初めてのデート(仮)④
おや? どうやら様子が……?
三杯目のコーヒーを注文して、薄くなったコーヒーを飲み干す。
絢さんはお金を気にしてこれで注文は止めようとしたけれど、俺が一人でコーヒーを頼んで一緒にいる女の子がお冷だけを飲んでるのは外聞が悪い。
だから三杯目は俺が出すという旨を伝え、ずっと固辞をしていた絢さんの言葉をスルーしてアイスティーを注文した。
強引だったけれど、そこは飲み込んでもらおう。
そして届いたアイスティーを飲みながら不満げな視線が送られる。
いや、申し訳無さのほうが強いだろうか。
素直に受け取ってくれればいいのに、真面目というかなんというか。
「唯くんって結構強引なんだね」
「そっちには負けるけどな」
「えー、私強引じゃないよ!」
「あの公園で出会った時のこととか、今までの会話を思い出してみて自分が強引じゃないと思ったらそうなんでしょうね」
「……すみません、強引でした」
「よろしい」
まあ、この子ほど押しが強くなければ、こんな関係になることはなかったんだろうけれど。
それに、だからこそ俺も遠慮することなく色々言えたりするから付き合いやすいしな。
「でも、あの時は凄く必死だったし、唯くんのこと全然考えられてなかったから、本当にごめんね。なんか無理やりになっちゃったみたいで」
「まああの時は正直少しはうんざりしてたけど、必死さは凄く伝わってきたからあれでよかったんじゃない? 少なくとも俺に対しては」
「そっか、そう言ってもらえると嬉しいな。でも、他の人には気をつけるね」
「俺のことも気にしてくれ」
「あはは、それもそうだね。でも、唯くんってなんか甘えやすいんだよね」
甘えやすいか……。
俺自身、そんなイメージはないんだけどな。
どっちかって言うと龍みたいな兄貴肌のタイプが甘えやすいとは思うけれど。
「そうか? 取っ付きづらいタイプだと思うけれど」
「うーん、あんまり関わりないと確かに取っ付きやすいタイプじゃないけど、ちゃんと接してみたら落ち着いてるし優しいし、こっちの話もちゃんと聞いてくれるしで凄く話してて楽しくて安心するよ。だからかなー、なんか大人っぽくて甘えやすいのは」
この子は何度俺を照れさせられれば気が済むのだろうか……。
素直に人を褒められるのは美徳ではあるけれど、それを伝えられる相手は気恥ずかしいことこの上ない。
「唯くんって照れると前髪触るくせでもあるの?」
「えっ? なにそれ俺知らない」
「さっきもだし今もだけど、視線外しながら前髪触ってるからさ、てっきりそうなんだって思った」
ハッと前髪を触っていることに気づいて手を下ろす。
無意識だった。
さっきも……って言うことは、もしかしたらこれまでも知らず知らずにやってたのかもしれない……。
うわー、なんかめっちゃ恥ずかしい……。
「ちょっと待って、普通に無意識だった……。いやまじでめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど……」
「あ、やっぱり無意識だったんだ! えへへ、良いこと知っちゃった」
「おい、何を考えてる……?」
「いやー、別にー」
「絶対に碌でもないこと考えてるだろ……」
「そんなことないよー。ただ、ポーカーフェイスしてても、照れてるの隠しきれないのって可愛いなーって思って」
「……」
「ほらまた! 大人びてるなーって思ったけど、可愛いところあるんだねー」
ニヤニヤとからかうような表情を見せる絢さん。
絶対にこの癖直そう……。
恥ずかしいところ知られたままじゃ、これから先も事あるごとに照れさせてきそうだしな。
「あのなぁ、俺みたいなやつに可愛いは全然似合ってないだろ」
「そうかな? 普段クールな人の以外な一面って可愛いと思う人多いと思うけどな」
「そういうもんかねぇ」
「そういうもんだよ。私じゃなかったらキュンキュンして唯くん好きーって思ってもおかしくないもん」
所謂ギャップ萌えみたいなやつか……。
アイドルとしての雪宮唯ならファンや業界の人からクール寄りの印象を受けてるけど、白鳥唯としてでもそういう印象なんだな。
落ち着いてるほうだとは思ってたけど、暗いやつと思われてなくてよかった。
「別に恋人作りたいわけでもないし、キュンキュンさせたところでな……」
「彼女欲しくないんだ。男子高校生ならみんな彼女欲しいんだろうなって思ってたけど。事務所もNG出してるわけじゃないんでしょ?」
「ていうか、恋愛感情ってのがそもそもわかんないんだよな。今まで好きな人が出来る余裕もなかったし」
役者としてもアイドルとしてもその感情がわからないってのは致命的だとは思う。
今までドラマや映画で恋愛の芝居をするときも、ラブソングを歌う時も、描写がわかりやすい恋愛漫画やラブコメアニメで勉強して臨んでたけれど、毎回監督にリテイクを食らってしまう。
だからいつかはきちんと恋をしてその感情を知ることができたらいいんだけど……。
「ドラマとか映画で共演した人とか好きになったりしないの? 時々あるじゃん、共演したことが切っ掛けでお付き合いしましたーみたいな」
「確かにそういうのもあるけど、俺の場合まだ中学生だったしな。歳の近い人と絡むこともあったし、恋愛の芝居もすることもあったけど、仕事でしか相手のことを知らないし好きになるなんてことはなかったな」
「へー、唯くんの周りの女性なんて美人さんばっかりだし、普通の男子ならすぐに好きになりそうだけど」
「普通の人生は送ってないからな。普通の男子なら学校休んで撮影とかロケとか、アリーナでライブとかやらないしな」
「それは確かに……。めちゃくちゃ忙しいじゃん」
「だろ? だから恋愛なんてする暇もなかったし、メンバー以外の友達を作る暇もなかったんだよな」
多分、普通に学校で友達ができていたら、ここまで普通の高校生活に憧れることもなかっただろうし、龍や優斗のいる高校の芸能科に進学していたと思うけど。
「そういえば前に言ってたもんね。学校でも仲のいい友達はできなかったって」
「そうだね。普通に話したりはしてたけど、こうやって休日に遊びに行くとかはなかったね。向こうも気を使ってくれてたんだと思うけど」
「まあ、学校休むくらい忙しい人だといつが休みなのかわからないし、そもそも誘っていいのか尻込みしちゃうしね。でも、メンバーの人たち以外の業界の歳の近い人とかとは遊びに行くとかはなかったの?」
「そっちはそもそも仕事以外で接点ないからなぁ。連絡先を交換したりはしてるけど、プライベートで遊ぶみたいなのはなかったし、今みたいに見た目変えてなかったからバレた時のリスクが大きすぎるしな」
「あー、スキャンダル的な?」
「そう、スキャンダル的な」
一つのスキャンダルで身を滅ぼすパターンもよく見てきた。
俺一人の活動ならまだしも、グループで活動しているなら、なおさら気をつけないといけない。
まあ、俺がわがままを言った時点で凄く迷惑をかけたと思っているけれど。
「傍から見てると華やかな世界だけど、結構大変なんだね」
「気をつけなきゃいけないことは多いし、結構体育会系ではあるのは確かだけどな」
「体育会系かぁ。私も一応ずっと運動部だったけどそれ以上に大変そう」
「部活したことないから基準がわからんけど、挨拶とか言葉遣いとか距離感とかそういう礼儀はしっかりしてないとダメだな。最近だとタメ口系のタレントもいるけど、あれは例外と考えといた方がいい。事務所の売り出し方やキャラとして認知されているから許されてるだけであって、他の人が真似したらすぐに干される可能性があるし」
タメ口や距離感の近いタレントさんは、あれはもう一種の才能だ。
本人のキャラクターに合っていて、それでいて相手を不快にさせないってのは俺には真似できない。
それに子役でもしっかりしてる子が多いしな。
「うっ、それは怖いね……。今から気をつけとこ」
「礼儀なんて身につけてて損はないしな。将来どんな仕事をするにしても必要になるものだし」
「そうだね。肝に銘じておくよ」
「ただ、あまりにもへりくだったり、大げさにヘコヘコしてたら逆に印象悪くなるから、塩梅は気をつけてな」
「あー、うん、わかった。あ、いや、わかりました。自然にですね、白鳥さん」
「おい、バカやめろ……。めっちゃ鳥肌立つ……」
「えー、それは酷くないー?」
さっきまで普通に喋ってたクラスメイトからいきなり畏まられても困る。
ていうか、絢さんだとなんかゾワゾワしてしまう。
「じゃあ俺が今からめっちゃ丁寧な口調で話し始めたらどう思うよ? 風祭さん、このような言葉遣いで接したほうがよろしいでしょうか?」
「うっわ、本当に止めて。まじで無理」
「言い過ぎじゃね?」
「いやでも、確かに背中とかゾワゾワする」
「だろ? だから目上の方や初対面や関係性が薄い人たちにやってくれ」
「はーいそうしまーす。でも、ふふ」
「うん? どうした?」
絢さんは可笑しそうに笑う。
なにかおかしなことを言っただろうか?
「いや、ただ本当に唯くんって面倒見いいなーと思って。こんなお兄ちゃん欲しかったなー」
「そうか? 別に思ったことを言ってるだけなんだけどな。一人っ子だし」
「じゃあ根っからのお兄ちゃん気質なんだね。でもそつっか、一人っ子なんだ。弟か妹でもいるのかと思った」
「兄弟がいたらもっと人付き合いも楽だったんだろうけどな」
「うーん、唯くん、別にコミュ力あると思うけどなー。ていうか、私も一人っ子だし」
「ああ、それはなんとなくわかった」
「え、そう!?」
なんとなくだけど、一人っ子感は出てた。
それに一人っ子じゃないと高校で上京させるなんて経済的にも相当裕福じゃないと難しいだろうしな。
「なんか、両親の愛情を一心に受けてたんだなってわかるよ」
「まあそれはそうかも。だからパパもママも大好きなんだー」
「そっか。俺も相当可愛がってもらったし、こんなわがままも聞いてもらったからな。本当に人に恵まれてるよ」
両親も俺を愛してくれてるし、龍も優斗も咲さんも佐藤も……そして絢さんも、俺には勿体ないくらいいい人たちが周りにいる。
それは決して当たり前じゃなくて、幸せなことなんだ。
だからその人たちにとって誇れる人間になりたいと思うし、頑張れるんだ。
「……」
「うん、どうした? ボーっとして」
ちょっと恥ずかしいことを言ったからだろうか、絢さんは何故か呆けている。
少しだけ顔が紅くなってる……気がするけれど、そんなに小っ恥ずかしかっただろうか?
「……あ、いや、その、えへへ、なんでもない!」
「なんか俺恥ずかしいこと言っちゃったな……」
「ううん、全然! 恥ずかしくないよ! 素敵だったよ!」
「そ、そうか……。ありがとう」
「……う、うん」
照れくさくなって多分また前髪を触ってると思うけれど、それでも今はそう言ってくれた彼女に、俺も真っ直ぐにお礼を告げた。
次でデート(仮)はおそらくラストだと思います




