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7.空腹がそろそろ限界です

 たっぷりと朝日を浴びながら、二人乗りのバギーで緑あふれる街道をのんびり走る。

 天気は上々で、気温も暑すぎず寒すぎず。やわらかな風は花の香りを含み、私の亜麻色の髪を優しくなびかせた。胸いっぱいに深呼吸した途端、お腹がぐうと派手な音を立てる。


「……おなか、へりました」


 情けなく呟けば、隣で馬を御していたアッシュ様がちらりと私を見た。


「もう少しだけ我慢してくれ。湖まではそう遠くないから」


 そっけなく告げるなり、さっさと視線を前方に戻してしまう。肩が触れ合うほど近くに座っているというのに、アッシュ様は先ほどから全く私を見ようとしなかった。


(……デューク様ってば、考えすぎだったんじゃないかなぁ)


 膝に置いたバスケットを抱き締め、私はこっそりため息をつく。

 バスケットの中に入っているのは今日の朝食。結局私達は食堂で食べるのではなく、このお弁当をデューク様から押し付けられて追い出されてしまったのだ。

 ピクニックがてら湖にでも行って、しっかり二人でこれからのことを話し合ってこい、と釘を刺されて。


『仕事なんかよりこちらが急務だ、何せ時間がありませんからね。どうせ主は今日も0時にご就寝ですよ。で、明日にはまた綺麗さっぱり何もかも忘れてる』


 そう言って、思いっきり嫌そうに顔をしかめたデューク様。


 だけど、さすがにそれはないと思う。

 アッシュ様にとっては、私はまだ出会って数時間の初対面同然の女なのだ。デューク様はなぜか焦っていたけれど、時間はまだまだ充分にあるに決まってる。


(アッシュ様がもう一度、私のことを……す、好きになるまで)


 どのぐらい掛かるだろうか。

 一週間、それとも一ヶ月? わからないけれど、また忘れられてしまう前に話し合う必要があるのは確かだ。呪いについてももっと詳しく知りたい。


「ね、アッシュ様」


 笑顔を向ければ、アッシュ様はムッと眉をひそめた。うん、好かれるどころか嫌われているような。馬を御すのに集中したいから、邪魔するなってことなのかな。


 仕方なく私も口をつぐむ。

 かくして湖に到着するまで、二人して黙りこくる気まずい時間が続いたのであった。



 ◇



「わあっ、綺麗ですね!」


 陽の光を反射してキラキラ光る湖に、私は思わず歓声を上げる。アッシュ様が馬を繋いでいる間に、うずうずして駆け出した。


「――こら、危ないだろうっ」


 身を乗り出して湖面を覗き込もうとした瞬間、背後からきつく腕を掴まれる。

 振り向けばアッシュ様が怒ったように私を睨んでいた。


「大丈夫ですよ、子供じゃないんですから。落ちたりしません」


 笑ってかぶりを振るのに、アッシュ様は怖い顔を崩さない。


「いいや、お前は度を越したおっちょこちょいなのだ。当家で働き出してから割った皿は数知れず、洗濯したてのシーツを抱えて転んで泥だらけにするのは日常茶飯事――と虎の巻に書いてあった!」


「…………」


 過去のアッシュ様め、余計なことを。


 むっとしつつ、私はすぐさまツンと顎を反らせて反論する。


「そ、それは勤め出してすぐの話です。今ではお皿を割ることなんか……滅多にないし、洗濯物だって……一気に運ぶのはやめにしたし」


 だんだん声が小さくなってしまう。

 まあ、ね? 人よりそそっかしい自覚は確かにありますよ。何もないところでつまずいては転び、生傷の絶えなかった子供時代。いやそういえば、成長してからも似たようなものだったか。


(そうだ。確か、初めてアッシュ様にお会いした時も……)


「湖は離れた場所から眺めるだけにしてくれ。ともかくまずは朝食にしよう」


 何か思い出しかけたところで、アッシュ様が放り投げるように私から手を放した。うーん、やっぱり嫌われているような?


 どことなく複雑な気持ちが込み上げて来たが、表面上は平気な振りをして手早くバスケットの中身を並べる。大ぶりのパンにチーズにバター、ハムにソーセージにゆで卵、デザートには果物もある。ああ、それから――


「ワインまで入ってる。デューク様ったら、今日は本格的に休めっておっしゃりたいんでしょうね」


 これって確か、昨夜彼が結婚祝いとして差し入れてくれたものだ。

 朝酒なんて初めてだけれど、何と言っても今日から私達の新生活が始まるのだ。今日ぐらいメイドの仕事を休んでもバチは当たらないかもしれない。


 うきうきと二つのグラスに白ワインを注ぐ。

 芝生の上にふわりとハンカチを敷き、横座りに座った。直立不動のアッシュ様を見上げ、ぽんぽんと隣を叩く。


「まずは乾杯しませんか?」


「う、ぐ……む、むむむ」


 猛獣のようにうなりながらも座ってくれた。よかったー。


(さすがに旦那様を差し置いて一人で食べるわけにもいかないからね)


 日もずいぶん高くなってきたし、もうお腹ぺこぺこなのだ。


 二人で形ばかりグラスを合わせ、まずは一口。うん、すっきりしていて飲みやすい。ふわっと頬が熱くなり、つられて気持ちまで明るくなってくる。


「アッシュ様、パンにバターを塗りましょうか? ハムは載せます? それともチーズ?」


「むむむむ」


「はいかしこまりました、全部載せですね」


 これなら文句はあるまい。

 苦情は受け付けいたしません。


 パンをスライスして具材を載せまくり、てっぺんにもう一枚パンを重ねる。ちょっと太いのでぎゅぎゅっとつぶして、はい完成!


「豪快だな……」


「見た目はイマイチですけど、きっと美味しいはずです!」


 自信満々に告げて、もう一度贅沢全部載せパンを作る。だって私だって食べたいし。


 大口を開けて、いただきます!


「う〜ん、やっぱり美味しい〜」


「うっ、横から具がはみ出してくる……!」


「今日はマナーなんて忘れてかぶりついちゃいましょ。どうせ私達しかいないんですから」


 お互い食べにくいパンと格闘していたら、なんとなく空気が和やかになった。うん、今なら聞けるかも?


 ナプキンで口元を丁寧に拭き、アッシュ様に向き直る。のんびりと湖を眺めている彼に、深呼吸して告げた。


「――アッシュ様。伯爵家の『呪い』について、詳しく教えていただいてもよろしいでしょうか?」

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