目の前の唯くんは……
絢視点の話です
美味しそうにツインハンバーグを食べる唯くんを眺めながら、昨日のことを思い出す。
繁華街での叶ちゃんとのデートシーン。
普段よりぶっきらぼうで素っ気ない姿の彼を見て、本当に唯くんなのかわからなくなるほど、彼は役としてその場に立っていた。
一つ一つのセリフ、そして立ち振舞い、一日目に見た彼よりももっと深く役に潜り込んでいるのが、ひよっこの私でも感じたのだから、共演者は尚更それを感じたのだと思う。
でも、掛け合いをしている叶ちゃんもさらに演技に磨きが掛かっているように思えた。
それはまるで本当に相手の男の子のことが大好きな女の子みたいで……。
それを見て何故か私はチクリと胸に棘が刺さったような痛みを感じた。
多分、懐いているお兄ちゃんが他の人に盗られたような、そんな子供じみた嫉妬心なんだと思う。
そして繁華街での撮影が終わり、唯くんたちを乗せたロケバスは別の場所へと向かった。
流石に私も自転車で来ていたわけではないので、ロケバスを追い掛けることはできず、繁華街で軽く時間を潰し、その後はロケの興奮を冷ますように散歩がてら川沿いを歩いていた。
日が傾いて、そろそろ駅に向かおうか考えていると、繁華街で見たロケバスが止まっているのを見つけた。
もしかしたらと思って近寄ってみると、そこには唯くんと恐らく共演者の男の人が撮影の準備をしているのが見えた。
人もほとんどいないし、もっときちんと見れるかも……。
そう思って唯くんを見ていると、撮影が始まった。
それは繁華街で見たような唯くんではなく、さらには普段の落ち着いた唯くんからは考えられないような怒声と、感情を爆発させた姿に私は自分がぶつけられてるわけではないのにビクッと身体を震わせてしまった。
そしてその後の静かな感情の吐露。
秘められた恋心とそれを認めてしまうことによる戸惑いや恐怖、小さい声なのにハッキリと私の元にも届いてきて、その痛みが胸に突き刺さった。
怒りの感情も、恋心も、私に向けられてるわけじゃないのに、もどかしくて切なくて涙が出そうになった。
唯くんのあの演技は、彼の演技力の高さはもちろん、共演しているあの俳優さんの芝居に呼応した結果なのだろう……。
私じゃ絶対に唯くんにあんな芝居をさせてあげられない……。
私じゃ絶対に唯くんに気圧されてまともな芝居なんてできない……。
一日目に感じた彼らとの差をさらに叩きつけられて、どうしようもないくらいの劣等感が心を支配していく。
私は踵を返して心ここにあらずといった感じで駅へと向かい、気づいた時には自室のベッドで横になっていた。
でも、一日目のように涙が出てくることも、気持ちが沈むこともなかった。
そうならなかったのは、もう昨日吹っ切れたから……。
彼らとようやくきちんと歩き始めた私に差があるのは当たり前。
比べることすら烏滸がましい。
なら、その差を埋めるためにはなにをしたらいいのか。
私はベッドから立ち上がり、夏休みの課題として唯くんに貰ったハムレットの本を手にとって練習を始める。
勉強机の上にスマホを立ててカメラを起動し動画を撮りながら何度も何度も同じシーンを演じる。
演じては動画を見返して、何度も何度も繰り返す。
唯くんたちの撮影を見なければ充分だと思ってただろう自分の演技は、まだまだ拙く、役としてではなく私が演じているハムレットでしかなかった。
どうしたら唯くんみたいにその役として存在できるんだろう……。
それがどうしてもわからない。
ならどうしたらいいか……。
私はメッセージアプリを起動させて一言唯くんにメッセージを送る。
『もし会えるなら、会いたいな』
ただそれだけ。
話したいことはたくさんあった。
演技について聞きたいことがあるんだけど。撮影見たよ。どうしたらあんな演技ができるの。顔が見たいな。なんてメッセージには書ききれないから。
『じゃあ明日はオフだし、会おうか』
唯くんから送られてきたその一文のメッセージに、私はどうしようもなく顔が綻んでしまう。
まるで好きな人とのデートの前日みたいに気持ちが昂る。
そんな経験、私にはないけれど、多分こんな気持ちなんだろうなって。
そして実際に唯くんの顔を見たら心が温かくなった。
いつもの唯くんで安心した。
今ハンバーグを美味しそうに食べている唯くんは、アイドルで役者の雪宮唯じゃなくて白鳥唯が私の前にいることが凄く嬉しくて、ほわほわしちゃう。
「ん、絢さん食べないの?」
「あ、うん、食べるよー。ただ、唯くん、美味しそうに食べてるの可愛いなーって思って見てただけ」
「……人が食べてる姿じーっと見るのはマナー違反でしょ」
恥ずかしそうに目線を外して頬を赤らめる唯くん。
そんな彼の姿が微笑ましくて、ついつい笑ってしまった。
おっと、私も食べないとせっかくの美味しいハンバーグが冷めちゃう!
私も両手を合わせていただきますとハンバーグにナイフを入れた。
ジュワッと溢れてくる肉汁と、とろりととろけるチーズが食欲を唆った。
ナイフで切ったハンバーグを刺したフォークを口に運ぶ。
うん、美味しい。
それから私達二人、言葉はないままハンバーグを堪能したのだった。
ゴールドラッシュのハンバーグとか好き
さわやかも食べてみたいな




