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バレンタインの匂わせ

 絢さんのオーディション対策や白田さんから教えてもらったことの練習、仕事やレッスン、そして学校生活とあっという間に1月が通り過ぎていった。

 そして2月の上旬も過ぎようとしたある日、絢さんから唐突にあることを尋ねられた。


「唯くんって甘いもの好き?」

「え、甘いもの? まあ、人並みには」


 朝の稽古が終わり、帰宅しようとしている時にそんなことを尋ねられ、とりあえず人並みに好きということは伝える。


「ちなみに結構甘いものとビターな感じのものなら?」

「うーん、それならビターなほうかな。甘すぎるのも食べられないわけじゃないけど」

「ふむふむ、なるほどなるほど」


 腕を組みながらうんうんと頷く絢さん。


 いったいなんなんだろう……。

 お土産のおすそ分けでも貰えるのかな?


「えっと、それがなに?」

「いやー、なんとなく聞いてみただけー」

「そ、そう?」


 俺が戸惑っていると、絢さんはじゃあ、また学校でねーと公園を出ていった。


「え、なんかめっちゃ気になるんだけど……」


 俺はモヤモヤを残しながら、走って家へと帰るのだった。


「それ、バレンタインのチョコじゃね?」


 学校へと向かい、佐藤に絢さんからこんなことを尋ねられたんだけどと話してみた。


 そっか。確かにもうそんな時期か。

 一応バレンタインのCM撮影もあったけど、それそこそこ前の収録だったし、やること多すぎて普通に忘れてた。


「あー、なるほど。友チョコってやつか」

「友チョコかは知らんけど、とりあえずバレンタインのお菓子は貰えるんじゃね? よかったじゃん」

「他人事みたいに言ってるけど、佐藤も貰えるだろ? 少なくとも神崎さんからは」

「まあ、香菜からは一応毎年貰ってるから、今年もあるだろなー」

「てか、佐藤なら部活のマネージャーとか、それ以外でも上げたいって子いるんじゃないか? お前結構モテるし」


 そう、佐藤はモテるのだ。

 サッカー部のレギュラーでビジュアルも良くてハツラツとしていて性格もいい。

 こいつがモテないならいったいどんなやつがモテるんだと言いたくなるくらい。

 本人は部活や友達が第一だからって言って彼女は作ろうとはしないのだけれど。


「マネージャーからは部員全員に義理チョコはあるかもな。あとはわかんねー」

「淡白だよな、意外と。結構誰にでも距離感近いのに」

「人と仲良くなって損はないしな。変なやつじゃなければ壁作る理由ないし」

「それはまあ確かに」


 さらっと言う佐藤に素直に感心する。

 これは建前でもなくカッコつけてるわけでもなく、本心で思っているんだろう。


 こういうところは龍と似てるな。

 あいつも佐藤とはタイプは違うけど、あまり他人と壁を作らないし。


「お前は逆に結構人付き合い慎重だよな」

「俺は……確かにそうかも。最低限の繋がりさえあればいいしな。流石に拒絶したりはしないけど」


 俺は正体がバレないようにっていうのもあるし、今の仲が良い人たち以外は積極的に交流したいとは思わない。

 あとは職業柄、人の見極めは必要だし。


「そこらへん上手いよな。慎重だし踏み込まないけど、相手を不快にさせない距離感保ってるの」

「バイトで大人の人とも接したりすることも多いからな。距離感とか気をつけないと色々と面倒だし」

「俺も大学入ったらバイト始めなきゃいけないし、今のうちにお前の距離感見習っとかないとなー」

「別に今のままでいいんじゃないか? 俺と佐藤だと根本的にタイプが違うし、俺を真似してもぎこちなくなると思うよ」

「そんなもんか?」

「そんなもんだよ」


 人の懐にさらっと入れるのも佐藤の長所だし、俺の真似をしてその良さを消しても、むしろ悪い方向に進むと思う。

 こんな佐藤じゃなければ、俺がここまで素で接することはできなかっただろうしな。

 メンバー以外でちゃんとした男友達だと言えるのは今のところ佐藤くらいだし。


「ま、とりあえず俺らは男子高校生らしく、女の子からのバレンタインチョコをそわそわと待ち侘びておこうや」

「もうその発言が男子高校生らしくないけどな」

「それな」


 佐藤の発言にツッコミながら、ダラダラと担任が来るまで雑談を続けるのだった。


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