文化祭 舞台の感想戦
「あー、面白かったー!」
満足そうに伸びをしながら体育館を出る絢さん。
俺も舞台を観たあとの心地よい疲労感と座って固まった身体を軽く解しながら絢さんの隣を歩く。
「うん、劇場じゃない体育館で限られた演出やセットの中でちゃんと魅せてたよな。芝居もしっかりしてたし」
「舞台って凄かったんだね! 唯くんが言ってた舞台ならではの迫力もわかったよ!」
「それならよかった」
事故で亡くなってしまった同級生を仲良しグループが、不思議な力で過去に戻ってその同級生を救う物語。
恐らくオリジナルの台本なんだろう。
時間も30分と普通の舞台よりも短く、死を扱った内容の割にはあっさりしてて重苦しくない脚本だった。
設定も面白かったし、1時間以上の劇として練り直しても結構クオリティが高いものができるんじゃないかな。
ていうか、ここの演劇部、思った以上にレベルが高いのかもしれない。
「絢さんはここの演劇部に入るつもりとかはないの? 朝稽古は続けるのはいいけど、ちゃんとした部活で芝居学んだほうがよくない?」
俺はなんとなく思っていたことを絢さんに聞いてみた。
「うーん、バイトがねぇ……。バイトしながら演劇部に入っても、ちゃんと稽古できないだろうし。それに部活はもう懲り懲りで……」
困ったように頬を掻く絢さん。
前からちょくちょく感じてたけど、絢さん、もしかしたら部活に何かしらのトラウマがあるのかな。
叶さんも、絢さんがバスケ選手として凄かったって言ってたし、そんな人が高校でバスケを続けないっていうのも気になる。
もちろん女優になりたいって気持ちのほうが強くてバスケを辞めた可能性もなくはないだろうけど、この様子を見るにそれだけじゃなさそうだ。
ただ、絢さんは過去を話す気はなさそうだし、そんな彼女に無理に聞こうとしてもいい結果にはならないだろう。
「懲り懲りね……。まあ、人間色々あるよな」
だから俺はそう受け流す。
「……聞かないの?」
「聞いて欲しいの?」
「……まだ、ちょっと無理かな」
「じゃあ何も聞かないよ」
「ん、ありがと……。でも、いつか唯くんには話すよ。だからもう少しだけ待ってて」
「うん、気長に待ってるよ」
この関係がいつまで続くかわからないけれど、願うことなら末永く続いてほしいと思う。
それだけ俺は絢さんのことを気に入っているし、自惚れじゃなければ絢さんも俺のことを友達として好意を持ってくれている……はずだ。
だから俺の正体がバレなければ、少なくとも卒業まではこの関係は続くと思っていてもいいだろう。
そんな時間があれば絢さんのトラウマも少しは薄らいでくれると思う。
まあ、どんな過去があったとて、今の絢さんのことを俺は気に入っているし、少なくとも嫌いになることはないけどな。
「話は変わるけどさ、絢さんは演劇部の舞台観てどう思った?」
空気を変えるために俺は絢さんに舞台を観た感想を尋ねてみた。
「え、どう思ったかって、そうだなぁ……」
絢さんはうーんと腕を組みながら難しい顔をする。
さっき言った迫力があった以外の感想を考えているんだろう。
大雑把でふわふわとした感想もいいけれど、きちんと良いところでも悪いところでも気になったところを言語化させるのも大事なことだ。
「身振り手振りがオーバーだったけど、それが全然不自然に見えなかったのは凄いなって思ったよね。あとは、セリフがない人たちも細かくリアクションとってたり、立ち位置をさり気なく調整してたりしてて、それも舞台の世界観にのめり込む要因の一つになってるのかなって思ったかなー」
「お、結構ちゃんと観てたんだね。目の付け所いいと思うよ」
舞台のストーリーに熱中していたと思ったけれど、意外と全体的にステージを見渡していて、冷静に舞台を見てたんだな。
「今回の舞台と朝稽古のときの私を比べて、唯くんとの掛け合いの時、ただ聞きっぱなしになっているなーってことも思ったよ。ちゃんと役として聞いていたはずだけど、全然相手のセリフを受け止めてなかったんだなって」
「そうだね。もちろん、黙って聞きっぱなしの状況だってあるけど、今の絢さんは相手のセリフを聞いて反応するっていうことはまだまだできてない。台本を読み込んで自分なりに色んなことを考えているのは伝わってくるけど、用意した芝居だから俺がちょっとニュアンス変えると途端に反応が悪くなったり、間違った返しをしてしまうよね」
「うっ、心当たりがありすぎて胸が……」
絢さんは気まずそうに胸を抑える。
絢さんの見る力の成長に嬉しくなって、ついつい口数が多くなってしまい、絢さんの課題や欠点を伝えすぎてしまった。
「まあでも、ちゃんと自覚できたってことは、改善できるチャンスでもあるんだからさ。最初は難しいと思うけど、次の朝稽古の時から気をつけてやってみよう?」
このまま自信をなくされても困るので、すぐにフォローを入れる。
絢さんならこれくらいで凹む質ではないとは思うけれど。
「うん、頑張ってみる! また明日の朝からよろしくね唯くん!」
「ああ、頑張ろうな」
それから舞台のこういうところがよかった、あそこは気になった、ここ凄かったなど色んな話をしながら、喫茶店の後片付けが始まるであろう教室へと向かった。