実写映画の撮影 福岡ロケ、ラストシーン
これでロケは終わり
繁華街から少し離れた河川敷。
そこで福岡での最後の撮影が始まる。
このシーンはタケルから呼び出されたヤマトがアヤメへの気持ちを聞かれる。
そこで気持ちをはぐらかされたタケルが怒って喧嘩が勃発し、お互いの本心をさらけ出す。
最後は二人しゃがみ込みながら、ヤマトは自分の気持ちを告げてタケルとヤマトは本当の友達になるという大事なシーンだ。
リハもスムーズに終わり、本番のカチンコを待つ。
目の前には目を瞑って集中しているハジメくん。
俺も何度も深呼吸をして、意識をヤマトへ同化させる。
そして、本番を告げるカチンコが響いた。
「いきなり呼び出して何の用だよ」
目の前で川を見ているタケルに俺はそう尋ねる。
「なあ、お前、アヤメのことどう思ってんだよ」
俺の方を見ず、川に視線を向けながらそう尋ねてくるタケル。
その声はいつものハツラツとした明るい声色ではなく、低く怒っているような声色で。
「は? 別にお前には関係ないだろ。ただのクラスメイト、それ以上でもそれ以下でもねぇよ」
「……本当にそう思ってんのか?」
「だからそう言ってんだろ。そんな話をするためだけにわざわざ呼び出したのか?」
「そんな話……? ふざけんじゃねぇよ!!」
いきなり怒鳴りながら、川に向けていた視線を俺に向けてくる。
その表情は今まで見たことのないくらいの怒気を放っていた。
「アヤメがあれだけお前に好意向けてんのわかってんだろ!? どんなに素っ気なくされても、邪険にされてもずっとお前に寄り添ってきたやつのこと、よくそんな風に言えるな!」
怒りに任せて胸ぐらを掴んでくるタケル。
「……うるせぇよ。いきなりヒステリックになりやがって」
「なるに決まってんだろ! お前の姿見てっとイライラすんだよ!」
「お前のフラストレーションを俺にぶつけてくんじゃねぇ。お前のイライラと俺にはなんの関係もねぇだろが」
「関係あんだよ! 好きな子が他のやつに気持ち向けてて、それを煮えきらない態度でずっとはぐらかしてる姿を見るのがどんだけムカつくのか、お前にはわかんねぇのか!?」
胸ぐらを掴む手にさらに力が入る。
気道が締まって少し息が苦しい。
「……いい加減にしろ!」
俺はその手を思いっきり払い除けた。
「お前だってあいつに何も伝えてねぇだろうが。自分のこと棚に上げて俺に当たってくるんじゃねぇよ」
掴まれて皺になった襟を直しながら、見下したように言い放つ。
俺の中でも少しずつフラストレーションが溜まってきていた。
「……伝えたよ。今日、あいつに伝えてきたよ」
「……っ!?」
「返事……なんて言われたと思う?」
「……知らねぇよ。俺には関係ねぇ……」
静かにそう告げてくるタケルの言葉に俺の胸は揺さぶられる。
しかし、それを悟らせないように顔をタケルから背けた。
「関係ねぇって言うならなんで俺の方向かねぇんだよ! 嫌なんだろ!? あいつが他のやつのモノになるのが!」
「……知らねぇっつってんだろ」
「……ッ! 透かしてんじゃねぇよ!!」
その俺の態度にキレたタケルが俺の左頬を思いっきり殴ってきた。
その衝撃で俺は体勢を崩し、地面に倒れる。
手の甲を口の切れ端に当てながらタケルを見上げた。
「いつも俺はお前らとは違うみてぇな顔をしやがってよ! どれだけ周りが好意的に接しようとしてても壁作って……。なんでお前に……お前なんかに……!! ふざけんな!!」
「……せぇ」
「あ?」
「うるせぇっつったんだよ!!」
俺は立ち上がって、同じように思いっきりタケルの顔を殴る。
タケルは俺のようには倒れることはなく、一歩後ずさっただけだった。
「お前に俺の何がわかるんだよ!! 好きでこうなったわけじゃねぇ!! 好きだったサッカーも奪われて、昔のチームメイトにも裏切られてた俺のことをお前なんかにわかるわけねぇだろうが!! 好きなサッカーを思う存分やれて、チームメイトに慕われてる恵まれたやつなんかによ!!」
俺は沸々と溜まっていた怒りを、その声に乗せてタケルにぶつける。
羨ましかった。妬ましかった。
俺の欲しかったものを全部手に入れてるタケルにどうしようもなく嫉妬していた。
こんなに感情を露わにしたのは初めてかもしれない。
大声を出し慣れてない喉に痛みが走る。
でもそれよりも心臓が、心が痛い。
タケルがアヤメに想いを告げたと言った時からずっと……。
「……知らねぇよ!! 知るわけねぇだろ、お前のことなんか!! 自分のこと何も喋んねぇやつのことなんかわかるわけねぇだろ!!」
タケルがまた殴り返してきた。
次は俺も倒れることなく一歩後ずさって踏ん張り、怒りのままにタケルを睨めつけた。
「最初はな、俺でも名前を知ってるくらいすげぇやつがクラスにいるってめちゃくちゃ嬉しかった! 一緒にサッカーが出来るかもしれないってワクワクした! でもお前はサッカーなんてって馬鹿にしてくるしよ、俺が惚れた女にもずっと気に掛けられてて、俺の全部を否定されたような気にさせられてたんだ!! それでも、それでもあいつが幸せならそれでも良いって、気持ちを全部呑み込んでしまおうと思ってたのに……。お前はあいつを泣かせやがった!! それが一番ムカつくんだよ!!」
目を真っ赤にしながら叫び散らすタケル。
その叫びに呼応するように俺の気持ちも昂っていく。
「うるせぇ!!! あいつを泣かせた自分に一番ムカついてんのは俺自身なんだよ!! でも、俺じゃ、俺なんかじゃあいつを幸せにできない!! それがわかってるから! わかってるから遠ざけた!! このままあいつの時間を俺なんかに浪費させたくなくて、もっと深くあいつと付き合ったら後悔させそうで!! だから……だから!!」
「あいつの気持ちをお前が決めつけてんじゃねぇ!!!」
タケルの言葉にハッとさせられ、言葉が詰まる。
「なあ、お前は知ってんのか? お前と一緒にいる時のアヤメがどんな表情をしてるのか。どれだけ楽しそうなのか。ちゃんとあいつの顔を見てんのかよ!?」
確かに彼女は俺といる時、ずっと楽しそうだった。
でもそれはタケルと話してる時も同じだったはずで……。
「他のやつといる時とお前といる時で全然違うんだよ!! 俺じゃ、あいつにあんな顔をさせてあげられねぇ!! あいつにとっちゃ俺は友達のうちの一人でしかねぇんだ!!」
「……」
「さっき、言ったよな。気持ちを伝えたって。……振られたよ。もうどうしようもなく完膚無きまでに振られたよ! その時あいつはなんて言ったと思う? 泣かせたお前のことをどうしても放っておけないって、この気持ちを忘れられないってそう言ったんだよ!!」
「……ッ!」
胸を締め付けられる。
タケルの真っ直ぐな気持ちに、アヤメのどうしようもないくらい真っ直ぐな優しさに……。
「それを知った今も、お前は同じことが言えんのか!? 今でもあいつを幸せにできないなんて言うのかよ!!」
タケルの言葉に俺は顔を伏せる。
自分自身への情けなさに心が埋め尽くされる。
「なあ、本当の気持ち教えてくれよ! 俺の気持ちを諦めさせてくれよ! なあ!!」
「……俺は……」
心臓が痛いほど脈を打つ。
チームメイトから裏切られた過去のトラウマが頭を過ぎり、言葉が詰まる。
何度も口を開き、言葉を紡ごうとするが、漏れてくるのは吐息だけで……。
タケルはそんな俺をずっと見据えて、言葉を待っている。
グッと目を瞑り、両手を握りしめた。
すると過去を塗りつぶすように脳裏に浮かんでくるのはアヤメの言葉、そして太陽のような笑顔。
その笑顔を思い出したその時、ゆっくりと俺の身体から力が抜けて、一言、口から言葉が零れ落ちた。
「……アヤメが好きだ」
無意識に零れた言葉。
その一言で心が、身体が楽になったような気がした。
「……なんだよ。言えんじゃねぇか」
優しくも呆れたような声色に顔を上げると、タケルが声色と同じような表情で笑っていた。
「カット!!」
そして監督からのカットが入り、意識が竜宮ヤマトから雪宮唯へとゆっくり切り替わる。
はあっと大きいため息が口から吐き出された。
「ふう、お疲れ様っした唯くん!」
「うん、ありがとうございますハジメくん。そっちこそお疲れ様でした」
相好を崩すハジメくんに、俺も肩の力が抜ける。
「ていうか、お互いに殴り合ったあとカット入ってメイクで唇から血が出る予定だったはずっすよね? カット入らなかったからそのまま続けたっすけど、大丈夫なんすか?」
「あ、そういえばそうでしたね。でも、正直そのまま流れてくれて芝居的には助かりましたけど」
「確かにそうっすね。ぶっちゃけあそこでカット入ってたら、あの熱量で芝居するの無理っすよね」
そう、本当なら殴られた後にカットが入る予定だった。
しかし、カットは入らずにそのままシーンは続き、最後までカメラは回された。
正直ハジメくんが言うように、あそこでカットが入らなくてよかった。
多分、監督も同じ判断をしたんだと思う。
一応、メイクが無くても成立するシーンだし、いざとなれば編集でなんとかしてくれるだろう。
そして監督からオーケーが出て、そのまま次のシーンの撮影へと移り、そのままリテイクが出ることなく福岡でのロケは終わりを告げたのだった。
多分、ここのシーンは編集さんが頑張ってくれたと思います




