勝利
受け取ったトロフィーは思いのほか軽かった。賞状は硬いばかりで、下手に持てば皮膚の柔らかいところを切ってしまいそうだと思うだけだった。
大衆に向き直り、頭を下げる。まるで、勝ってしまって、敗北を味あわせてしいまってごめんなさいと言っているような気分になった。
チームメイトの顔はあんなにも晴れやかなのに、その周りのたくさんの顔が目が鼻が口が自分たちを責め立てているようで、どうしても嬉しそうな顔ができなかった。
「嬉しくないの?」
蓮が顔を覗き込んでくる。監督の話しはとっくに終わっていて、あとはコートで集合写真を撮ったり簡単な取材を受けたり、片付けなどの撤収作業は一年やマネージャーに任せきりになってしまうが、皆それぞれ忙しく動く必要がある。そんな中でキャプテンの自分がボーっとしていれば確かに気になるだろう。
何より蓮はチームの司令塔で、最後の勝敗を決める試合では特に俺に点を稼がせた。二人で一緒に、いちばんチームに貢献したと言ってしまっても過言ではない。だからこそ、俺がただ黙って突っ立っているのが不思議に映ったのだろう。
「……嬉しいよ」
「なんでそんなに小声なの?」
「……周りがまだ撤収してない」
「撤収してなきゃ喜んじゃいけないの?」
蓮は疑問に思ったことがあるとこうして質問を繰り変える癖がある。決して、相手を問い詰めるのが好きとか言い負かしたいとかそんな意図は彼にはない。だからいつも、俺は投げかけられる質問には一つ一つ言葉を返していくようにしているが、今回ばかりは放っておいて欲しいと思ってしまった。
「……お前は周りの目が気にならないのかよ」
その言葉は、どこか責めるように聞こえただろう。蓮はぽかんとして、二度ほど目を瞬かせると少し考えるように首を捻った。
「僕らは勝ったんだ。確かに、僕らの力で。なんで周りを気にする必要があるの? 誰かが勝てば誰かは負けるよ。それが、勝ったのが僕らだったってだけで、僕らだってあっち側になる可能性はいくらでもあった」
蓮が俺の横に立つ。上手く力の入らない手からトロフィーを掠め取って、しげしげと眺める。
「詩真はバレーが好きだよね。勝敗とかじゃなくて、ボールを落とさず繋ぐことが好きなんだ」
噛み締めるように紡がれた言葉に、ゆっくりと頷く。どうでもいい、とまでは言わないが、俺はあまり勝ち負けに固執してこなかった。チームの強さが勝敗数で決まるとは思わなかった。むしろ、まだ勝てない相手がいるということが、まだ自分たちは強くなれるのだという希望に繋がっていた。
「目指すものがなくなった喪失感と、特別望んでいなかった『勝利』を無理やり押し付けられたような、それでいて周りが嫉妬のような目を向けてくることへの恐怖、とか」
蓮の静かな言葉に、もう一度頷いた。
こんな気持ちになるのなら、勝ちたくなかった。俺達は強かった。誰の手も届かない場所へ到達することができるほどに強かった。それは嬉しいことなはずなのに、どうして後ろ指をさされるような、そんな気持ちにならなくてはいけないんだ。
こんな軽い、形だけの勝利なんて、要らなかったのに。