寝不足 保健室のベッドへ
絢視点
「ふわぁ……」
ついつい欠伸が出てしまう。
ホームルームで先生が色々話しているけれど、今の私には子守唄のようで、さらに眠気が襲ってくる。
この後全校集会で移動することになるらしいけれど、もう眠ってしまいそうだ。
そもそも何故こんなに寝不足になってしまったかというと、昨日の唯くんの家に行ったことが原因だった。
別に彼の家でなにかあった……ということはない。
ただ一応、普段よりもオシャレして、下着もちょっとだけ大人っぽいのを着てたし、何かしらあってもいいかなーなんてほんの少し期待がなかったといえば嘘になるけれど。
でも、唯くんは自分の家で女の子と二人きりの状況になっても手を出してくるようなこともなく、唯くんは自分の作業と私の課題の手伝いに、私は自分の夏休みの課題に精を出していた。
課題が終わった後も二人でラーメンを食べて、二人で取り留めのない話をして、そのままバイバイした。
そこまではいい。
しかし、家に帰ってからが大変だった。
帰ってシャワーを浴びてルームウェアに着替えてベッドにダイブしてずっとゴロゴロと悶えていた。
だって、好きな人の家に行ってさ、こっちはちょっとは何かしら進展あったりするかなーとか覚悟してたのにさ、普段通りってどういうことなのーって。
唯くんがそんな軟派な人だとは思ってないし、付き合ってない状態で手を出してくるような人だとも思ってないけど、進展どころか普段通りなのはちょっとこっちも思うところはあるよね。
前に初めて唯くんちに行った時も何もなかったけど、その時は自分の気持ちに気づいてなかったから不満とかなかった。
でも、昨日は自分の気持ちが変わってしまって、ずっとドキドキしてたのに……。
そんなことをずーっと考えてたら、気づいたら日付は変わっていて、急いで次の日の準備やら何やらしていたら丑三つ時になって、ほんの少ししか寝られずにこんな有り様になっていた。
朝稽古はちゃんと行けたし、変にテンション高くなっていたから唯くんに寝不足だと悟られることはなかったけれど、終わって家に帰ったら糸が切れたように夢の世界に旅立ってしまった。
そして家を出る時間に設定していたアラームで目を覚まし、急いで支度をしてギリギリの登校になった……というのが事の顛末だ。
あー、お腹も空いたし眠いし、最悪だよ……。
「じゃあ、今から講堂に移動するから、貴重品だけ忘れないように」
ホームルームが終わって、クラスメイトがゾロゾロと全校集会に行く準備を始めている。
「絢ちゃん、私達も行こう」
「あー、うん、行く行く」
香菜に促されて財布を持ち、重い体に鞭を入れ、よいしょと席を立つ。
「絢さん、大丈夫?」
声のするほうに顔を向けると、そこには唯くんがいた。
髪であまり表情は見えないけれど、その声は私を慮っているようで。
「大丈夫大丈夫。ちょっと眠いだけだから」
そう唯くんに返し、教室を出ようとする。
「ちょ、絢さん!?」
「絢ちゃん!?」
歩こうしたところ、ふらっと身体が傾いた。
ふらついた身体が何かに支えられる。
私を支えてくれたのが誰なのか気づくのに、少しだけ時間が掛かってしまう。
「神崎さん、ちょっと絢さんを保健室に送っていくから、先生に伝えといてくれる?」
「あ、うん、わかった」
唯くんは私の身体を支えながら、香菜にそう告げる。
「唯くん、大丈夫だから……」
「どう見ても大丈夫じゃないから。さ、行くよ」
唯くんは私の手を掴んで、問答無用と強引に歩き出した。
他のクラスメイトの視線を感じつつ、力の入らない身体は唯くんに引っ張られて従うしかなかった。
保健室に着いて先生に事情を説明すると、すんなりとベッドに寝かされる。
「で、なんで今日寝不足なの? 体調悪いなら、連絡してくれればよかったのに」
「ん、ごめん。でもただの寝不足だし大丈夫だと思ったから」
「寝不足を甘くみちゃダメだよ」
「うん、次からは気をつける」
「よろしい。じゃあもう寝な」
「うん。ねえ、唯くん、寝るまで手握ってて」
「えっ!?」
寝不足で血が上ってない頭でポロッと口走ってしまった。
普段なら絶対に言わないようなお願いだけれど、さっきまで握ってくれていた唯くんの手が恋しくなってしまって。
「唯くんが握っててくれたら、安心して眠れると思うから」
「……はぁ。朝稽古で気づかなかった俺にも責任あるし、寝るまでな」
「うん、ありがと」
唯くんは優しく私の手を握る。
女の子よりも骨張って、私よりもちょっと大きい手の感触を感じながら私はゆっくりと夢の世界へと旅立つのだった。
「……手、離せないんだけど。どうしようかなぁこれ」




