実写映画の撮影 恋バナの続き
「黒崎さん、彼女いるんですね。芸能科の人ですか?」
叶さんもハジメくんの恋バナに興味があるのか、彼女というワードに切り込んでいった。
まあ俺も気にならないと言ったら嘘になるけども。
「いやいや、芸能科は関係ないっすよ。相手は中学の時に同じクラスになった子なんすけど、それがなんだかんだもう数年続いてる感じっすね」
「へぇ、中学の時の……。でも、あんまりデートとか公にできないんじゃないですか? そもそも忙しいでしょうし会う時間とか……」
確かにハジメくんも舞台の稽古とか今回みたいな映像作品の出演とか、なかなかに忙しい日々を送っているはずだ。
普通なら自然消滅とかもありえそうなものだけれど……。
「そこは付き合う時に了承もらったし、ちゃんとまめに連絡はとってるし、オフの日はどっちかの家でまったりしたり、ご飯行ったりはしてるっすからなんだかんだ順調っすよ。逆に付かず離れずだから長続きしてると思うっす」
なるほど。
付かず離れずだから長続きする……か。
ハジメくんの言葉は確かにと納得できた。
「なんか素敵な関係ですね。憧れちゃうなー」
「まあ彼女のお陰で人を好きになる芝居もできるようになったっすし、俺のことを精神的にすっげぇ支えてくれる子っすから、めっちゃベタ惚れっす」
頬を赤く染めながら照れたようにはにかむハジメくん。
その様子が凄く幸せそうで、少し羨ましく思えた。
「ちなみに雪宮さんは恋人とか……」
「いませんね。ていうか、恋人を作る暇どころか、好きな人を作る余裕すらなかったので」
「ぶっちゃけ、内緒で付き合ってる人がいると思ってたっすけど、ガチでいないんすか?」
「ガチでいませんよ。そりゃいたらいいなとかは思わなくはないですけど、今はリスクを背負ってでも付き合いたいって思えるくらいの好きな人っていませんし、そういう人ができるのは当分先になりそうだな諦めてます」
「唯くん、目が肥えすぎて、基準めっちゃ高そうっすよね。小さい頃から美男美女に囲まれて育ってるんすから」
「どうなんですかね……。まあ、同級生を好きになったこともないですし、仰るとおり基準が高いのかもしれないですね」
そもそも同級生の女の子と仲良くなったのなんて絢さんくらいしかいないし、交流を持てない人を好きになりようがないし。
「あの、今まで好きになった人がいないってことはそういう感情を知らないってことですよね? 雪宮さん、恋愛ドラマとかにも出演されてたと思うんですけど、その時感情演技とかどうされたんですか?」
叶さんが疑問に思ったのかそう尋ねてくる。
彼女も彼氏がいたことがないと言っていたし、今回の作品で自分がそういう芝居をしなくちゃいけないから参考にしたいんだろう。
「漫画とか映画とかで甘酸っぱいシーンとかそういう描写あるじゃないですか。そういう作品をめちゃくちゃ観て、自分の中でその感情を膨らまして演じたって感じですね。リアルで好きな人いなくても、その作品を観てこのキャラ好きだな可愛いなとか、こういう関係尊いなって気持ちになることは多いので、そこから自分が演じるシーンに合った感情を選んで膨らます。そしたらそう観える芝居はできると思いますよ」
「なるほど……。私も少女漫画読むの好きだし、そこでキュンキュン来ることあるから、その気持ちを活かせばなんとかなりそうです」
「実際に感じたことのない気持ちの芝居とか演じないといけないことも多いっすからね。自分の中で似たような気持ちを引っ張り出して膨らませて、芝居に流用するのは必要な技術っすから、早いうちに慣れといたほうがいいかもっすね」
ハジメくんの言う通り、自分が感じたことのない感情を演じることも多い。
例えば絢さんに課題で渡したハムレット。
悶え苦しむくらいの憎しみと殺意。
そんなの、普通に生きていたら感じることはない。
しかし、誰かへの嫌悪感やイラつきを思い出して膨らませて憎しみや殺意への芝居へと流用する。
そういう技術が必要になる。
もちろん本当にその感情を抱いたことがあるなら、それをそのまま芝居に使うのが一番だけれど。
「ハジメくんもこの前演じた犯人役、あの抑えられない殺意と犯行したあとの恐怖の芝居、凄かったですよね。最後の感情が爆発するシーンとか相当難しかったと思いますけど」
「あー、あれはめちゃくちゃ自分の中で感情作ったっす。爆発しそうになる感情をギュッと抑えて……みたいな繊細な芝居をずっと続けなくちゃいけなかったのはカロリー消費半端なかったっす。素の自分と真逆のキャラっすし。逆に自分舞台メインなので大きく感情を爆発するシーンはやりやすかったっすね」
「それなら黒崎さんは今回の役はやりやすいんじゃないですか? 結構素に近い役だと思うんですけど」
「まあそっすね。でも素に近いと自分と役の差別化が難しいっすから、良し悪しっす」
確かに素と役が近いと差別化が難しいのはわかる。
完全に同じ人物なんて存在しないのだから、性格やテンションが似ていても、明確に違う部分を出さなければならない。
わざとらしくやりすぎず、その塩梅を探らなければならないのは大変だ。
「そ、そうなんですね……。私、前に出演した作品とか結構自分に近いキャラクターだったので、結構素で演じちゃいました」
「まあ、それで違和感ないならいいんじゃないですか? 作品観させてもらいましたけど、自然体で目を引いたので凄くよかったと思いますよ」
「本当ですか!? 雪宮さんにそう言ってもらえると凄く嬉しいです!」
これは本心だ。
自然体で演じてそれでオーケーが出たのであれば外野が茶々を入れるのは無粋の極みだ。
それに叶さんの芝居は凄く目を引く存在感があった。
あれを自然体で出せるのは天性の才能だと思う。
しかし、今回の役は……。
「でも逆に今回の役って叶さんの素よりもだいぶテンション高い役ですよね? そこまでテンションを持っていくの大変なんじゃないですか?」
「そう……ですね。これまではちょい役で自然体で演じれましたけど、今回はそうはいかなくて……。本番までになんとかしないと……」
「なるほど、納得っす。今日も悪くはないけど、ちょっと足りないとも思ったっすから」
「うう、すみません……。足引っ張っちゃって……」
「あ、いや、別に責めてるわけじゃないっす! ちゃんと自分のことわかってるっすから、何とかなるっすよ!」
恐縮してしまった叶さんを慌ててフォローするハジメくん。
それからは俺も一緒に落ち込んでしまった叶さんをフォローしつつ、自分たちの情報やコツなどを叶さんに教えながら遅い時間まで芝居談義が続くのだった。




