6話
オーウェンが去ったあと、あかりはふーっと息を吐き出し、再びベッドに横になった。
今日は信じられない事ばかり起こった。
会社で課長に怒られていたのがずっと昔のことのようだった。上司に度々叱責され、あんなに辛い毎日だったのにこの世界にこのままいるよりはマシに思えた。
本当は人違いではないだろうか。
例えば同じフロアで頭の切れる営業部のトップ山下さんとか、元柔道部、国体出場経験のある大柄な坂田さんとか…
あのいい加減なおっさん魔術師ペテロが何か呪文を間違えて、たまたまその場にいた私が召喚されてしまったのではないか。
自分には救世主として魔物を倒し、国を救うなんて無理だ。できっこない。
(お願いです。寝て起きたらすべてが夢でありますように…)
そう祈りながらあかりは眠りについた。
◇
早朝、日が昇るとペテロはオーウェンと共に城の外周を確認するように歩いていた。
ペテロは思案する。
聖女の張った城を護る結界は完璧だったはずだ。いくらあの魔族、フェレクトが強くてもそう易々破られるものではない。
半分ほど歩いたところで、聖女の結界が一部破られているのを見つけた。
「これは…」
「ペテロ殿何か見つかりましたか?」
オーウェンが尋ねる。
「結界に穴が開けられていました」
ペテロは破られた箇所を補強するように、魔法で結界を張った。
これでは完璧ではない、聖女の魔力が回復したら改めて結界を張り直していただこう。
ペテロはまだ何か考えている様子でいる。
「何か気になることが?」
「可能性の話ですが…護りの結界は外からの攻撃には強いのですが、内からの攻撃には案外脆くできています」
「城の中から結界を破ったものがいるかもしれぬと?」
「あくまでも可能性の話ですが…」
城の中に魔族の侵入を手引きしたものがいるかもしれない。アルバート王子に報告しようとオーウェンは急ぎ来た道を戻った。
◇
「まだお休み中です。お待ちください!」
「まだ寝てるのか?いいご身分だな!」
部屋の外で声がしてあかりは飛び起きる。
バタンと部屋の扉が開き、見張りの騎士の制止も聞かず、緑の髪の少年が中に入ってきた。
昨日あかりに激怒し首を絞めたアーミオン本人だった。
「ひっ」
(怖い!今度こそ殺される…)
「おっオーウェンさん!オーウェンさん!」
あかりは咄嗟にオーウェンの名前を呼んだ。
「あかり様!どうされました?」
すぐにオーウェンが駆けつけ、部屋の中にいるアーミオンを見る。
「アーミオン!お前、まだあかり様のことを?」
オーウェンが睨み付ける。
「ちっ違う。許してはないが…師匠が決めたことだ。師匠はこいつを頼むと俺に言ったんだ!だから鍛えてやる!」
そう言ってまだベッドの端に座っていたあかりの手首を掴み、連れだそうとする。
「アーミオン、落ち着け!あかり様はまだ起きたばかりだ。とにかく食事をして、話はそれからだ!」
「チッ…それにしても細い腕だな!女みたいだぞ。せいぜいたくさん食べて肉をつけな!」
アーミオンはあかりの手首を乱暴に離すと、部屋から出ていった。
「あかり様申し訳ありません。悪いやつではないのですが思い込むと少々突っ走るところが―」
ぐぅー
その時大きな音をたててあかりのお腹が鳴った。
あかりは慌ててお腹を押さえる。
恥ずかしい。
「失礼しました、今食事をもってこさせます」
オーウェンはふっと笑って部屋を出ていった。
一瞬だったが笑い顔を初めて見た。イケメンは笑い顔もかっこいい…
あかりは出された食事をペロリと平らげ、(そういえば昨日のお昼から何も食べてなかった)、用意された服に着替えた。小さめの男物の服のようだった。
(まあ、スカートなんか滅多に履かないしこっちの方が動きやすいか…)
食事を終えると今度はペテロが部屋まで呼びに来て、城の中庭に連れていかれた。
芝生が敷かれた広い運動場のようだ。反対側の方では騎士団の人たちだろうか、何か訓練をしているようで「えいっ」とか「やー」とか掛け声が聞こえる。
そして、あかりの目の前にアーミオンが腕組みして待ち構えていた。
嫌な予感しかしない。