後編
そうして、種村さんの接待作戦が開始された。
方針としては、種村さんと積極的に会話をし、もし誘いがあれば可能な限り乗るという、なんともフワッとした内容だ。
幸い俺は、配信をやっている関係で一般的な陰キャ男子よりもお喋りが得意だ。
その喋りスキルを活かして、種村さんの趣味や好みといった情報を引き出す。
そしてその情報をもとに、可能な限りの接待をしていく。
金銭の絡む接待も惜しみなくしていくつもりだが、換金性のある贈り物などをしてしまうと意味がないため、食事などのカタチの残らない内容でおもてなしする予定だ。
……しかし、この作戦には一つ懸念事項がある。
俺はこれまでの人生で一度も、女子と遊んだりデートしたりといった経験がないのだ。
そこで俺は、七々原さんに協力をお願いすることにした。
「えぇっ!? で、でもでも私だって、デートなんてこの前のが初めてで……」
「いや、俺が知りたいのは普通の女子がどんなことをしたいとか、今流行りのファッションや食べ物なんかが知りたいだけだから、そんなに気負わなくても大丈夫だよ。それに、この前のデートは谷村が自分の目的のために提案した内容だろ? 正直アレと一緒にはされたくないから、最初から参考にするつもりはないよ」
谷村が初デートで七々原さんをプールに誘った理由は、査定のためであったことがわかっている。
隠れ巨乳である七々原さんの正確なスタイルを確認するというのが、あのデートの真の目的だったのだ。
そして谷村のお眼鏡にかなった七々原さんは、そこで正式に奴隷枠に加わることになってしまった。
……だからあのデートは、七々原さんにとって苦い経験だったんじゃないかと思っている。
「……あんなのは初デートにカウントしないでさ、俺と本当の初デートをしてみない?」
と、自分で言っておきながら全身に鳥肌がたっている。
これは昨日自分で書いた台本通りのセリフなのだが、あまりのキザさに全身に鳥肌が立ち、顔も真っ赤になってしまった。
配信の際は仮面を被っているので気にならないのだが、本来であれば陰キャの俺が素面で口にするようなセリフではない。
イケメンはこんなセリフを平気で吐けるのだろうが、自分で口することで改めて違う世界の住人なのだと痛感させられた。
「……それは、私の嫌な思い出を、上書きしてくれるってことですか?」
「う、うん、ダメかな?」
「そんな! 私なんかのために……、死ぬほど嬉しいです!」
俺は死ぬほど恥ずかしかったが、これで懸念事項については解決された。
種村さんを接待する傍ら、七々原さんと何度かデートすることで女性経験の少なさを補う。
それが功を奏したのか、種村さんへの接待は順調に進み、彼女の俺に対する好感度は目に見えて上がっていった。
どうやら種村さんは本当に恋愛経験が少ないようで、同じく恋愛経験の少ない七々原さんとの助言が刺さりまくったのである。
また、汚い話ではあるが、やはり潤沢なデート資金があったことも大きい。
一般的な高校生は、デートで使える資金が乏しいため、どうしてもクオリティやデート回数を減らさざるを得ないのだが、俺の場合はそういった面で節約する必要がほぼないのだ。
所詮は新社会人レベルの収入とはいえ、それを駆使すれば普通の高校生よりは充実した交際ができる。
それが必ずしも良い関係とは言えないが、少なくとも女子高生の目をくらませるには十分な効果があったのだろう。
俺の付け焼刃の恋愛経験(偽装)が役に立たない可能性も考慮し、多少強引な手も考えていたのだが、どうやらそれも杞憂に終わったようだ。
◇
作戦を開始してから、大体2か月くらい経った。
俺と種村さんの関係は良好で、クラス内ではもしかして二人は付き合っているんじゃ? という憶測が生まれ始めている。
まさか半崎のような陰キャと……と疑う目もあったが、種村さんのような美少女が恋愛のライバル候補から外れてくれるのは好都合であるためか、女子からは歓迎されるような雰囲気すらあった。
そんな俺達を見て谷村は「菜月に好かれるなんて羨ましいな~」などと白々しいことを言っていたらしいが、ここまで周囲が騒ぎ始めると内心穏やかではなかったらしい。
もう少し時間がかかると思っていたが、谷村は愚かにも早々に動き始めた。
放課後になり、少し時間を潰してから俺は「音楽準備室」へ向かう。
扉を開け中に入ると、そこには一人の女子生徒が待っていた。種村 菜月である。
「種村さん、こんなところに呼び出して、その……、何の用?」
俺は期待を隠し切れず、ドキドキした表情――を作って種村さんに声をかける。
「半崎君……、その、あのね――」
「やあやあ、お待たせ!」
種村さんの台詞に割り込むように、「音楽準備室」の扉が開かれる。
中に入ってきたのは、谷村 茂だ。
「谷村? なんでここに?」
「あれ? 半崎こそどうしてここにいるんだ? 俺は最初から菜月とここで落ち合う予定だったんだけど。……まあ、丁度いいか」
谷村は白々しいセリフを吐きながら種村さんに近づき、肩を抱き寄せる。
「実はさ、みんなには隠してるけど、俺達付き合ってるんだよな」
「っ!? う、嘘だ! そんなハズはない!」
迫真の演技である。
「いや、ホントホント。こうやって素直に抱き寄せられているのが何よりの証拠だろ?」
種村さんは俯いて申し訳なさそうな顔をしている。
「最近なんか菜月と仲良さそうだったから、あれは勘違いしてそうだなぁって思ってたんだよ。まあ、付き合っていることを秘密にしている俺が悪かったんだけどな。でも、このまま勘違いさせておくのも半崎に悪いし、お前にだけは教えておくよ」
谷村はすまなさそうに笑うが、よく見ると口角の上がり方が少し歪だ。
あれは恐らく、嘲笑を堪えているのだろう。実に歪んだ性格をしている。
「嘘だ! 俺はそんなこと、絶対信じないぞ!」
「だから嘘じゃないって。じゃあ、もっとわかりやすい証拠でも見せてやるか……」
そう言って谷村は、種村さんのあごをクイッと傾け、顔を寄せる。
「っ!? イ、イヤ!」
そして、それを拒否するように種村さんが谷村のことを突き放した。
「……え? 菜月?」
間抜けな表情を浮かべる谷村。
これには、流石の俺も笑いを堪えられなかった。
「っく……! このタイミングで拒まれるとか、面白すぎる……!」
自分でも性格が悪いと思うが、正直これは想定外だったので完全に意表を突かれるカタチになったのだ。
物理攻撃でも精神攻撃でも、意識の外からの攻撃というのは非常に効くのである。
「もしかして種村さん、気づいてた?」
「そりゃわかるよ! 半崎君、演技してるってバレバレだったし!」
マジかー、中々に迫真の演技だと思ったんだけどなー
「それにシゲっち――いや、コイツが何を企んでたかくらいは理解してたから私も合わせたんだけど、キスは流石に無理!」
「うわぁ、種村さん一応彼女なんでしょ? キスは無理って酷くない?」
「彼女じゃないよ! 確かにその予定ではあったんだけど……、マジで幻滅したんでもう絶対無理!」
確証はなかったが、やはり種村さんは彼女候補ではあったものの正式な彼女ではなかったらしい。
それにしても、谷村には「ねぇねぇ今どんな気持ち?」と言ってあげたくなるな。言わんけど。
「な、菜月! どういうことだよ! これが終わったらちゃんと付き合うって――」
「そんなの、こっちから願い下げだから!」
そう言い放ってから、種村さんは俺に駆け寄ってくる。
「半崎君、もう気づいていると思うけど、半崎君に近づいたのは谷村に言われたからなの! 本当にごめんなさい!」
「いやいや、全然気にしてないから大丈夫。むしろ、種村さんと仲良くなるチャンスをくれたんだから、谷村には感謝しているくらいだよ」
「半崎君……」
実際、これは本音だったりする。
俺のような陰キャがスクールカースト上位層の美少女と仲良くなれる機会など、普通なら絶対なかったハズだ。
そんな貴重な経験をさせてもらえたという点だけで言えば、谷村には感謝してもいい……、いや、やっぱりしたくないな。
谷村の命令に従った種村さんに対し思うところがないワケではなかったが、そんな気持ちも接待しているうちに消えていった。
恐らくだが、純粋で恋愛経験が乏しいがゆえに、谷村に利用されてしまったのだろう。そう思うことにした。
なんだかんだ種村さんと遊ぶのは楽しかったし、俺は何も損をしていないのだから問題無い。
「……半崎、これはまさか、俺を嵌めたのか?」
「いや、嵌めるというか、そっちが勝手に嵌まったというか……。まあ俺は協力しただけなんで、詳しくは彼女から聞くといいよ」
そう言って俺は、スマホで七々原さんに入ってくるよう合図を送る。
「なっ……、お前はきょ――七々原さん!」
「きょ? きょって何?」
谷村が咄嗟に漏らした「きょ」という言葉を種村さんが拾う。
「ああ、実は七々原さんも谷村の彼女――というか犠牲者の一人でね。谷村のスマホには「巨乳陰キャ」って登録されてるんだ」
「え、何それ……。ドン引きなんですけど……」
奴隷枠に属する女子は、谷村のスマホに名前すら登録されていない。
そのため全員が誰だか完全に特定できてはいないが、恐らく七々原さんと同様にあまり「目立たない女子」が標的にされている。
「なっ!? いや待て菜月! 騙されるな! これは俺を陥れようとする嘘だ!」
「いやいや、七々原さんが現れた時点で詰んでるでしょ。流石にその言い訳は苦しくない?」
「七々原がなんの…………っ!? そうか、もしかして、あのときに……」
谷村は愚かでクズだが、頭は悪くない。
自分がどこでミスをしたのか、すぐに悟ったようだ。
「谷村君のアドレス帳には、私の電話番号が「巨乳陰キャ(仮)」って登録されてました。他にも、奴隷枠ってカテゴリには「ATM」や「ATM2」、それから「尻専用」、「口専用」っていうのも登録されてました……」
「うわ……、最低……」
七々原さんが確認した時点ではまだ完全に彼女扱いではなかったのか、(仮)と付いていたらしい。
現在は(仮)が取れているか、もしくは単純に「巨乳」とだけ登録されているんじゃないかと思われる。
「……成程な。どうやってロックを解除したかはわからないが、スマホの中身を見られたのであれば誤魔化しても無意味か。……で? それを知ったとして、七々原さんはどうしたいワケ? 別れたいなら、俺としては全然構わないけど」
谷村が強気なのには理由がある。
何故ならヤツは、そのために「目立たない女子」を標的にしていたからだ。
学年1モテる谷村は、表向きには誰とも付き合っていないことになっている。
だから、仮に「目立たない女子」が自分は谷村の彼女だと暴露したとしても、非モテの妄想程度にしか思われないのだ。
奴隷枠に属する彼女は、いつでも使い捨てできる消耗品扱いの存在でしかない……、ああクソ、胸糞悪いな!
実際過去にそんな噂が流れたことがあったが、誰にも信じられずにすぐ風化してしまった。
恐らくあのとき噂になった女子も、谷村の奴隷枠――被害者だったのだろう。
さらにヤツは周到なことに、奴隷枠との連絡用スマホと普段使いのスマホを使い分けている。
番号を知っていると主張し、メッセージのやり取りなどを晒されても、言い逃れできる状態を作り上げていた。
唯一、種村さんに事情を聞かれたことは誤算だったんだろうが、同じカースト上層といっても谷村はその中でも最上位に位置する存在だ。
イメージダウンは免れないだろうが、信者的な味方も多いのでなんとかなると思っているのだろう。
表向きの谷村のイメージと裏の本性に差があり過ぎて、最悪信じられない可能性すらある。
そうなると種村さんも敵を作ることになるので、単純に暴露するのは少々リスクが高い。
……とは言っても、所詮は学生レベル。
対策としては穴だらけだし、考え方も甘々だ。
そんなことで、本気で潰しに来ているネット民の攻撃を防げると思ったら大間違いである。
「七々原さん」
「うん」
打ち合わせ通り、七々原さんがスマホを操作する。
一瞬特に何も起こらなかったように思えたが、視界の端でチラチラと光が明滅しているのを捉えた。
どうやらサイレント状態にしていたようだが、薄暗いため着信の光はそれなりに目立つ。
「何を……っ!? しまっ――」
「おっと、流石に手は出させないよ」
俺は慌てて七々原さんに駆け寄ろうとする谷村の足を払い、腕を捻って床に押し付けて制圧する。
配信者にはアンチも多いので、一応護身用の体術くらいは身に付けているのだ。
まさか、それがこんなカタチで役に立つとは思わなかったが。
「カイ君! ありました!」
「よし、じゃあ七々原さんは予定通りデータ回収をお願いね」
「うん!」
七々原さんは、棚の陰にしかけてあったスマホを見つけ出し、それを抱えて「音楽準備室」を出ていった。
この後は安全な場所でデータを回収し、バックアップを取ってから拡散を行う予定だ。
と言っても、別にネットの海に放流するワケではない。拡散はあくまでもクラスメートや関係者にだけに留める。
「……何故、気づいた」
「谷村の裏垢を特定したからだよ」
「っ!?」
不倫や浮気をする場合や、何らかしらの事情がある場合など、恋人の存在を隠すということは別に珍しいことではない。
しかし、それでは承認欲求が満たされることはないため、着実にストレスが溜まっていくものだ。
それを解消するために用いられるのがSNSの裏アカウント――裏垢である。
ある程度の知識と人材協力があれば、個人の裏垢を特定するは決して難しいことじゃない。
裏垢を使用する者は承認欲求のモンスターであることが多いため、個人を特定できる情報を流しやすいからだ。
ネットの海は広いのでバレることはないと思っているのか、心の底ではバレて欲しいと思っているのか……
その心理は理解できないが、とにかく迂闊な人間が多いのは間違いない。
谷村の裏垢には、自分の女性経験や環境が自慢げに書かれており、特定するのは比較的簡単であった。
今日のことも「今日、俺の女に惚れたバカに現実を突きつけようと思っている。メチャクチャ良い絵が撮れそう」、なんてことを呟いていた。
つまりこのバカは、自分で証拠映像を撮影していたのである……
普段理性的だったり冷静な人間も承認欲求が暴走して大炎上することがあるが、まさかその実例を生で見ることになるとは思わなかった。
本当に、承認欲求とは恐ろしいものだ……
「そんな、バカな……」
谷村の腕から力が抜ける。
完全に茫然自失といった状態だ。逃げるなら今のウチがいいだろう。
逆切れして暴れられても抑え込む自信はあるが、種村さんを危険に晒すことは避けたい。
「……種村さん、行こうか」
なるべく速やかに学校をあとにした俺達は、一言も喋らずに最寄り駅へと向かっている。
種村さんもあの場では平常に見えたが、やはりショックだったということだろう。
俺もまた、ハニートラップをしかけられた側とはいえ、結果的に彼女を騙したことには違いないため、少なからず負い目を感じていた。
だから正直気まずくて、自分から声をかける気にもなれない。
「……ねえ」
視界に最寄駅が見えたあたりで、種村さんが俺の袖を引いてきた。
「……何?」
「色々と、聞きたいことがあるんだけど……」
「……まあ、そうだよね。種村さんには全部を聞く権利があると思うし、俺が答えられることは全て話すよ」
聞かれれば基本的にはなんでも答えるつもりだが、流石に他の被害者がどんな扱いを受けていたかまでは教えるつもりはない。
谷村の裏垢を見ればわかってしまうことだが、わざわざ俺の口から語る必要はないだろう。
「じゃあ聞くけど、なんで七々原さんは半崎君のこと、カイ君って呼んでるの?」
「…………え、そこなの?」
◇
あの一件以降、学校は大騒ぎとなった。
谷村の本性を知り怒り狂う者もいれば、ショックを受ける者もいた。
非モテ男子の中には谷村のこと嫌っている者もいたので、ざまぁ! と陰で笑い話にする者もいた。
そして話の中心にある谷村本人はその後学校来ることはなく、しばらくしてから学校を辞めたと担任から連絡があった。
クソ野郎を学校から追い出せたのだからさぞスカッとすると思っていたが、意外にもそんな風には思えない自分がいる。
別に自分の行動に後悔があるワケではない。
ただ……、なんとなく虚無感を覚えていた。
……それに谷村という悪は滅びたが、厄介ごと自体は以前よりも増えてしまっている。
「ねぇカイ君! 今日も一緒に帰るでしょ!?」
「い、いや、今日は用事が……」
あれから種村さんは、前以上に俺に接触してくるようになった。
呼び方まで変わったせいで、今じゃ完全にクラス公認のカップル扱いである。
そんな事実はないというのに、種村さんが否定しないせいで誤解が解ける様子がない。
それでいて、彼女は俺に対し「好き」とか「付き合って」とか告白はしないのだ。
これってなんなん? どういう心境なん? 女心ってわかんねぇ……
「うぅ……、カイ君……」
さらに厄介なのは、七々原さんが俺との関係をあまり隠さなくなったことだ。
相変わらず控えめなので男子からはあまり意識されていないが、女子の目は欺けない。
他の女子的には種村さんが恋愛的安パイになる方がメリットとなるため、七々原さんをけん制する雰囲気が生まれ始めている。
実に由々しき事態であった。
(せっかく相談事を解決したのに、なんでこんなことになるんだ……)
七々原さんは、俺の想像以上に厄介な存在なのかもしれない(トラブルメーカー的な意味で)。
しかし、彼女は俺の大切なファンでもあり、数少ない友人でもあるため、見捨てるという選択肢はなかった。
どうやら、俺のファンサービスはまだまだ続くことになるらしい……
~おしまい~
これにて完結となります。
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