前編
前後編になります。
後編は夜にアップ予定です。
俺の名前は半崎 天空。
俺はこのキラキラネームっぽい名前が心底嫌いだが、今時じゃ珍しいというレベルでもないためそこまで弄られたりはしていない。
名前以外はごく普通の男子高校生を自負している俺だが、最近少し身の危険を感じている。
「おはよ! 半崎君!」
「ああ、おはよう種村さん」
彼女の名前は種村 菜月。
このクラスのカーストトップグループに位置する陽キャの美少女だ。
ギャルというほどの派手さはないが、ナチュラルな黒に近い茶髪と抜群なスタイル、そして明るい性格が相まって遊んでそうなイメージが強い。
スクールカーストで言えば下位に所属する俺とは、本来関わることのないタイプの女子。
そんな彼女が、最近になりよく俺に声をかけてくるようになった。
本当に、唐突に……
これまで全く接点などなかったというのに、いきなり俺に接触してきた真意は何か?
可能性があるとすれば悪趣味な遊びか、美人局やハニートラップなどの詐欺行為が考えられるだろう。
……もしくは、そのどちらもという可能性もある。
被害妄想かと思われるかもしれないが、根拠はあるのだ。
俺はとある情報から、種村さんが既に彼氏持ちだということを突き止めていた。
「シゲっちもおはよ♪」
「おはよう、菜月」
種村さんが俺に対するよりも明るいトーンで挨拶したクラスメート、谷村 茂。
この男こそが、種村さんの現在の彼氏である。
谷村は長身に甘いマスクのサラサラヘアーというわかりやすいイケメンで、種村さん同様カースト最上位に位置するクソ野郎だ。
わざわざクソ野郎と表現したのは、別にイケメンがいけ好かないからというワケではない。
ヤツは純粋に、クソ野郎なのである。
クラス1……いや、学年1モテる谷村は、表向きには誰とも付き合っていないことになっている。
しかし、裏では複数人の女子と付き合っているのだ。
ヤツはそれを巧妙に隠しているため周囲に悟らせてはいないが、付き合っている女子の中には勘づいている者もいる。
恋人というのはパートナーの時間を独占したがるものなので、違和感を完全に消すことは不可能だからだ。
俺もその被害者経由でヤツの本性を知ることとなったのだが、中々のクソムーブに心底嫌悪感を覚えた。
谷村の彼女である種村さんが俺にアプローチをかけてきたのは、まず間違いなく谷村の悪趣味な遊びのためだろう。
大方俺から金銭を引っ張り、ついでにNTR的な惨めな思いをさせ愉悦に浸るのが目的といったところか?
実に悪趣味なやり方である。
……しかし、何故俺に目を付けたのだろうか?
コイツなら恨まれたとしても反撃はできないだろうと判断されたのか、それとも――
「ねぇねぇ半崎君! 昨日の『堤防日記』見た!?」
「ああ、もちろん見たよ。相変わらずソフランちゃんが可愛いかったなぁ……」
「だよねぇ~! 私もお腹こちょこちょしたいよ~」
種村は俺に対し、よくYOH!TURB(ヨゥ! ターブ、略して"ようたぶ")の話題を振ってくる。
話題に上がった『堤防日記』は、"ようたぶ"で毎日更新されている犬猫動画だ。
恐らく陰キャの俺と共通の話題となるのが"ようたぶ"くらいしかなかったのだと思うが、意外にも種村とは視聴動画の趣味が合う。
いつも話題の中心となっている犬猫動画以外にも、「歌ってみた系」や「ゲテモノ料理系」など話題のネタが尽きない。
正直俺も"ようたぶ"の話題が楽しくてまんまと彼女の策略にハマっている感があるが、楽しみつつも絆されないようしっかり線引きはできている。
「ねぇ、半崎君ってやっぱり配信者とかやってたりしない?」
「い、いやいや、だから俺にそんな度胸なんて――」
「でもでも、半崎君って喋ってみると凄くお話上手だし、"ようたぶ"のこともメチャクチャ詳しいじゃん! 絶対配信者向けだし、本当にやってないんならやった方が良いと思う!」
……俺が身の危険を感じている最大の理由がコレだ。
谷村も種村さんも、本当は俺の正体に気付いており、それが理由で標的にされたという可能性――
俺は、どこにでもいる、ごく普通の男子高校生だ。
しかし、実は"ようたぶ"の配信活動を行っているYohturberでもある。
配信中は仮面を被っているため顔出しは行っていないが、主にゲーム実況やお悩み相談コーナーなどをやっており、そこそこ人気がある中堅くらいの配信者だ。
年収で言えば、大体150万~200万円程度だろうか。
トップ層に比べれば1/100以下の稼ぎでしかないが、高校生として見れば十分稼いでいる部類だろう。
つまり、俺はそれなりに金を持っているのである。
あくまでも高校生レベルではあるが、プチ金持ちと言っても過言ではないハズだ。
だからもし、身バレなどしてしまえば……、悲惨なことになる可能性が高い。
ハイエナのようにたかられることは間違いないし、不良にカツアゲされることもあるだろう。
そして、今まさに仕掛けられている可能性があるこの――ハニートラップだ。
仮に谷村と種村さんが俺の正体に気付いたとしたら、一連の行動や言動により説得力が増す。
俺が標的にされたのも、種村さんがやけに"ようたぶ"の話題を振ってくるのも、全ては俺を嵌めるための策略だとしたら?
……いや、考え過ぎか。
流石にここまでくると、少し陰謀論じみてくる。
いくらチャンネル登録者数が2万近くあろうとも、それを知人が見ている可能性というのはかなり低い。
仮にいたとしても、俺に結びつくことはほぼないと言っていいだろう。
……こちらから接触を試みない限りは、だが。
「あ、そうだ半崎君! 今日一緒に昼ご飯食べない!? 私実は――」
「いや、誘ってくれるのは嬉しいけど、今日はやめておくよ。ちょっと、先約があってね……」
◇
東側の階段を下り、しばらく歩いてから西側の階段を上る。
そのまま4階まで上がり、喧騒から遠く離れた位置にある「音楽準備室」の扉を開く。
「あ、半崎君……」
「お待たせ、七々原さん」
彼女の名前は七々原 美繰さん。
谷村の犠牲者の一人であり――、俺の正体を知る数少ないリスナーだ。
「い、いえ、そんな、待ってなんか……」
「それは嘘だね。七々原さんは俺よりも早く教室を出て、真っ直ぐここへ来ているだろ? 俺の計算じゃ5分以上待っているハズだ」
俺と七々原さんは、つい最近になってからだが時折こうやって一緒に昼食を取っている。
別に付き合っているとかではなく、あくまでも情報交換を目的とした定期報告会のようなものだ。
そのため、変に勘繰られないよう俺は敢えて遠回りをして時間をずらし、ココに来る取り決めになっている。
ただ、わざわざ5分もかけ尾行対策を行っているのは俺の都合であるため、七々原さんからすれば無駄に待たされているようなものであった。
「別に、5分くらい全然……」
「とは言っても、昼休みという限られた時間の中での5分だからね。この埋め合わせは、今度の配信のときにでもさせてもらうよ」
「っ! い、いいの?」
「ああ。そのくらいしかできなくて悪いけどね」
「そのくらいって! 私にとっては十分なご褒美だよ!」
「それなら良かった」
俺と七々原さんが「音楽準備室」に集まるようになったのはつい最近のことだが、七々原さんが俺のチャンネルのリスナーになったのは1年以上前のことらしい。
それだけ長いこと視聴してくれるリスナーであれば、ファンと言っても過言ではないだろう。
だからこの集まりには、所謂ファンサービス的側面もあったりする。
そんな七々原さんが、何故俺のチャンネルのリスナーだとわかったか?
それは彼女が、俺のチャンネルで時々行っている、ライブ配信のお悩み相談コーナーに連絡をしてきたからだ。
相談の内容は、「彼氏に何股もされている」というものであった。
もちろん最初は彼女が同じクラスの七々原さんだとは気づいていなかったが、相談内容を聞いているうちに地域が限定され、学校まで一緒だということがわかり、最終的に声と特徴から特定に至ったのである。
そして、彼氏というのが谷村だということもすぐにわかった。
七々原さんを助けるには直接協力した方が良いと判断した俺は、少しずつ情報を開示し、先月の時点で正体を明かした。
意外にも、彼女は俺が正体を明かしてもあまり驚かなかった。
俺は動画を撮影する際ある程度声を作っているが、配信や通話だと地声が漏れることもある。
少しずつ情報を開示していたこともあり、恐らくだがある程度の予測はできていたのかもしれない。
俺は彼女からもたらされた情報から調査を行い、ついにヤツが本物のクソ野郎だという証拠を見つけることに成功する。
そして、あとはどう切り崩していくかという計画を立て始めた矢先に、種村さんによるハニートラップが始まったのであった。
「……それで、七々原さん的にはどう思う?」
「ごめんなさい……。私、クラスの最下層グループだから、上の人達の話はあまり聞けなかったの……」
七々原さんもまた、スクールカーストでは下層グループに所属している。
彼女は髪も染めておらず、化粧っ気もないうえに制服の着こなしも普通であり、さらに口数も少ないため、陰キャ判定をされてもまあ仕方がない印象だ。
しかし、それでも七々原さんは女子なので、実際には俺なんかよりも遥かにマシな扱いを受けていると言えるだろう。
いや、これはあくまでも俺の主観だが、七々原さんは素材だけで言えばスクールカースト上位に十分食い込める魅力があると思っている。
彼女はメイクこそしてないが可愛い顔立ちをしているし、何より隠れ巨乳だ。
知る人ぞ知る逸材……、俺達のようなフツメン以下の存在にとっては希望の象徴であり、悪い言い方をすればフツメン以下でも手が届くかもしれないと思わせる手頃なレベルの美少女なのである。
……そしてそれゆえに、谷村に狙われることとなった。
「七々原さん、前にも言ったけど、君が積極的に動く必要はないよ。いや、むしろ動かない方がいい。直接谷村を探っているんじゃないとはいえ、その情報が谷村の耳に入れば警戒される恐れがある」
「……よ、余計なことして、ごめんなさい」
「いや、俺の方こそちゃんと念をおしておくべきだった。七々原さんは何も悪くないよ。少し言い方がキツクなったのは、七々原さんに危険が及ぶ可能性があると思ったからなんだ。ごめん」
先日俺は、同じ女子だからという理由で種村さんのことを何か知らないかと尋ねたのだが、七々原さんはそれを拡大解釈し自分で調査しようとしてしまった。
正直もう少し慎重に行動して欲しいという気持ちはあるが、俺の役に立とうと思っての行動なので責めることはできない。
それを予測して、動かないよう念を押しておかなかった俺のミスだ。
「わ、私を、心配して……?」
「当たり前だろ? 必ず君を救ってあげるって約束したじゃないか」
「あ、あう……」
俺がそう言うと、顔を真っ赤にした七々原さんは返事になってないような声を漏らして俯いてしまった。
堕ちたな――と言いたいところだが、実のところ七々原さんはとうの昔に堕ちている。
……まあ、これは俺に対する好意という意味ではなく、あくまでもファン目線でという意味でだ。
七々原さんは、ファンの中でも特殊な、所謂ガチ恋勢というヤツなのである。
ガチ恋勢とは、アイドルなどの画面の向こうの相手に対し、ガチで恋をしている勢力のことだ。
ほぼ間違いなく結ばれることのない相手に対し本気の恋愛感情を向けることから、一般人目線だと異常者とも思える存在である。
しかし、実際のところは現実を見ていることが多く、恋愛というよりは崇拝の対象となっていることがほとんどだ。
だから妻(嫁)や恋人は別に存在している人も多く、実態はただの熱狂的なファン――いや、狂信者という方が近いかもしれない。
七々原さんもガチ恋勢だと自分で言ってはいたが、実際は谷村と付き合っているワケだし、リアルとイマジンをしっかり区別できているということだ。
仮面をつけていないただの半崎 天空に、恋愛的な好意を向けることはないだろう。
「しかしそうなると、やはり盗聴器を使うなりして現場を押さえるしかない、か……?」
単純に谷村を潰すだけであれば、既に材料は十分に揃っている。
俺が気にしているのは、種村さんの立ち位置がどこに属しているかだ。
谷村と付き合っている女子は、大まかに三つのカテゴリに分けられている。
一つは本命枠。
これは文字通り、純粋に恋人として本命視されている枠で、現時点で二人いることがわかっている。
二つ目は遊び枠。
これはセフレ枠に近い枠だが、性行為だけが目的ではなく普通にデートしたりもする関係で、この学校の生徒以外も含めて三人いる。
かなり割り切った関係のようで、三人とも別に彼氏が存在しており、谷村も含め全員が遊び感覚で付き合っている。
そして三つめが、奴隷枠だ。
最低の枠だが三つの中では一番人数が多く、確認できた限りでは五人が属していることがわかっている。
……そして、七々原さんはこの枠に含まれていた。
奴隷とは、性的な意味合いもあれば金銭的な意味合いもあり、場合によってはもっと酷い扱いを受けることもあるようだ。
それゆえに入れ替わりも多く、捨てられた人も含めればもっと人数がいたと思われる。
「そ、それなんだけど、もしかしたら種村さんって、まだ谷村君の正式な彼女じゃないのかも……」
「っ! それは、どうして?」
「えっと、実は種村さんの現在の話は聞けなかったんだけど、中学生の頃の話は少し聞けたの」
「……それ、誰から聞いたの?」
「美術部の友達。だから、種村さんや谷村君に伝わるようなことはないから、安心して?」
まあ、七々原さんが認める数少ない友達であれば、恐らく問題は無いだろう。
しかし、中々冷や冷やさせてくれる……
「わかった。七々原さんの友達なら、俺も信用するよ。……それで、具体的にどんな話を聞いたの?」
「実は種村さんって、中学の頃は結構地味な子だったらしいの」
「っ!? 本当に?」
「うん。だから男の子との浮いた噂とかもなくて……、今は遊んでいる風にも見えるけど、実際は多分まだ、処女なんじゃないかって……」
それは中々に重要な情報である。
というのも、俺としては種村さんは遊び枠なんじゃないかと予測していたからだ。
種村さんが谷村の彼女であるという情報を確認できたのはつい最近のことであり、彼女がどの枠に属しているかまでは把握できていない。
しかし、スクールカースト上位である彼女が奴隷枠とは思えず、かと言って本命枠を利用してハニートラップをしかけてくるとは思えないため、必然的に遊び枠である可能性が濃厚だと推察していた。
もし種村さんが本当に処女であるのならば、その推察は全くのハズレということになるだろう。
何故ならば、遊び枠は基本的に性行為ありきの関係だからだ。
遊び枠は必ずしもセフレというワケではないが、だからと言ってプラトニックな関係ということもない。
確認できるだけでも、遊び枠の三人と谷村は確実に何度か性的行為に及んでいる。
それも、俺の感覚からすればかなりアブノーマルなプレイ内容で……
だから少なくとも、経験の少ない女子が楽しめるような内容ではない……と思う。
「そうなってくると、遊び枠という可能性は低くなってくるね……」
「うん、私もそう思ったから、まだカテゴリに含まれていない、恋人未満なんじゃないかなって思ったの……」
ちなみに、各カテゴリ名については俺達が暫定として呼称しているとかではなく、ただ単純に谷村のスマホのアドレス帳にグループ名としてそう記載されていたというだけの話だ。
悪趣味極まりない上に、自ら証拠を残すような愚かな真似ではあるが、ヤツの本性から考えればやらずにはいられなかったのだろう。
谷村は、スマホの待ち受けすら人に見せたことがないというくらい警戒心の強い男なので、絶対に隠し通す自信があったのかもしれない。
しかし、そんな狡猾で警戒心の強い谷村だが、奴隷枠の女子に対しては人を見下すような嗜虐的本性を垣間見せる瞬間があったようだ。
そして、見下しているがゆえに……、警戒を緩めてしまったのだと思われる。
七々原さんと谷村が付き合い始めたのは約一か月前で、告白してきたのは谷村の方からだったそうだ。
そして初デートはなんと、ホテルの屋内プールだったらしい。
七々原さんも初デートでいきなり水着姿を見せることには抵抗があったみたいだが、学年1モテる谷村に誘われて拒否する勇気があるワケもなく、表面上は乗り気で誘いに乗らざるを得なかった。
デートの当日、移動はバスを利用したようだが、その際に七々原さんは信じられないモノを見てしまった。
谷村のスマホの、着信画面である。
警戒心の強い谷村はスマホの画面を見せないように確認しつつ、結局電話には出なかったようだが、偶然画面が窓に反射して七々原の目に映ることとなった。
そこには、「ATM」とだけ表示されていたのだそうだ。
七々原は最初、それを見ても大して不思議には感じなかったようである。
しかし、落ち着いて考えてみると「ATM」から電話がかかってくることなど、普通はあり得ないと気づいた。
勘の良い人間なら、すぐに違和感を感じたかもしれない。
しかし逆にすぐ気づかなかったことが幸いし、谷村に動揺を悟られることはなかったようだ。
そして疑念を抱いた七々原は、プールで忘れ物をしたと貴重品ロッカーに戻り、谷村のスマホを確認したのである。
このとき貴重品ロッカーを共有したのも、七々原を一人で行かせたのも、全て谷村の油断ではあるのだが、今どきスマホにロック設定をしない人間はほぼいないので、ロックを解除して中身を見られるとは思っていなかったのかもしれない。
……実際、普通であればそんな心配はほぼいらないだろう。
しかし残念ながら、七々原さんは普通ではなかった。
彼女は谷村の腕の動きからロック解除のパターンを推測しており、ほとんど時間をかけずにロックを解除することに成功した。
そして……、全てを知ってしまったのである。
「……もし七々原さんの予想通りであれば、まだ間に合う可能性がある、かな」
「間に合うって……?」
「そのままの意味だよ。種村さんがまだ谷村の彼女でないのであれば、ヤツの魔の手から救い出せるかもしれない」
種村さんが遊び枠で、谷村と一緒になって俺を陥れようとしているのであれば、まとめて潰すつもりだった。
しかしその確証がないため、すぐに潰さず様子を見ていたのである。
「さ、流石ラピュータ様――じゃなくて、カイ君です……。でも、具体的にどうするつもりなんですか?」
「そうだね……、とりあえず、まずは全力で接待してみようかな?」