レコーディング
始業式の日から時間は流れてレコーディング当日。
雪月花での仕事は久しぶりだ。
「なんかこのメンツで集まるのも久々だな! 気合い入れていこうぜ!」
「龍くん、元気だね」
「そりゃそうだろ! 夏休み前半はバラエティの収録とかで被ってたけど、唯の映画の撮影からは結構バラバラの仕事だったしな! 待ち侘びてたんだよ!」
「龍はテンション高すぎだけど、優斗はもう少し気合い入れろよ。今日の曲はお前メインなんだし」
ガバっと肩を組んでくる龍と苦笑いしつつ、気だるそうな優斗に喝を入れる。
普段から優斗はボーッとしてるというか掴み所がない感じだけれど、まさか今日も普段と変わらないとは。
こういうマイペースさが羨ましいというかなんというか……。
このマイペースさは見習うべきなのかどうなのか。
でも、気負いすぎて普段の実力が出せないよりはマシなのは事実だ。
「メインでもいつも通りにやるしかないでしょ。大丈夫、下手なことはしないから」
そう言う優斗に俺と龍は肩を竦めた。
実際に優斗が言う通り、いつものようにそつ無く熟すだろう。
俺が羨ましく思うくらいには優斗は天才だ。
天性のセンス。
一度見聞きしたら完璧にトレースしてしまう記憶力とバランス感。
男にしては可愛い容姿と愛される雰囲気。
そしてIQの高さ。
少し人見知りで内向的なところも魅力として武器にしてしまうところも優斗の生まれ持った才能なのだろう。
こっちが何年も努力して身に付けたものを一瞬で自分の物にしていくんだから、普通の人たちとはやっていけないよな。
俺も龍もそんな優斗のことを好ましく思っているし、優斗も俺たちのことを慕ってくれている。
普通なら嫉妬して仲良くなんてできないだろうけれど、俺はそんな優斗の才能も人柄も好ましく思っているし、龍は掴み所のない優斗を弟のように気にかけている。
そんなメンバーだから、俺はこのグループが好きだ。
「よし、さっさとスタジオに入ってREC済ませよう」
「おう」
そんなことを話しながら俺たちは並んでスタジオに入っていった。
スタジオの休憩室で曲を聴き直したり、歌詞をチェックして時間を潰す。
そしてついにレコーディングの時間となる。
最初に優斗がブースに入り、レコーディングを始めた。
俺と龍も音響室へと入り、優斗の歌を聴く。
相変わらず、音もリズムも外さないし、独特の声色してるんだよな。
中性的で綺麗な高音だけれど、どこかアンニュイ感もある。
それが優斗の歌の魅力だ。
つつが無く優斗のレコーディングは終わる。
そして次は龍の番。
龍は力強く、男らしい声が特徴的だ。
声量はこのグループで一番だし、安定感もある。
低音の響きも厚く、俺たちのグループの縁の下の力持ちだ。
最初はあまり歌は上手くなかったけれど、俺以上の努力を積み重ねて今の龍がいる。
曲によってはラップも熟せる。
ラップは正確なリズム感がなければお粗末なものにやってしまうが、龍はそれもきちんと練習に練習を重ね、自分の物にしてしまった。
そのストイックな姿勢には俺も尊敬せざるを得ない。
「じゃあ雪宮君、準備できたら教えて」
「はい、お願いします」
ハモりの部分など何度かリテイクはあったけれど、それでもきっちりと龍は仕上げ、最後は俺の番となった。
ヘッドホンを着けてマイク前に立つ。
喉の調子を声を出して整えて、手で頬をふにふにとマッサージして表情筋を解す。
そして俺は合図を送り、ヘッドホンから曲が流れてきた。
ピアノの音色が流れてくる。
そのピアノに色を重ねるように、他の音がピアノの主旋律を彩る。
そして、イントロが終わり、俺は息を吸い込んだ。
切なく、寂しく、もう逢えなくなった大切な人に向けて歌う。
その誰かへと届けるように、そして未練を自分の中へと留めるように。
俺は誰にこの想いを伝えるんだろう。
今までは昔出たドラマや観たことのある作品の人物を重ねて表現していた。
けれど、今回は……。
いつかは訪れる心地よい彼女との別れを想って歌う。
恋とは違うけれど、その別れの後は、寂しくて仕方なくなってしまうと思う。
それほどまでに俺は彼女に絆されているのだから。
自分が作る感情がいつもより具体的で、歌声にそれが乗っているのがわかる。
俺、こんな風に歌えたんだな……。
そして通しでの一回目のレコーディングが終わる。
そこから何回かリテイクを重ねて、レコーディングは無事に終わった。
あとは後日、ジャケ写の撮影とMVの収録があるけれども、一番の山場は超えたことにホッと胸を撫で下ろす。
最後にスタジオの関係者の人たち挨拶をして、俺たちはスタジオを後にした。
帰りは久々に雪月花のメンバーで打ち上げと称してご飯を食べにいき、夏休みになにをしていたかとか、学校はどうだとかの話で盛り上がり、その日は終わった。




