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5話

「ゴホッ」

 口から血を吐き出し、魔術師ノーサイトは床に倒れこんだ。

 度重なる戦いで老いた体は限界まで酷使されていた。

「師匠!」

 側にいた弟子のアーミオンがノーサイトを抱きかかえる。


 もう長くない…

 ノーサイトは己の死期が間近に迫っていることを感じた。


「誰か、回復魔法を!聖女さ…

 助けを呼ぶアーミオンをノーサイトは手で制止する。

「無駄だ。私はもう長くない…アーミオン、私の一番弟子よ、今から私がすることをどうか許してくれ…」

「何を?」


「救世主こちらへ来てくれぬか?」

 あかりは自分が呼ばれたことに驚きつつ、ノーサイトの元へ近づいた。先ほどの戦いの衝撃で大広間には装飾品など様々なものが散らばっていた。

 それを踏まないよう気をつけながらノーサイトの前にたどり着く。


「名はなんと言う?」

「あかりです」

 ノーサイトがじっとあかりを見つめる。

 深く濃い緑の瞳に何もかも見透かされてしまいそうだった。


「あかり…魔力の無いおぬしが救世主に選ばれたのは何か意味があるのやも知れぬが…あって困ることはなかろう…」

 ノーサイトはそう言うと自分の胸へ手をかざす。


 するとノーサイトの胸のあたりから赤みを帯びて光る玉がスーッと出てきた。ノーサイトはその光の玉を片手でそっとあかりの胸へ押し込んだ。

 光の玉がスルスルとあかりの胸へ入っていく。

 あかりは何か暖かいものがじわりと自分の胸の内側へ入り込むのを感じた。そしてその熱は全身に伝わっていく。


「っ師匠!なぜですかっ!?約束が…約束が違います!」

 アーミオンが辛い顔で必死に訴える。


「すまない、アーミオン。これが最善だと思ったのだ、許してくれ」

 ノーサイトが苦しそうに続ける。

「あかり…今私の力と残された魔力をおぬしに与えた。これからのおぬしの助けになることを祈っている…」


 あかりは次第に血の気が引いていくノーサイトをただ見ていることしかできない。


「アーミオン。救世主を、あかりを助けてやってくれ。私の一番弟子、お前は…もう…十分強い…」

 そこまで話し終えるとノーサイトはフッと息を吐き、目を閉じた。


「師匠ーっ!!まだです!まだ自分は…」

 アーミオンは涙を流し絶叫した。

 しかしノーサイトはもう動くことはない。


「ノーサイト」

「ノーサイト様」

 大広間のそこかしこから悲痛な声があがる。


 人が目の前で亡くなるのを初めて目の当たりにして、あかりは震えが止まらなかった。



「なぜ?なぜ、お前がっ!」

 突然あかりはアーミオンに胸ぐらを掴まれ、壁に押さえつけられた。

「ッッッ」

 強く首もとを押さえつけられ声もあげられない。

 ひどく苦しい。


「本来なら最期のとき、師匠の力を与えられ、受け継ぐのは一番弟子の俺のはずだった!!それなのにお前が!お前が弱いせいでっ」


 アーミオンは涙を流しながらあかりを睨み付け、さらに手に力を入れる。

「ガッ」

 苦しい。息ができない。

 あかりは自分の首を押さえつけているアーミオンの手を外そうと力の限りその腕に爪を食い込ませるがびくともしない。


「俺がどれだけ血の滲むような努力をしてきたのか知らないだろう!」


(苦しい。誰か助けて。)

 目の前が霞み、意識が薄れてくる。


「そこまでだ!アーミオン、あかり様から手を離せ!!」

 いつの間にかオーウェンが剣先をアーミオンの首もとに突きつけている。

 アーミオンはやっとあかりを押さえつけている手を離した。


「ゲホッゴホゴホッ」

 あかりはその場に崩れ落ちた。

 自分がなんでこんな目に合わなければいけないのか…

 涙が頬を伝った。喉が潰れたのか、声が出てこない。


 緑の髪の少年はそんなあかりをまた睨み付けた。

「泣くな!男のくせに何の力もない、みっともない。なんと弱々しい奴だ!」

 吐き捨てるように言う。

「ぉ…ん…ゴホゴホッ」

 女だと言いたかったが声が出てこなかった。


 喉の辺りがひどく痛く、上手く呼吸ができないまま、あかりは意識を失った。


 ◇


 あかりが意識を取り戻すとそこは寝室で、ベッドに寝かされていた。


「あかり様気がつかれましたか!」

 オーウェンが近くに座っていた。


「私?あれっ声が…」

「魔術師の回復魔法で治療しました」

 あかりは自分の喉のあたりを触った。包帯が巻かれている。違和感はあるものの、先ほどまでの激しい喉の痛みがほとんど消えていた。


「先ほどの…アーミオンの無礼な行いどうかお許しください」

 オーウェンはその場に立ち上がって深く頭を下げる。


「いえっ…あの…そういえばさっきアーミオン?緑の髪の男の子が言ってた事ってどういうことですか?力を受け継ぐって…」

 涙を流して、恐ろしい顔であかりを睨み付けていた。

 殺されるかと思った。


「ノーサイト様ほどの特別な力を持つ魔術師は死期が迫ると自分の選んだ者、ほとんどが一番弟子ですが、自身の魔法の力を受け継がせることができると言います。アーミオンは自分がその力の伝承に相応しい魔術師になろうと日々厳しい鍛練をこなしていました」


「その力を私が貰ってしまった?」


 アーミオンは怒っていたが同時にとても辛そうだった。あかりだってもし逆の立場だったら許せないかもしれない。


「…あかり様が気に病むことはありません。ノーサイト様が決めたことです。」

 暗い顔でうつむくあかりの頭にオーウェンは手をぽんと置いた。

 あかりはぎょっとして固まる。


「まだ夜中です。あかり様、朝までもう少しお休みになってください。よかったら着替えもこちらに用意してあります。念のため扉の前に騎士を配置していますので何かありましたら声をかけてください」

 そう言うとオーウェンは部屋を後にした。


 イケメンに頭をぽんぽんされてしまった。

 あかりは思考が停止し、赤面したまましばらく固まっていた。

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