スキャンダルのアンサー
『雪月花の雪宮唯、熱愛か!?』
『お相手は映画で共演した叶桜!』
『収録後に夜のデート』
そんな見出しの記事が載った雑誌が出回り、SNSでのトレンドでも雪宮唯 熱愛などのキーワードが並んでいる。
そこで色んな憶測が飛び交っているのが、如何にもSNSの闇だと実感する。
私はうんざりするような文の羅列を見るのを止めて、ベッドに突っ伏した。
数日前、いきなり唯くんからメッセージを貰って、この状況を知らされた。
これが偏向報道だというのはわかってるし、こんなことが記事になるんだと唯くんに同情もした。
しかし、少しだけ唯くんが叶ちゃんとこういう報道をされることにモヤモヤとした嫉妬を覚えてしまう。
それに、私のプレゼントを叶ちゃんと選んだというのも。
唯くんには「わかった。信じてるから大丈夫」なんてメッセージ送ったけど、それでも不満はあるよ唯くん……。
一日休みで筋トレしたり、映画を観たり、お芝居の勉強をしたりしていたけれど、あの日からどうにも集中できないでいた。
一応唯くんとの朝稽古は続いていたし、いつも通りに接することはできたと思うけど……。
でもちょっと不自然だったかなぁ……。
モヤモヤしながら唯くんとのメッセージを見返していると、動画サイトのライブ通知が届いた。
あれ? 雪月花公式チャンネルのライブ通知?
私は動画サイトを開いて雪月花のチャンネルに飛ぶ。
そこには『今回の週刊誌の報道について』というタイトルと、ライブ配信の開始までのカウントダウンが流れていた。
そして、カウントダウンが終わると、その画面にはスーツ姿の唯くんの姿が映されていた。
『配信をご覧の皆さん。この度は私の報道でお騒がせ致しましたことをお詫び申し上げます』
そう言って深々と頭を下げる唯くん。
『今回の週刊誌の記事に関してですが、間違った情報が記載されていたことについてお話させていただきます。まず、叶桜さんとの熱愛に関して、事実無根であるとハッキリと否定させていただきます。彼女とは近々公開される映画で共演している仲間であり、尊敬すべき友人の一人です』
彼はゆっくりと、しかしハッキリとした言葉で私達視聴者に向けて語る。
ライブの同接はすでに二万を超えていた。
『今回、私と彼女は番宣を兼ねた収録の帰りに私の用事に付き合っていただいたところを写真に撮られ、それが記事になりました。行ったお店も女性向けの店舗で、だからこそ記者の方も勘違いされたのだと思います』
ライブ開始直後は高速で流れ続けているコメント欄も、唯くんの話に聞き入っているのか少しだけ落ち着いてきた。
『何故私が女性向けのお店で買い物をしていたのか、そして何故叶さんに付き添ってもらったのかについての説明なのですが、事務所の方やお世話になっている方にホワイトデーのお返しを選んでいた為です。そもそも私は今まで女性とお付き合いしたことはなく、親しい女性の友人もいなかったので、義理で頂いたお返しを迷っていたことが切っ掛けでした。そこで共演する叶さんに相談して、オススメの品物やお店を教えてもらい、叶さんのご厚意でお店まで付き添ってもらったというのが、今回の経緯です。最初の方だけ、私が探していた品物の場所まで案内してもらい、いくつかアドバイスをしてもらいましたが、その後はお互い別々に店内を物色し、店の前でお別れしました。仮にお付き合いをしていたのなら、そんな味気ない行動を取るでしょうか』
確かに付き合ってたら、二人で商品みたり、なんなら店出た後も一緒にいるよね。
『そもそも一緒にプレゼントなんて買いに行くなという意見もあるでしょうが、それは仰る通りです。これは私の経験不足、そして勉強不足が原因で、本当にご迷惑をお掛けして申し訳ないと反省しております。ただ、いつも自分の仕事を支えていただいている方々へのお返しはきちんとしたものを、喜んでいただけるものを選びたいという気持ちがあり、それだけしか考えていませんでした。もちろん、お返しした方々とも特別な関係というわけではなく、日頃からお世話になっている御恩を少しでも返したいという思いしかありません』
誠実に言葉を紡ぐ唯くん。
しかし、その言葉に私は少しだけムッとしてしまう。
唯くんが私にそういう想いがないのはわかってるけどさ、それをハッキリと言われるのはやっぱりモヤッとするなー。
『できることなら、ファンの方々からもバレンタインプレゼントを頂いたのでお返しをしたいとは思うのですが、流石に私が破産してしまうのでそれはごめんなさい。なので、今回の件を受けて事務所と相談し、来年からホワイトデーにファンサイトでライブ配信を行うことが決定いたしました』
その発表で、少しだけ落ち着いていたコメント欄が一気に盛り上がりを見せる。
『つきましては後日、事務所公式サイトに掲載される告知をご覧いただければと思います。えー、話しが脱線してしまいましたが、今回の件に関しての憶測や誹謗中傷などはお控えしていただきたいと皆さんにお願いしたいです。特に叶さんに対しての謂れのないコメントなどは本当にやめてください。そして出版社含めメディアの方々もこれ以上の報道はさらなる誤解を招く恐れがありますので、どうか控えていただけると助かります』
唯くんはもう一度深々と頭を下げた。
『以上で私からのご説明とお願いは終わりとさせていただきます。あと最後に……』
これで終わりと思ったけれど、どうやらまだ話しは続くみたいだ。
『今回の報道で私と叶さんのことを知った方や気になった方、是非一度GWに公開する映画を観に来ていただねると嬉しいです。最高の作品になったと自負していますので、絶対に楽しんでいただけると思います。それでは、ご視聴いただきありがとうございました』
偏向報道の説明と謝罪の動画の最後に映画の宣伝も入れるって、ちゃっかりしてるなー唯くんも。
苦笑しながら動画のコメント欄を軽く遡って見てみると、好意的なコメントが大半を占めていて、炎上は鎮火したようだ。
もちろん、未だに訝しんでいるコメントなどはあるけれど、その内新しい話題に移り変わって、世間からは「あー、あんなこともあったなー」くらいの反応で終わるだろう。
SNSのトレンドでも唯くんのことが上位に入っていて、そこでもある程度炎上は沈静化していた。
私は変に疲れてしまい、スマホの画面を消して深いため息を吐いて天井を見上げた。
アイドルって……芸能人って大変なんだなぁ……。
今回の件で改めて思い知った芸能人、有名人の大変さ。
唯くんが普段から変装して気をつけていた意味を思い知らされる。
プライベートでも少しでも隙を見せたらあんなことになるなんて、有名人の人権ってないに等しいじゃん。
私、本当にあの業界でやっていけるのかな……。
もし私が事務所に入って、仕事を貰って有名になったら、唯くんみたいに日頃から気をつけなければいけなくなるんだろう。
そして今回みたいに何かしらの報道があった場合、唯くんみたいに毅然とした態度で対応できるか全く自信はない。
住んでる世界が、生きてきた世界が違うんだと突きつけられた気分だ。
そんな取らぬ狸の皮算用したところで意味はないんだけどさ。
まだ私は芸能界を目指しているだけの一般人だし。
でも今回のことで芸能界の闇を垣間見えて、少し怖くなってしまったのは事実で……。
ちょっと後で唯くんに電話しようかな。
まだ色々ごたついてるだろうし、寝る前にだけど。
あー、なんかモヤモヤするし、やることやっちゃお!
私はベッドから起き上がって、オーディション用に作った台本を手に取って読み込むことにするのだった。
少しでも気が紛れるようにと思いながら。




