テスト終わり 打ち上げ②
ブレスは大事
本当に大事
でも難しい
息を吸うだけなのに
二人が歌うのは今人気の女性アイドルグループのヒットナンバーだ。
地味にリズムが難しくて最高音もそこそこ高いから歌うのは難しいと思うけれど、絢さんはしっかりとリズムをとっていて音も正確に合わせている。
もちろん粗はあるけれど、普通の女子高生にしてはかなり上手いのではないだろうか。
神崎さんはあまりカラオケの経験はないのか、絢さんに比べたら拙いけれど、一生懸命歌っている姿が愛らしい。
「香菜がああいう曲歌ってるの初めて見たかも」
「えっ、幼なじみなんだろ? 一緒にカラオケ行ったことないのか?」
「小学生まではよく遊んだりお互いの家に行き来したりはしてたけど、中学になるとお互いに何となく距離が出来ちゃったんだよな。お互いの両親とは会ったら話したりはするけど、遊ぶことはなかったし」
「でも受験勉強は見てもらってたんだろ? 終わったあとこんなふうに打ち上げしなかったのか?」
「合格した時は各々の家でお祝いしたり、男友達と打ち上げだったからなぁ」
勉強会をする前はそんなに佐藤が神崎さんに絡みに行ってる姿を見たことはなかったけれど、思春期特有の色々があったんだろう。
一度離れてしまった距離を自分の意志で近づけるのは難しい。
どうやって接していたか、どんな関係だったのかわからなくなって、顔を合わせるのが気まずくなってしまう。
受験という切っ掛けがあったからこそ、また距離を近づけることはできたけれど、それが終わって時間が経ってしまったらまた逆戻り……。
もし、二人で打ち上げでもしてたのならまた話は変わったんだろうけど。
「そうか。まあ、俺に異性の幼なじみがいた経験はないからよくわからんけど、佐藤はどうしたいんだ?」
「どうしたいって?」
「昔みたいな関係に戻りたいのかってこと」
「んー、まあそうだな。そりゃ昔みたいに気兼ねなく遊びに誘えるようになればいいとは思うかな」
そう言って、歌っている神崎さんに目線を向ける佐藤。
その様子を見る限り、少なからず佐藤からも好意はあるように思える。
それが幼なじみに対してなのか異性に対してなのかはわからんけれど、ただの女友達以上の気持ちは持ってるんだろう。
「俺から見たら、もう普通に誘えてるように思えるんだけど?」
「あ? そうか?」
「だってテスト勉強の時も普通に話してたし、今日の打ち上げの時でもお前が彼女たちを誘ってくれただろ?」
「あ……そう言われると……」
「色々考えすぎなんじゃないか? まあ、彼女はあんまり自分から人を遊びに誘うようなタイプじゃなさそうだし、お前から誘えばまた遊べるようになると思うぞ?」
「そう……だな。ちょうど夏休みだし、部活が休みの時にでも誘ってみるわ」
「おう」
俺たちの話しが一段落したのと同じタイミングで曲も終わった。
「あー、やっぱりカラオケ楽しいー!」
「絢ちゃん、上手だね。私慣れてないから全然だったよ」
「えー、そんなことないよ! ちゃんと歌えてたし、私楽しかったよ!」
マイクを置いて伸びをする絢さんと恥ずかしそうにちょこんとテーブルにマイクを置く神崎さん。
「二人とも凄くよかったよ」
「それな! 絢ちゃんはめっちゃ歌いこなしてたし、香菜もこういう曲も歌えるんだなって意外だった!」
「和くん、それ褒めてるの……?」
「褒めてるよ! 可愛い歌声だった!」
「あ……う……その、ありがと……」
照れもなくストレートに可愛いと褒める佐藤。
こいつ、本当に狙ってないよな?
いやまあ、そんなに計算高いやつだとは思ってないけれど、それはそれで末恐ろしいやつだ……。
天然は強い……。
「そうだよ香菜! 凄く可愛かったもん!」
「も、もういいよ……! ほ、ほら、次、曲入れよう? はい、白鳥くん」
褒めちぎられ顔を赤くして身体を小さくしながらデンモクを俺に渡してくる神崎さん。
「え、次俺?」
「まあ、順番的にそうだろ! 唯のソロ楽しみにしてるぞ!」
「唯くんも凄く上手かったもんね! 期待してるよー」
「お前ら……」
サムズアップしてくる佐藤とニヤニヤしながら俺の隣に座る絢さん。
佐藤はともかく絢さんは色々知ってるだろうに……。
「期待外れでも何も言うなよ?」
デンモクを操作して、履歴を遡る。
結構俺等の曲って歌われてるんだな……。
人気なのは耳に入ってくるけれど、こうして自分の目で見ると改めて実感する。
ありがたいことだ。
しかし、俺等の曲が多いと、それ以外で俺の歌える曲を探すのが大変だな。
何回かページを遡り、ようやく知ってる曲を見つける。
序盤でバラード曲を歌うのはどうかと思うけれど、あまり曲を探すのに時間を掛けるのも申し訳ないしな。
俺はタッチペンで画面をタッチして曲を送る。
「おお、懐かしい曲入れんだな」
「私達が中学一年生くらいのやつだよね? あのドラマ観てたなー」
俺が出演していたドラマの主題歌だからちょうど知っていた。
男性ボーカルユニットで、R&Bテイストの曲を歌うアーティストだったけれど、珍しくしっとりバラードで話題になっていたやつだ。
「俺も観てた観てた! 雪宮唯が主役の子供役やってたよなー」
「んっ、ゴホゴホッ」
「って、唯大丈夫か?」
「いや、大丈夫、唯って呼ばれたから驚いただけだ」
佐藤にいきなり名前を呼ばれて息が変なところに詰まってしまう。
え、バレてない……よな?
「あー、名前同じだもんな。まあ、タイプは全然違うけど」
「悪かったな。地味系男子で」
「そんなこと言ってないだろ? ほら、イントロ終わりかけてるぞ」
少し長めのイントロが終わりそうになっていたので、慌ててマイクを握る。
そしてすぐにAメロの歌詞がモニターに表示された。
さっきみたく調子に乗らないように気をつけて歌い始める。
AメロBメロはそこそこ低めだけれど、サビからは一気に高くなるこの曲。
バラードは勢いで誤魔化すことができないので、少しの音のズレやリズムのズレで違和感が出てくる。
コツはBGMをよく聞きながら、丁寧に歌うことだ。
あとは口をアップテンポの曲よりもきちんとハッキリ動かすと、リズムが走ることもなくなる。
そして歌を歌うのに重要なのはブレスだ。
ブレスの位置を把握して、それを表現に利用したり、リズムの修正などを行う。
今回はただのカラオケなのでいつもよりは意識しなくてもいいんだけれど、もうこれは癖として染み付いている。
あと、慣れるまでブレスの時にきちんと息を吸い込むことができないんだよな。
ちゃんと息を吸えないと発声もブレるし、リズムも走ってしまうし、高い声も出せなくなる。
最初はめちゃくちゃ苦労したっけ……。
アイドル活動を始めたばかりに出た曲なので、苦労した昔のことが脳裏を過る。
あの頃は芝居はやってきたけど、歌なんて専門外だった。
一応ピアノはやっていたから音感やリズム感はなんとかなっていたけれど、芝居で使う発声と歌で使う発声は別物だから、事務所がセッティングしてくれたボイスレッスンで何度も指摘されたっけ。
それに少ししたら声変わりもしてきて、なおさら歌い方がわからなくなって、あの当時の曲は正直ミキサーさんの力がなければ到底聴けたものではなかった。
歌番組で生歌を披露した時もSNSでは結構酷評されたりもした。
優斗は最初から器用にこなすし、龍も努力の鬼だからメキメキ上達していったけれど、俺だけ自分が満足行くように歌えていなかった。
だからこそメンバーの足を引っ張っている自分自身にムカついて、死にものぐるいで練習した。
邦楽洋楽問わずに色んなアーティストの歌い方を研究して、空き時間はずっと音楽を聴いて、音楽番組に出演した時には生の歌唱を聴くチャンスなので、何かテクニックを盗めないかと穴が空くほどずっと見ていた。
研究すればするほど、自分の才能のなさに嫌気もさしたし迷走もした。
それをボイストレーナーさんに矯正してもらいながら、なんとか人前で歌っても恥ずかしくないくらいには成長できたと思う。
なんか、思い返せば思い返すほど、俺ってアイドルに向いてないな……。
でも、この仕事が好きなんだから仕方ない。
そしてそのお陰で絢さんにアドバイスもできて、友達になれたんだから、無駄なことじゃなかったよな。
曲はもう終盤へと向かう。
ラストサビは転調して今までよりも音が高くなる。
ブレスできちんと息を吸い込み、腹筋と背筋できちんと支えて、ミックスボイスとファルセットを使い分けながら歌い上げた。
なんか、昔のことを思い出したせいか妙に熱が入ってしまった。
調子に乗らないようにと心掛けてたはずなのにダメだな……。
ふぅと身体に溜まった息を吐き出して、マイクをテーブルに置く。
曲が終わって、カラオケのCMが流れ始めるけれど、誰一人として声を発していないことに気づいた。
あれ? なんか変だったかな?
不安になって周りを見渡すと、みんな呆けたように俺を見ていた。
「えっと、どうしたの?」
恐る恐る尋ねてみると、佐藤から力が抜けたような声が返ってきた。
「お前、えげつねぇくらい上手いな……」
「な、なんかありがとう。でも、そこまでか?」
「もうプロ目指せるんじゃないかってくらいに上手かったぞ」
「うんうん! 私も同年代でこんなに歌上手い人初めて会った!」
佐藤と神崎さんが俺のことを褒めちぎってくる。
そりゃプロだし、一般の人と比べたら上手いって自負はある。
でも今回はいつもと歌い方変えてたし、ビブラートとか細かいテクニックはほとんど使ってないんだけど、発声とか音感とかリズムとか、そういう基礎的なところは流石に誤魔化せないからなぁ……。
「そこまで褒めてくれるのは嬉しいけど、多分ピアノやってたお陰で基礎的な音感とかリズム感が備わってるだけだと思うぞ」
「それでもすげぇよ! てか、お前の後とか歌いづらいんだけど」
「知らん。俺もちゃんと歌ったんだから歌え」
「へへーん、次は俺じゃねーもん。香菜の番だもーん」
「え、私!? さっき絢ちゃんと歌ったじゃない!」
「ほら、俺、絢ちゃん、唯で次は香菜だろ?」
「ええー、もっと歌いづらいよぉ……」
「なんか、ごめん。てか、そういうんなら、佐藤と二人で歌えばいいんじゃないか? 男女のデュエットとかあるだろ?」
「う、うーん、和くんさえよければ……」
「俺はいいぜ! ちょっと前通るな」
佐藤は立ち上がって俺と絢さんと神崎さんの前を通って、神崎さんの隣に座った。
佐藤、俺、絢さん、神崎さんの並びから俺、絢さん、神崎さん、佐藤の並びに変わる。
そして二人は顔を近づけてデンモクの操作をし始めた。
なかなかいいアシストをしてるんじゃないか俺。
「なんか、いい感じになってきたな、あの二人」
先程から一言も喋らない絢さんの耳元に顔を近づけて、二人に聞こえないように喋りかける。
「ふぇっ!? あ、えっと、その、うん、そうだね!」
「ちょっとちょっと声大きい」
「ん? どうした?」
「あー、いや、ちょっと俺の手が絢さんに当たってビックリしたみたい。気にしないでさっさと曲選べー」
「へいへーい」
いきなり声を掛けてしまったせいで驚いた声を上げてしまった絢さんは恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
悪いことをしたと思いながら、その声に反応した佐藤たちにテキトーに誤魔化して曲を選ぶように促す。
「ごめん、いきなり声掛けちゃって。ていうか、ずっとボーっとしてたけどどうかした?」
「い、いや、別になんでもないよ。でも、うん、本当に凄かったね唯くん」
「それはどうも。ていうかそれよりもあいつら、いい感じじゃないか?」
「えっ? あ、本当だ……」
「まあ、俺等がなにかしなくても上手いところに着地するんじゃないか?」
「……うん、そうならいいね」
思考がどこかに飛んでいた絢さんだったけれど、二人の仲睦まじい姿を見て、微笑ましそうに言葉を溢した。
そして、俺と絢さんでその様子を眺めていると、佐藤がデンモクを操作して曲を転送し、二人は歌い始めたのだった。
次で打ち上げは終わり……かもです




