初めてのデート(仮)③
まだだ……。
倍プッシュだ……!
「そういえば、ずっと聞きたかったんだけど、絢さんって上京してきたんだよね? 地元はどこなの?」
「あー、地元はね福岡だよー」
「福岡? 結構思い切ったな」
大学進学やスポーツ特待ならまだしも、高校で九州から関東まで上京するってのはあまり聞いたことがない。
というか、そもそも親が許してくれるっていうのが珍しい。
「どうせならって思ってね。それに地元からちょっと離れたくて……」
そう言う絢さんの表情は少しだけ曇っている。
いったいどんな事情があったのか、気にならないと言ったら嘘になるけれど、流石にそこまで踏み込めるほどの関係性ではない。
これも彼女が役者を目指していることを隠していることに何かしら関係があるのだろうか。
「まあ都市部のほうがチャンスは多いもんなぁ。でも福岡も結構栄えてるし、事務所のスカウトやオーディションとか、劇団だったり養成所やスクールとかありそうなもんだけど」
「私の地元、福岡って言っても田舎のほうだったからね。博多とか天神まで結構遠いから栄えてる印象あんまりないんだよなー」
「なるほどね。俺は生まれも育ちも東京だったから、地方のことって疎いんだよな」
「自分の地元とか今住んでる場所以外だとそんなもんでしょ。私もここに来るまではテレビでの印象しかなかったし」
「あー、東京は渋谷のスクランブル交差点前とか、神奈川だと横浜とか?」
「そうそう。全部すっごく栄えてるイメージしかなかったもん」
確かに行ったことない場所ってテレビやネットの印象でしか想像できないもんな。
俺も福岡は博多や天神のイメージしかなかったし。
一応地方や海外にロケやPV撮影で足を運ぶことはそこそこあったけど、そこも有名なところが多かったしな。
「上京した理由はわかるけど、よくご両親が許可してくれたよな。寮ならまだしも、高校生の女の子が親元から離れて一人暮らしってご両親は心配して反対しそうなもんだけど」
「そこはもう説得に説得を重ねたよ。あとは向こうで色々あったからそれで渋々折れてくれたって感じかなー。毎日連絡するのと半年に1回は私が帰省したり、向こうが会いに来るって条件はつけられたけど」
「まあそれはそうだな」
納得はしたが、それでもそれくらいの条件で許してくれたのは、地元であったその色々が相当だったんだろう。
一応これから付き合いを続けるなら、地元の話題は気をつけなきゃな。
多分地雷だろうし。
「逆に唯くんはなんでここに来たの? 都内に実家あるなら、都内の学校でもよかったんじゃない?」
「あー、中学の同級生が進学しない高校ってのと、都内だと付近の高校に俺のことを知ってるやつがいるかもしれないからな。最初は地方の高校にでも行こうかと思ったけど、仕事もやんないといけないし、都内に行きやすいところってなるとここくらいしかなかったんだ」
「そっか。色々考えた末だったんだね。でも、今の時代ネットで情報漏れたりするんじゃない? 中学の時も白鳥唯で通ってたんでしょ?」
「そうなんだよなー。白鳥って名字も多くないし。だからそこは印象操作とブラフの情報を流してこれからどうなるかって感じだな」
今の時代、卒業アルバムとかネットに流出してることが多い。
そのため芸名じゃない本名が知られている可能性は高いだろう。
だから、中学時代までは髪型もがっつりセットして眼鏡を掛けず、姿勢とかも堂々と胸を張ったりして、逆に目立つようにしていた。
一応担任以外には龍たちのいる高校含め、第二志望以降の都内の高校を受験するって周りには言って誤魔化して情報をコントロールしていた。
だからうちの高校で俺の名前に気づいた人がいても、野暮ったい見た目で口数も少ない俺が、あの雪宮唯と同一人物とは結びつかないんじゃないかと思う。
同姓同名の別人と思ってくれるのなら助かるんだが。
「お互いに進学するまで色々苦労したんだねー」
「そうだな。でも苦労はしたけど、ここにこれてよかったと思ってるよ」
「私もここにこれてよかったよ。何より唯くんと友達になれたんだから」
優しい声色で、感じ入るようにそう言う絢さん。
「……あのさ、さっき俺に色々言ってたけど、そっちも相当だからな?」
「えっ、何が? なんの話?」
「……こっちの話」
ストレートに言うなーとか乙女心がーとか言ってたけど、彼女も彼女で無意識に照れさせてくる。
本当に人たらしというかなんというか……。
照れを隠すようにコーヒーを飲んでお茶を濁す。
彼女は怪訝そうな表情で俺を見てくるけれど、よくわかっていないようで追求はしてこない。
今まで建前の世界で生きてきたから、本心で面と向かってストレートにそういうことを伝えられるのは慣れていない。
龍と似たタイプだよなぁこの子。
あいつもストレートに褒めてきたり、自分の感情を伝えてくれるから、照れくさくなることが多い。
嬉しいしありがたいんだけどな。
「んー、なんか気になるけどまあいいや」
「ん、追求しないでくれると助かる……。説明しにくいし」
「話は変わるけど、唯くんって趣味とかないの?」
「趣味かぁ……。強いていうなら読書とか映画鑑賞とか音楽鑑賞とか……あとはランニングかな」
「なんか全部仕事に関係するやつだね」
「まあ、家とか空き時間で楽しめるものだしな。それに自分の仕事の糧になるなら一石二鳥だし」
「意外とストイックだよね」
「ていうか、自分の趣味を見つける時間がなかったというか。ゲームとかスポーツも好きではあるんだけど、趣味と言っていいほど続けたりのめり込んだりはしないからな」
サッカーの代表戦とか観るのも好きだし、ゲームも優斗に付き合ってやることはあるけど、本当に詳しいわけでも得意なわけでもないからなぁ。
前よりも仕事の量をセーブしたし、これを期に新しい趣味を見つけるのもありだな。
「スポーツ好きなんだ! じゃあ今度バスケでもしようよ! 私、元バスケ部だったから教えてあげられるよ!」
「バスケかぁ。でも、二人だと1on1くらいしかできなくないか?」
「楽しいじゃん1on1!」
「元バスケ部なんだろ? 俺素人だし、相手になんないぞ」
「唯くん、運動神経良さそうだし、私もブランク結構あるし大丈夫大丈夫! それにちゃんと教えてあげるから!」
「まあそこまで言うならいつかな。せめてもう少し涼しくなってからにしてくれ。ストバスを今の気温でやると普通に死ねる」
「うん! じゃあ秋になったらやろうね!」
「おう」
バスケかぁ。体育の時にやったくらいしか経験ないから、ちょっとそれまでにボール買って少し練習しておこう。
簡単なドリブルとかシュートならできなくはないけれど、元バスケ部が相手なら全然通用しないと思うし、一方的になりすぎたら絢さんも面白くないだろうしな。
「逆にそっちは趣味ってなにかあるのか? やっぱりバスケとか?」
「私はねー、映画観たりドラマ観たりアニメ観たりするのが趣味かなー。あとカラオケ!」
「なるほど、なんか納得だけど、バスケは趣味じゃないんだな」
映像作品を観るのが趣味だっていうのは役者目指しているなら理解できるし、カラオケも一般的な高校生なら好んでいくこともあるだろう。
でも、あれだけバスケが好きそうな反応をしていてそれが趣味じゃないのは少し意外だ。
「バスケは趣味っていうか、もう活動になってたからね。当時はやらなきゃいけないものみたいな感じになってたし。それに今はもう辞めちゃったし、気軽にできるものじゃないからさ。まあでも好きなのは変わらないけどね」
「ふーん、そんなもんか。でも確かに俺もダンスも歌も芝居も好きだけど、それが趣味と言われたらそれは違うし、似たようなもんか」
「そうそう。多分そんな感じ」
「じゃあさ、映像作品はどんなの観てるの? ほら、色んなジャンルがあるじゃん? アクションとかラブロマンスとかホラーとか」
「ジャンルかー。私結構色々観ちゃうけど、強いていうならラブロマンスとかヒューマンドラマ系は好きかな。あとホラーは無理」
絢さんは胸の前で腕をクロスさせてバッテンを作る。
そんなにホラー苦手なのか……。
スプラッタ系は苦手だけど、ジャパニーズホラーとか俺は結構好きなんだけどな。
「ホラー苦手なんだ?」
「うん、本当に無理。心臓ドキーッてなるし、お腹痛くなるし。それに観たあと数日はお風呂とか寝る時とかずっとビクビクしちゃうもん」
「あー、髪洗ってる時後ろにいるんじゃないかーとか?」
「そうそう。あの時はシャンプーハット欲しくなるよね。目瞑りたくないもん」
ふとシャンプーハットを被っている絢さんを想像してみる……。
めちゃくちゃシュールだ……。
「あっはは! そこまでなんだ! でもさ、もし女優になった時にホラー映画のオファーが来た時はどうするのさ?」
「うっ、それはもう我慢して頑張る……」
「できるかなー。お化けのメイクをしてる役者さんとか結構迫力あるぞ?」
「唯くんってホラー映画に出演した経験あるの?」
「まあ、昔に一度だけな」
子役時代に一度だけ出演したことあるけれど、特殊メイクをした役者さんに慣れるまでビビって泣いてたっけ……。
あれは凄く迷惑かけた黒歴史だし、そこまでは話さないけれど。
未だにあれだけは当時の記憶がフラッシュバックして観れないんだよな……。
「えー、気になるけど私絶対に観れないやそれ」
「無理して観なくてもいいよ。で、ラブロマンスとかヒューマンドラマだとどういうのが好きなの? コメディ要素が強いやつとかシリアス系とか」
「私はねー、やっぱりコメディ多めだったり、ハッピーエンドで終わる作品が好きだなー。結構キャラクターに感情移入しちゃうから、シリアスな作品だったりバットエンドやビターエンドだと凄く辛くなっちゃって。もちろんそういう作品も好きな役者さんが出てたり、話題になってたら観るんだけど、そうじゃなかったらちょっと避けちゃうかな」
確かにコメディだと気軽に観れるし、感情移入してしまう人だとシリアス系よりも梯子もできるしな。
俺はもうキャラに感情移入するよりも、色々考えて観るようになっちゃったから羨ましくはある。
一種の職業病なんだろうけど、どういう意図の芝居なのか演出なのかとか、自分ならこの芝居をどう演じるかとか。
もっと経験を積んで余裕を持てれば、絢さんみたいに感情移入しながら楽しんで色んな作品を観れるようになるのかもしれないけれど。
「なるほどな。確かに自分が演じててもシリアスな作品とかシーンは精神的に疲れるんだよな。抑えた芝居って結構難しいし」
「そうなんだ。アクションとかコメディでオーバーなお芝居やるほうがキツいと思ってた」
「いや、どっちも大変だぞ? ただそのベクトルが違うし、あとは役者のタイプにもよるかな。俺は小さい頃からやってるからか、感情を解放させるほうが得意だし」
感情を抑えた芝居って何も考えずに声や動きを小さくすると、見栄えも悪くなるし、掛け合う相手にも観ている人にもなにも伝わらない芝居になってしまう。
特に舞台になるとそれが顕著だ。
俺もまだまだ難しくて苦手な芝居だから、そういう映像作品を積極的に観て勉強している。
「なるほどなるほど……。じゃあ私も避けてた作品を観て勉強しないとなぁ」
「それは追々でいいと思うぞ。今は純粋に色んな作品を楽しんでみたほうが為になると思う。楽しい面白い悲しい辛いって感情を素直に受け止めて、その時に感じたものを覚えておく。それって凄く大事なことだからな」
どんな時にどんな感情を抱くのか、それを素直に感じて覚えておくのは芝居をやる上でとても大事なことだ。
似たようなシーンを演じる時に、あ、あの作品見た時にこんな感情になったなってそれをそのまま芝居に使えることも、応用して演じることもできるのだから。
「そっか。なら今はそうしてみるね! でも、今まで観てこなかった作品も観てみる! あ、ホラーはまだ無理だけど」
「そうだな、そうしてみるといい。ホラーは友達と一緒に観たら結構怖さ軽減されるぞ」
「えー、絶対に軽減されないと思うけどなー。じゃあさ、いつか一緒に観てよ」
「いやいや、流石にそれはマズいだろ……」
「そう? お互いに一人暮らしだし、逆に観に行きやすいと思うけどなー」
この子、本当に危機感がないというか、距離感がバグってるというか……。
「一人暮らしだからこそダメだろ。同性ならまだしも異性の部屋で二人で映画を観るとか、よく考えなくても危ないってことわかるだろ?」
「普通の男子ならそんなお誘いはしないよ。そんなに仲のいい男友達なんていないし。ていうか、唯くんって私に何か変なことするつもりなの?」
アイスティーに口を付けながら事も無げにそんなことを言ってくる絢さん。
「例えそんな状況になったとしても何かする気はないけれどさ、それでも危機感を持たなきゃダメだろ?」
「信用して言ってるんだけどなー」
「それはありがたいけど、俺等はまだきちんと話すようになって日が経ってないだろ? 実は俺が女たらしですぐに手を出すような男かもしれない可能性だってあるじゃないか」
「そういう人はそんなことを直接女の子に言ったりしませーん」
「確かにそうかもしれないけどさぁ」
「じゃあ、もっと仲良くなってお互いに信用を重ねていったらってことで!」
これで話は終わりと言うように、絢さんはパンと手を鳴らす。
この子には追々きちんと危機感とか距離感を教えなければ……。
俺はそう決意しながら氷が溶けて薄くなったコーヒーに口をつけるのだった。
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