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10.私のすべきこと

 アッシュ様の背中に隠れ、恐る恐る小屋へと足を踏み入れる。


 アッシュ様が窓のカーテンを開け放つと、小屋の中は一気に明るくなった。

 室内は意外にもこざっぱりと片付いていて、とても数百年間空き家だったとは思えない。


 空気もよどんでおらず、今でも誰かが住んでいると錯覚してしまいそうなほどだった。テーブルの上には愛用していたのだろう陶器の水差しと、木のマグカップが置きっぱなしになっている。

 戸棚の中には所狭しと大小さまざまな食器が詰め込まれ、台所に並べられた大壺の中にはすっかり干からびた植物が入っていた。


「すごい、こんなにたくさん。これって薬草でしょうか?」


「おそらくな。……ああ、ちなみに中を出してみても無駄だぞ。家中の壺をひっくり返して調べてみたこともあるが、何も隠されてはいなかった」


 アッシュ様が苦笑して肩をすくめる。


(そっか……)


 この家の中に、呪いを解く手がかりがあるかもしれないのだ。

 ならば気合いを入れて、私も神経を研ぎ澄ませなければ。


 フォード伯爵家を長年苦しめてきた呪い。

 その因縁から解き放つことができれば、アッシュ様もさぞかし喜んでくれるに違いない。それこそ私がアッシュ様にできる、最高のご恩返しになるかもしれない。


「……っ」


 武者震いして、私はきつくこぶしを握り締める。

 そうだ、私も一緒に呪いを解く手がかりを探すのだ。いくらアッシュ様やアッシュ様のご先祖様が調べ尽くした後だとはいっても、彼らとはまた違った視点でものを見られるかもしれない。


 そう考えたら居ても立っても居られなくて、私は威勢よく腕まくりをした。アッシュ様が目を丸くする。


「セ……、セシリア?」


「アッシュ様。もちろん今日も手がかりを捜索するんですよね? 私、あちらから調べてきます!」


 力強く宣言して、台所の方へと走る。

 この家には一切の仕切りがなく、全体で大きな一部屋になっていた。台所は北側にあり、まずは床下の食料貯蔵庫を開く。


「…………」


 うーん、空っぽか。

 まあ、食べ物が入っていたらいたで困るけど。きっと変わり果てた姿になっているだろうし。


 気を取り直し、お次は台所の戸棚へと取り掛かる。

 割らないように注意しつつお皿を取り出し、床に移動させる。表裏を一枚一枚丁寧に確認するが、残念ながら全て無地だった。秘密の暗号なんかは隠されていないみたい。


 アッシュ様も捜索を開始していた。

 粗末な木のベッドの下を覗き込み、収納用らしき木箱を引っ張り出す。中を空けていけば、空っぽの瓶がごろごろ出てきた。


「駄目ですか?」


「ああ。本当にもう、何度確認したかはわからないんだけどな……」


 アッシュ様が情けなさそうに微笑んだ。

 それでも諦めきれない様子で、瓶を振ったり逆さにしたりしている。


(さて、私は……)


 ぐるりと部屋を見回して、壁際にあった古びた本棚へと走る。ほとんど空になっている寂しい本棚で、立てかけてある本はほんの何冊か。薬草辞典に植物図鑑、料理のレシピ本。それからそれから――……


「あれ? 絵本もある」


 かなり古くてページの色が黄ばんでしまっているが、装丁はしっかりしていた。

 分厚いページを開けば、どうやら童話集のようだった。呪いで眠ったまま目覚めなくなったお姫様を、王子様が救うお話。毒リンゴを食べてしまったお姫様を、やっぱり王子様が救うお話。それから逆に、カエルになっちゃった王子様をお姫様が救うお話もある。


(懐かしい。いくつかは私も子供の頃に読んだ覚えがあるなぁ)


 思わず読みふけってしまって、はっと我に返った。

 いけないいけない、調べ物が先でした!


 アッシュ様は気づいていたようで、頬をゆるめて私を見守っていた。う、「ちゃんと集中しろ」って怒ってくれたっていいのに。そんな優しい眼差しで見られたら、なんだか照れちゃうかも……。


 慌てて下を向き、赤くなってしまった顔を隠す。黙り込んでいたら、アッシュ様がそっと私の手から童話集を取り上げた。


「これは借りて帰ろうか。家でゆっくり楽しむといい」


「……いいんですか?」


 上目遣いに窺えば、今度はアッシュ様が赤くなる。

 私から視線を外して、せかせかと頷いた。


「ああ、本の類はすでにほとんど我が家に移してあるんだ。薬草に関する覚書に、この森で採取できる植物の記録、それから日記帳。呪い師が手ずから書き残したものだからな、何かわかるかもしれないだろう? ここに残した童話集と辞典は市販された品だから、昔調べてそれきりだが」


「おかしな書き込みとかもなかったんですか?」


「残念ながら。よかったらお前も読みながら確認してみてくれ」


 そう頼まれて、お言葉に甘えて童話集は持ち帰ることにした。内容を楽しむだけじゃなく、目を皿のようにして探さなきゃ、ね。


「帰ったら手記の方も見せてください。そちらももう一度私が調べてみますから」


「わかった。ただし、あまり根を詰めるなよ。なにせ量が膨大だからな」


 アッシュ様が気遣わしげに言ってくれる。


 それからは二人で協力し、大車輪で散らかった部屋を片付けた。気づけば日は西に傾き始めていて、そろそろ帰路につかなければならない。


(それでも……)


 今日一日、収穫はあったと思う。


 呪いをかけた張本人の家を見ることができたし、自分のすべきことも定まった。

 これから呪い師の手記をじっくり調べて、呪いを解く手がかりを探していこう。


 ――今度はこの私が、アッシュ様を助けるために。


「さあ、帰ろうか」


「はい。アッシュ様」


 恥ずかしそうに差し出された手を、私もしっかりと握り返した。

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