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呪われ伯爵様との仮初めの婚姻は、どうやら案外楽しいようです。  作者: 和島 逆


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13/28

13.毎日がまっさらな

『伯爵家当主アッシュ・フォードの名において、我が妻セシリアと以下の契約を締結する。



一、妻セシリアに、伯爵家秘蔵である呪い師の手記を閲覧する許可を与える


一、当主不在の折であっても、妻セシリアは好きな時に保管庫に出入りして構わない


一、食事は可能な限り夫婦一緒に取るべし


一、当主は妻セシリアに好意を持たぬよう自制してはならない


一、当主は妻セシリアに好意を持った場合、隠さずこれを伝えねばならない


一、呪い発動を恐れるあまり、互いに距離を取ってはならない



――要は明日忘れてしまうとしても、毎日二人で楽しく過ごす努力をすべし!!』



 ◇



 契約書の効果は絶大だった。


 ああでもないこうでもない、と二人で議論しながら作り上げた契約書。

 初めは手記の閲覧許可だけのつもりだったのに、話しているうちに欲が出た。だってどうせ忘れてしまうなら、少しの時間も無駄にしたくないじゃない? 仮初めだの何だのと逃げていないで、夫婦仲良く暮らしたいのだ。


(……夜が明けた。もう起きてるかな?)


 今朝も私は心ときめかせ、アッシュ様の部屋へと走る。

 深呼吸して扉をノック。すぐに中から返答があった。


「おはようございますっ」


「あ、ああ。おは、よう……」


 身支度を整えたアッシュ様が、恥ずかしそうに視線を逸らす。

 目線の先にあるのは壁に貼られた契約書。互いのために一部ずつ作成し、アッシュ様の分は壁にでかでかと貼ってある。目覚めてから一番に、彼の目に飛び込んでくるように。


「はじめまして。あなたの妻のセシリアです」


「はじ、はじめまして。アッシュだ……って、とっくに知っているよな。ああごめん、なんだかうまく話せない」


 頬を染めて口ごもる。可愛い。

 私は勢いよく首を振って、跳ねるようにアッシュ様に駆け寄った。


「いいんです。アッシュ様は今日は視察のお仕事が入っているから、昼食をご一緒するのは無理ですよね。代わりに朝と夜は一緒に食べましょう?」


「ああ。だが夜も大分遅くなると思うから、セ、セセセシリア……は、先に済まてくれて構わないが?」


「いいえ。ちゃんとお待ちしています。だって私が、アッシュ様と一緒に食べたいから」


 はにかみながら告白すると、アッシュ様は真っ赤になった。二人顔を見合わせ、笑い合う。


「……では、食堂に向かおうか」


「はいっ」


 照れてまともに目を合わせられないアッシュ様に、食事をしながら私が賑やかにしゃべりかける。すると次第に、アッシュ様も打ち解けてくれる。優しい笑顔をのぞかせてくれる。


 これが私達の朝のルーティン。

 普通の夫婦とはかけ離れているのだろうけれど、案外私は楽しんでいる。毎朝まっさらな状態から始めるのも悪くない。


「――行ってらっしゃいませ、アッシュ様!」


 一生懸命に手を振り、小さくなっていく馬車を見送った。

 今日の私は一日お留守番。となればもちろん、やることはひとつだけ。


 私は一目散にアッシュ様の部屋へと走る。

 ふわふわ髪が邪魔にならないようポニーテールにまとめ、袖を勇ましくまくり上げた。大きめのエプロンでドレスをすっぽり覆い、いざ出陣!


「セシリア様、おやつにマフィンとクッキーを用意しといたからね。お茶はポットになみなみ注いでるけど、足りなくなったら言っとくれ」


 いかにも重そうなお盆をテーブルに置き、メイド長がにっこり笑う。


「ありがとうございます! ところでメイド長、『様』はいらないんですけど……」


「だめだめ、けじめなんだからさ。奥様として頑張っていくって、アンタも決めたんだろ?」


 いたずらっぽくウインクして、メイド長はのっしのっしと出ていった。私は深々とお辞儀して彼女を見送る。


(……さてっ)


 差し入れをアッシュ様の部屋に残したまま、保管庫を開けて中へと入った。

 お茶をこぼしたり食べかすを散らかしたりしたら大変なので、保管庫の中で飲食はしないと決めている。面倒だが休憩のたびにここに戻らなければならない。


「えぇと、まずは薬草関係からね」


 狭い隙間で体をひねり、背伸びして皮綴じの本に手を伸ばす。

 書き物机に腰掛けて、前回挟んでおいた栞を抜き取った。深呼吸して続きから読み始める。


 …………


 …………


 …………


 ……うん、今日はここまでだな。


 三十分ほど格闘して、あえなく降参。

 何せ敵は薬草の専門書、しかも呪い師本人の手によるもの。これはあくまで彼女自身のための覚え書きであって、読み手を意識して書かれたものではない。まして薬草の知識など皆無の私には、ちんぷんかんぷんな内容なのだ。


 ため息をついて栞を挟み、本を元あった場所へと戻した。


「さ、気を取り直して次に行こう!」


 また苦心して本棚の隙間を移動する。

 次なる狙いは呪い師の日記帳。赤の他人が読むには多少罪悪感を覚える代物だが、この際そんなことは言っていられない。数冊いっぺんに書き物机へと運んだ。


(こっちは結構、はかどるのよね……)


 どきどきしながらページをめくる。

 呪い師の流麗な文字は読みやすいし、心情描写が細やかだ。伯爵子息と初めて出会うシーン、逢瀬を重ねてだんだんと親しくなっていく二人の姿は、まるで恋愛小説を読むような心地にさせた。


 没頭しすぎて、気づけばあっという間に昼食の時間になっていた。


「セシリア様、おやつを全然食べなかったって? 午後はまた別のものを運ぼうか」


 使用人食堂にて、メイド長が気遣わしげに申し出てくれる。大鍋から自分の分のシチューをよそいながら、私はふるふると首を横に振った。


「いいえ大丈夫ですよ、メイド長。ちゃんと後で美味しくいただきますから」


 それから元同僚の皆さんと、楽しくおしゃべりをしながら昼食を済ませた。

 少しだけ食休みしてから温かいお茶を入れ直し、秘密の保管庫へと取って返す。本当はすぐにでも日記の続きを読みたいところだが、まずは難解な薬草書から。休憩を挟んで英気を養ったことだし、集中力が続くうちに頑張らないとね。


 それでもやはりそう長くは読めなくて、私は再び日記に逃げる。


 日記の中で呪い師は、伯爵子息のことを常に『あのひと』と呼んでいた。わたしの恋したあのひと。いつも穏やかで心優しいあのひと。一人ぼっちだったわたしに、温かな愛をくれたあのひと――



 ――伯爵家から身一つで追放されたというのに、あのひとは全く後悔などしなかった


 ――『君さえ側にいてくれれば、それでいい』そう迷いなく言い切って、ふわりと微笑みかけてくれたのだ――……

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