暗く沈んだ目で虚空を見つめている。
「ジー、メイ、ローリ‥‥リリスを‥蘇生させる。」
「主殿それは!‥‥かしこまり‥ました。」執事はエイジの表情から、その覚悟を読み取り、黙って従った。
リリスを囲んで座り込む四人。
エイジが神としての力を開放して、リリスへと注ぎ込む。
神といえど、死者を蘇生させることは本来不可能だった。
しかしエイジは、自分たちの全てと引き換えに、一人のエルフの少女を、愛しい人を蘇生させる。
ローリ‥‥メイド‥‥執事‥‥順に、その体が真っ白になり、やがて灰となり崩れ落ちてゆく。
リリスの胸に空いた穴はみるみるうちに塞がり、その瞳に光が戻る。
「ゲホッ‥ゴホッ‥ハッ‥ハッ‥‥」リリスが息を吹き返したのを見届けたエイジの体もまた、真っ白に変わり崩れてゆく。
(リリス‥ごめんよ‥キミは‥生きて‥いつか‥)
エイジの体は完全に崩れ落ち、真っ白な灰だけが残されていた。
魔王が消えたことで瘴気は止まり、赤い霧は晴れ、青空が戻ってくる。
真っ白な灰は風に乗り、世界中へ飛散していく。
壁際で倒れていた三人が意識を取り戻す。
リリスは目をパチクリさせてムクリと起き上がると、胸の軽装備に大きく空いた穴を見て首を傾げる。
胸に手を当て、ついさっきまで見ていた夢を思い出せずにいるようなもどかしさを覚える。
大切な想い出を亡くしたような切なさで胸の奥がキュっとなり涙がこぼれ落ちるが、その涙の理由がわからずにいた。
フェルドが辺りを見渡しながら呟く。
「俺たち‥‥魔王を、倒したのか?」
グラントは頭を振りながら立ち上がる。
「オイラの防御が破られて‥最後はどうなったんだろう?リリスさんが倒してくれたのかい?」
「んんー‥‥あれ?僕は今まで何を‥‥ここ‥どこだ?」ナイトウはほとんどの記憶を無くしたようだった。
「よくわかんねぇけど‥‥この晴れ渡った空を見りゃー‥あれ?俺たちの他にも誰かいたような‥‥思い出せねぇけど‥‥そいつが魔王を倒してくれたのかもな!」
「とにかく、フローズンさんのところへ帰りましょう。」グラントの提案に乗って、魔王城をあとにする。
腐った大地に、小さな草が芽吹いている‥
毒の沼からは、透き通る泉が湧きだしている‥
荒れ果てた荒野に再生の兆しが満ち溢れていた。
数日後───。
エルドリアの街にある冒険者ギルド本部に、五人の姿があった。
魔王の存在は誰にも知られていなかったこともあり、にわかには信じられなかったが、荒野の浸食が止まり青々とした大地が戻ったことは紛れもない事実だ。
かれらはその功績を称えられ『ランクSSS』の冒険者として名を遺すこととなった。
しかし、リリスの心にポッカリと空いた穴は、いつまでも満たされることはなかった。
・
・
・
いつしか彼女は思い出す。
エイジたちとの旅路を‥
数々の経験を経て、多くの想い出を抱えた頃‥
エイジたちのことも、そんな沢山の想い出の中の、ほんの一粒だと思えるようになった頃‥
彼女が悲しみに包まれることがないように‥
それが、エイジの最後の願いだったから‥。
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