吸血鬼は眠り、真鈴に説教される…
俺と真鈴は、四郎から今後悪鬼退治をする上でかなり重大な事を告げられて黙り込んでしまった。
ヘッドライトを点灯して暗くなった山道をランドクルーザーを走らせながら。
これからの事に不安を感じ始めた。
「…彩斗…さっき四郎が戦っていた時間ってどのくらいだったかしら?」
「うん…3~4分くらいかな…正確に測ったりしていないけど…まぁ、長くても5分位だと思うよ。」
「そうかぁ…それなら私達も四郎が戦える時間を考えに入れて行動しなきゃいけないって事よね。」
「…」
「四郎の負担を減らして悪鬼を退治する方法を考えないと…」
「…真鈴…怖くないの?」
「怖いわよ。怖いから悪鬼にやられないように対策を立てないと…」
「いや、そうじゃないよ。
俺達、勢いに任せて何かとんでもない事に首を突っ込んだんじゃないかと…思ってさ…」
真鈴が黙った。
車内は重苦しい沈黙が漂う中、四郎の寝息が微かに聞こえてくる。
「彩斗…あんた今、最低の事を言おうとしてるよ。」
「…」
「もともと四郎を復活させようとしたのはあんたでしょ?
そして、今でも腹が立つけど私をその生贄にしようとした。
それで、何よ。
四郎に服を買ってご飯食べさせて住むところを提供して…確かにそれはそれで親切で凄い事かも知れないけど、でも、結局あんたが宝くじを当てたお金じゃないのよ、
四郎の身元をどうにかするって言ってたけど自分のお金が足りなくなると四郎の金貨に手を付けたでしょ?
要するにあんたは色々やってる気持ちでいるかも知れないけれどそれは全部、他から転がり込んできたお金に頼ってるだけの事じゃないのよ!」
「…」
「悪鬼退治に、人助けに共感して四郎や私達と悪鬼退治に参加した事はあんたの優しさだろうけど、いざ、苦しい事や怖い事や多少の困難が判ると逃げ出すなんて最低のおこちゃまじゃん!
いい?自分が何をするかって自分が決める事よ!
そして、一度これ!って決めたらちょっとはそっとで逃げ出さない事ね!
多少の困難で逃げ出す奴なんて結局何一つ成し遂げられないで自分に言い訳しながら惨めな人生を送るだけよ!
判ってるの!この、最低野郎!
一度自分自身が持っている物できっちり勝負してみなさいよ!」
そこまで言って真鈴は席に深く座りなおして加熱式たばこを取り出した。
「だけど今はあんた一人じゃないのよ!
あんたを頼りにしてる人がいるのよ!
あんたがビビって逃げ出すとその仲間や、将来悪鬼の餌食になる人も、今現在も悪鬼に苦しめられている人も全部見捨てるっていう事よ!」
「…」
「もういい。
少し走ったら車を止めてよ。
私と四郎は降りる。
私が何とか働いて、四郎も何とか働かせて2人でも悪鬼退治を続けるわよ。」
真鈴が一息ついて窓の外を見た。
痛いところを、とてつもなく痛いところを突かれて俺は今までの人生を振り返った。
確かに俺は安全パイを選びながら生きて来たかも知れない。
困難な物は、初めは楽勝だと思ってもそれが中々上手く行かない事だと知ると、周りの誰かやその時の状況や、挙句の果てに自分の中のもう一人の自分のせいにして逃げてきた人生だったのだ。
情けない言い訳で自分を慰めてきた人生だった。
四郎にも俺の生きがいは?と聞かれたことを思い出した。
生きがい…俺は今日、悪鬼の腹に火掻き棒を突き刺した事を褒められて生きがいを感じた気分になったけれど、生きがいなんてそんな簡単に転がり込んでくる物じゃない。
生きがい、それを手にして自分の物にするには、日々次から次にやってくる困難に立ち向かって育てる物なんだ。
変わらないと、これからも毎日毎日変わって行かないと生きがいは俺の手から去って行くんだ。
生き甲斐は自分の手にしっかり掴んで自分で育てて行くものなんだ。
それが出来て初めて自分の人生を自分が誇れる、生き甲斐とはそう言うものなんだ。
「真鈴…俺は…変われるかな…」
「…」
「俺は今までの情けない人生を変える事が出来るのかな?」
真鈴がじっと俺を見てため息をついた。
「本当に情けないわね!
そんな事も他人が決めないといけないの!
答えはもうあんたの中で出てるんでしょ!
誰かに後押しされて強く言われないと答えが出ないの?
いざと言う時にその誰かのせいに出来るもんね!」
「…うん、確かに真鈴が言う通りだ。
弱音を吐きそうだった逃げ出しそうだった。
…俺は変わるよ。うん、俺は変わる!もう、何があっても絶対に逃げない!
またもしも弱音を吐いたら思い切りぶん殴って説教してくれ。」
「ふん、その時はあんたの惨めな人生を終わらせるよ。
恥じ入りなさい。」
「うん、恥じ入るよ。」
「深く恥じ入りなさい。」
「うん、深く恥じ入る。
弱音を吐いてごめん。
もう、絶対に逃げない。
誓うよ。」
「それなら宜しい。」
「うん、俺は今、処女の乙女に誓った、この誓いは絶対だ。」
「だから処女じゃねえっつってんだよ!
このぼけぇ!」
真鈴が思い切りドライバー席の背もたれを蹴飛ばした。
真鈴が本当に処女かそうでないかはともかく、開けた道に出て直ぐにラーメン屋の看板が見えて来た。
ラーメン屋と言うよりもラーメン以外のものも出す中華料理屋と言う感じだ。
個人営業の典型的な田舎の食堂と言った感じだ。
「ここだな、家系…では無いけど、いいか。」
「そうね、私もお腹空いたからここにしようよ。」
ランドクルーザーを店前の広い駐車場に入れて四郎を起こした。
「ん?ラーメン屋に着いたか?」
「うん、ところで四郎、その格好何とかしようよ。」
四郎がジャケットを脱いだ時、腰の後ろに交差してナイフを納めていた皮のホルダーとその中に納まっている2本のナイフの柄が見えた。
「もう、危ない物を持ち歩かないって言ってたのに…でもそのおかげで命が助かったんだから文句言えないわね。」
真鈴がため息をついた。
「そうだな、初めはブーツにハンティングナイフを入れておこうと思ったが、やはりある程度切れ味がある物でないとな、これはポール様から頂いたダマスカス鋼のナイフで、われが持っている中でも日本刀と並ぶほど良く切れる逸品だ。
あの狼人と戦った時、他のナイフではあの剛毛に遮られて奴を倒すほどの切れ味は無いから、われらはもっと危ない目に遭っていたかも知れないな。」
「でも、四郎って吸血鬼なんでしょ?
武器が無いとああいう奴らと戦うのはきついの?」
四郎は苦笑いを浮かべてジャケットの袖を腰に回して結び、ナイフの柄が外から見えないかチェックした。
「例えば真鈴が熊と、いやいや、かなり大きい犬と素手で戦えと言われたらどうする?」
「そんなの無理に決まってるじゃない。
絶対に殺されるわよ。」
「そうだろうな、人間の体なんて自然界に生きる動物の中ではとてもひ弱い部類に入るのだ。
相手が人間に近い形態の悪鬼ならともかく、今日のように野生の熊か狼並みの奴であればそれも悪鬼だからな、たとえわれが悪鬼でも当然正面から戦うならわれに優れた武器が必要なのだ。」
成る程、と納得する俺達を尻目に四郎は人前に出ても騒ぎにならない見た目になったかチェックした。
幸いにも下に来ていたシャツが濃い目のワインレッドだったので血の跡はそんなに目立たなかった。
肩にジャケットを突き抜けた牙の後が4つ空いているのとシャツの右側の襟が半分ほど引き裂かれているが、まぁこれは仕方ないだろう。
「さぁ、これなら大丈夫だろう。
腹が減ったぞ。」
俺達は店内に入った。
4人掛けのテーブルが6卓程並んだ横に奥にカウンターが5席程、その奥にキッチンがあった。
夕食時なのでトラック運転手や職人らしい男達が食事をしていて半分ほどの席が埋まっていた。
いらっしゃい!と店員が言い、俺達は手前側の席に着いた。
「四郎、家系じゃないと思うけど構わない?」
四郎が典型的な個人料理店と言った感じの内装を物珍し気に見回した。
「うん、われは全然構わないぞ。
それに旨そうな匂いがするじゃないか。」
俺達は店員を呼んで注文をした。
俺は塩ラーメンと餃子、真鈴はエビチャーハン、四郎は味噌チャーシューとエビチャーハンの大盛りと餃子を頼んだ。
「四郎、食べるね~」
「160年ぶりに戦ったからか、すごく腹が空いているんだ。
もしかしたら追加で注文するかも知れないが構わないか?」
「全然構わないよ。」
「ありがとう。」
テレビが付いていて夜のニュースを流していた。
注文の料理が来るまで四郎と俺達は水を飲みながらテレビを見ていた。
時々四郎がテレビを見て顔をしかめた。
「彩斗、真鈴、あの男は何者だ?」
「ああ、あれは…」
最近他国を侵略した国の大統領がテレビに映っていた。
それを説明すると四郎は苦虫を噛み潰したような表情で目を逸らした。
「あれはそんなに偉いのか…よく周りの人間達が気が付かない物だな。
悪鬼にそそのかされているのだろうが元々が質が悪い悪鬼と大差ない考え方の持ち主だな。
ほぼ悪鬼と同化しているぞ。」
「そんなに酷いの?」
「あいつがわれの目の前にいたら問答無用で首を撥ねるぞ。
戦争を起こしているようだがあいつの部下たちの戦い方も卑劣卑怯な事ばかりしていそうだな。」
「なるほど…」
「今の世界はわれがいた頃よりも随分と悪鬼が蔓延っているようだな。」
その後も四郎が日本のある政府の要人の顔を見て顔をしかめているのを目の前にして、俺と真鈴はぞっとした。
そして、四郎を国会議事堂なんかに連れて行ったら血の雨が降るのでは無いかと思った。
しばらく経つと食べ物が運ばれて来た。
テレビを見ながら食べると食欲が失せると言った四郎の為に俺は四郎と席を替わった。
四郎の食べっぷりは物凄かった。
ラーメンやチャーハン、餃子をワシワシと腹に詰め込みながら時々旨そうに眼を閉じて味わい、またワシワシと腹に詰め込んだ。
殆ど四郎の皿が空になりそうな時、四郎がメニューを取り出して覗き込んだ。
「彩斗、エビチリと言うものがあるな、それと…春巻きと言うのか、これを注文しても良いか?ワンタンメンと言う物も食べてみたいのだが。」
四郎が顔を上げて言った時に俺は勢いに押されてうんうんと頷いた。
その後、追加で頼んだ料理を平らげる四郎を俺達はちょっと呆れて見ていた。
食事が終わり、俺達は再び車に乗って夜道をマンションに向けて走った。
「ところで彩斗、あの屋敷は買うつもり?」
「うん、敷地を全部廻って問題無ければ買うつもりだけど、安くすると言われたけどそれでも金額がまぁまぁ高いんだよね。
ひょっとしたらまた四郎の金貨を使わせてもらうかも知れないけど。」
「ああ、それは構わんぞ。
しかし、あの屋敷の持ち主は何者だったのだろうか…」
「え?何か気になる?」
四郎は窓の外の夜景を見ながら言った。
「どうも、あの死霊、特に2階に居ついている少女あの少女は生前の持ち主の庇護下にあったのかも知れん、それに地下室の頑丈極まりない扉、あれなぞは初めからあの狼人が地下室から他の場所に行かないように、つまり、狼人があそこに居つく事を計算して作ったのではないだろうか?とも思えるのだ。
屋敷の屋根裏も普通の屋根裏と違い、かなり快適な環境であったな、人間にも死霊にも。」
「持ち主が死ぬ数年前に改装してから人が地下室に入る用事が無くなっているしね。」
「何かを知っていたとでも?死霊や悪鬼について…」
「まぁ、今は想像するしかないな。」
四郎はエコーシガーを取り出して火を点けた。
細く開けた窓から煙が夜の世界に吸い出されていった。
続く




