おはよう
ぷかぷかと空を漂う。
視界に入るのは、澄み渡った青。
肌を撫ぜる風は心地よくて、今にも眠りに誘われそうだ。
一体、どれくらいそのままでいただろうか。
「もうすぐおやすみの刻かな?」
唐突に声を掛けられた。けれども、不思議と心は穏やかだ。
返答せずに、顔を声の方に向ける。
いつの間にか、すぐ横に人が立っていた。
長いブロンドの髪。
整った顔立ち。
空と同じ色の瞳。
白布に包まれた身体。
中性的な声。
性別はわからない。
一番の特徴は、背中にある6枚の純白の羽。
「どうだったかな?ここは」
微笑みを携えた表情で問われる。
「……そうですね……」
目を瞑って、記憶を掘り起こす。
温かい家族・友達。
時には喧嘩。
やりがいのある仕事。
時には失敗して怒られた。
喜怒哀楽に溢れた日々。
「まぁ、充実してた、かな」
それを聞いて、隣の人は眦を下げた。
「うん。それなら良かったよ。ここの管理をする甲斐があるというものだ」
そういうものか、と夢見心地の中思う。
あぁ。眠いな。瞼が落ちてきた。
「ふふ。そろそろ眠る頃かな?」
「……そう、ですね」
もう、限界みたいだ。
「うん。……君の良き未来を、心から願っている」
そう言った隣の人は、私の身体をそっと抱き締めた。
心地よい温かさにそっと目を瞑った。
「おやすみ」
その一言が発せられた瞬間、私の頭上からパリン、というガラスが割れるような音がした。
少しだけ、と目を開くと、一面の青には、真っ白な羽根と僅かに発光するガラス片が満ちていた。
美しい景色に、ほんの少し口角が上がるのを自覚する。
「おやすみなさい」
そして、私の視界は、真っ白な光に包まれた。
ふ、と意識が浮上する。
ゆっくりと身体を起こすと、そこは見慣れた部屋だった。
木目調でそろえた家具。
ちょっと値は張ったけど、快適なベッド。
趣味の観葉植物。
そんな、いつもと変わらない景色。
締め切ったカーテンからは、陽光が漏れている。
朝か、とベッドから降り立ち、カーテンを両手でそっと開く。
朝日の眩しさに、少し目を眇めながら空を見上げる。
何か、夢を見ていた気がするけれども、どんな内容だったかは思い出せない。
ただ、目の前に広がる空と同じ青だけは覚えている。
なんだか不思議な感情に浸っていると、背後で「ガチャ」という音がした。
「あ、起きてたんだ。朝ごはん出来てるから、降りてきて」
振り返ると、いつものように愛くるしい表情を浮かべたその人。
「早くしないと、ご飯冷めちゃうよ」
そう言って部屋を出ようとするその手首を、小走りで捕まえに行った。
「ん?どうしたの?」
わからない。どうして自分が突然こんなことをしているのか。
でも、ほんの些細な事だけど。いつもの日常だけど。今、何気ない日常のこれだけ、言わせてください。
しっかりとその目をみて、私は声を発した。
「おはよう」
いまいちどれに当てはまるのか分からなくて、純文学にしましたが、果たしてあっているのやら……。
本文はかなり曖昧なものにしましたが、天使の死が現世での誕生という設定です。
現世に生きる主人公が、天界で死ぬ間際の記憶を夢で見たという流れです。
主人公もあえて性別が分からないように書いたつもりですので、読者様の想像におまかせします。
少しでも楽しんでいただけたのであれば幸いです。