帰りの車の中で
宣材写真の撮影スケジュールもあっさりと決まって、唯くんは仕事へと向かった。
「じゃあ絢さん、私が送っていくから車に行きましょう」
「え、そこまでしていただくのは……」
「遠慮しなくていいのよ。急遽呼び出してしまったのはこっちだし、これくらいはさせて」
マネージャーさんは車のキーをくるくると指で回しながら、行くわよーと車へと歩いていく。
どうやら私には拒否権がないようで、マネージャーさんの後を着いていくしかなかった。
車の助手席に乗り込んで、発進した車から流れる景色を眺める。
そういえばこっちに来て車に乗るのは初めてかも……。
それに都内には時々しか出ないから尚更物珍しいかも。
「絢さん、学校での唯の様子を聞いてもいいかしら?」
ぼーっと景色を眺めていると、マネージャーさんから話しかけられる。
「唯くんの学校での様子……ですか。うーん、友達と話したり、私達のグループでご飯食べたりとか、普通の学生やってると思いますよ? 成績もいいからテスト前とかクラスメイトに頼られたりとかもされてますし」
「そうなのね。あの子、自分のことは全然話さないから少し心配してたのよね、上手くやっているのかって。一応、前に気楽だって言っていたし、この前の女装の写真でちゃんと溶け込めてるとは思っていたけれど」
「唯くん自体、変装してるっていうのと、性格が大人びてて落ち着いているから、クラスの人気者っていうわけではないですけど、少なくともうちのクラスメイトからは悪印象とか悪い噂は全然聞かないです。ていうか、体育祭とか文化祭で顔立ちいいのがバレて、若干女子からの人気が出始めてるのがムムッとしますけど」
前髪と眼鏡でまだ隠れて入るけど、スッキリとした輪郭とか筋が通った鼻立ちとか、そういうのはもうバレてるし、秘密の共有者として私はヒヤヒヤしてしまうこともある。
「まあそこは唯にもっと注意するように言っておくとして、絢さんも難儀してるわね」
マネージャーさんは赤信号で車を停めて苦笑いしてくる。
「いえ、唯くんにはお世話になりっぱなしだし、約束なのでフォローするのは全然……」
「ああ、いえ、そういうことじゃなくて、片想いの相手がアイドルで、さらにはクラスの女子からも密かな人気があるのは大変よねって」
「ふぁっ!?」
マネージャーさんの発言に驚いて変な声が出てしまった。
「え、あの、その、別に片想いっていうか、なんていうか……」
「取り繕わなくてもいいのよ。今日話して、様子を見てたけどもうバレバレだったもの」
「う、あ、えっと……そ、そんなにバレバレでした……?」
「端から見てればね。でも、私だったからこそ気づいたのだと思うけれど」
「……どういうことですか?」
青信号に変わってマネージャーさんは車を再び走らせる。
私だったからこその発言が気になって、マネージャーさんにその真意を尋ねてみた。
「私は数年この芸能界で裏方として色んな人を見てきたのよ? 普通の人よりも人の見る目はあるという自負はある。だから絢さんが唯を見る視線や表情でそうなんだろうなと思ったの。安心しなさい。絢さんくらいの歳の子だと気づかないから」
あ、そういうこと。
それは少し安心ではあるけれど、やっぱり恋心がバレるのは恥ずかしい……。
私は熱くなった顔を冷ますように両手を頬に当てた。
「あの、ごめんなさい。こんな気持ちがある私が唯くんの傍にいて……。迷惑……ですよね?」
唯くんは人気アイドルで、もし私の想いが成就した場合、相当なリスクがある。
マネージャーさんみたいに、唯くんをサポートして支えている人からしたら、私みたいな存在は心底邪魔なんだろう。
私は恐る恐るマネージャーさんに謝るしかなかった。
「あら、どうして? 人が人を好きになるなんて生きている上で当然の権利でしょう? もちろん好きになった相手に迷惑を掛けたりするのであれば話は変わるけれど、あなたはそんなことしないでしょ?」
マネージャーさんはあっけらかんと言ってのける。
「は、はい! それはもちろん!」
「なら何も問題はないわ。そもそもうちの事務所は基本的に所属タレントの交友関係には口出ししない主義だし。黒い関係なら対処はするけれどね」
「あの、ファンの人とか唯くんの人気が落ちることによるリスクとかは大丈夫なんですか?」
普通、アイドル売りしてるタレントの熱愛報道なんてあったら、事務所としては大打撃で徹底的に管理するものだと思うんだけど……。
それに私の想いが成就することよりも、それによって唯くんに迷惑が掛かるほうがよっぽど嫌だ。
「そうね。もちろん、反発するファンや炎上の対策もしなきゃいけないのはわかっているわ。でもそれは私達大人の仕事。唯も他の雪月花のメンバーもまだまだ子供よ? いくら大人の世界で仕事をしているからと言っても、一度しかない人生の大切な時間を奪う権利なんて誰にもないもの」
唯に負担を掛け続けてしまった私達が言えることではないんだけどねと苦笑しながら告げるマネージャーさん。
そのマネージャーさんの姿がとてもカッコよくて美しくて憧れてしまう。
「それに、恋愛を経験せずにラブソングを歌ってファンの心を掴んだり、恋の演技で視聴者を魅了することなんてできないと思っているの。唯は頭もよくて、色んな作品に触れているから、その経験を呼び出したり、心理を読み取ってそれっぽい表現を高レベルでやれてしまう。でも、さらにあの子が上のレベルに到達するのであれば、人に恋をする経験も必要なのよ」
この人はどれだけ唯くんのことを考えているのだろう。
芸能人としてのキャリアだけではなく、個人としてもとても大切に思っているのが伝わってくる。
もしかしたら、可愛い弟の将来を案じているような感覚なのかもしれない。
それがマネージャーさんの優しい声色が物語っていた。
「だから私はあなたの想いが成就することを願っているわ。少し話しただけだけれど、あなたの人となりは私も気に入ったし、唯がここまで一個人に執着することなんて今までなかったもの。これからも、唯のことをよろしくね?」
「……はい! もちろんです!」
「ふふっ、ありがとう。まだ最寄りに着くまで時間掛かりそうだし、もっと学校や絢さんといる時の唯のこと、教えてもらえないかしら?」
「そうですね。あ、じゃあこの前朝稽古の時……」
それから最寄り駅に着くまで、私とマネージャーさん……咲さんは唯くんの話に花を咲かせるのだった。




