4話
「アルバート殿下っ!」
突然のことでオーウェンさえ身動きが取れなかった。
気づいた時にはアルバート王子が空中で何者かに捕らわれていた。
「何者だ!」
オーウェンが叫ぶ。
「魔族か?聖女様が城中に守りの結界をはっていたはずだが…」
ペテロは狼狽えていた。
「魔王様の配下、フェレクトだ」
冷たい声がした。
肩まで伸ばした金髪に赤色の目をした少年がにやりと笑う。ゾッとする笑いかただ。
「フェレクトだと?先の戦いで魔術師ノーサイトに破れたのではなかったのか」
宰相代理モーリックが言う。
「ノーサイト!あの老いぼれじじいに殺られるほど弱くはないわ!!」
フェレクトと名乗る少年は、ノーサイトの名前を聞くや、急に怒りの表情を浮かべた。
≪光よ≫
聖女エミリーが空中に向かって唱えると眩しいくらいの光が辺りを包んだ。
「邪魔な!」
しかしフェレクトがさっと右手を振り払うと、すぐに光は消えてしまう。
「聖女よ、お前の光など目眩ましにもならぬわっ」
フェレクトが右手をエミリーに向け、何かを唱えた。
バシッ
咄嗟にエミリーの前に出たオーウェンが吹き飛ぶ。
「何が目的だ!」
宰相代理が叫ぶ。
「おおっと、忘れるところだった。あんたら救世主の召喚に成功したらしいな。救世主はどこだ?」
その言葉にあかりは思わず体がビクッとなった。
フェレクトがちらりとあかりを見たが、すぐに視線を戻す。
(助かった…)
やはり誰が見てもあかりのことを救世主だと思うものはいないらしい。
「隠しだてするなら、この場で王子を殺すぞ!」
フェレクトは左腕に力を入れアルバート王子の首を絞めた。
「ぐっ」
王子が苦しそうにもがく。
「やっやめろ!救世主はここだ!お前の目の前だ!」
ペテロだ。
ペテロがまたあかりをぐいぐい前へ押し出す。
(このおやじ…)
ペテロがあかりの耳元でささやく。
「あかり様また怒りのパワーで撃退ください」
(無理だ)
無理に決まってる。ほんの数時間前に召喚されたばかりのぽっと出の救世主に何ができるというのだ。
「ペテロさんこそ魔法でなんとかしたらどうなんですか?」
「ワシには無理だ」
ペテロとあかりが押し問答していると、
「こいつが救世主だと…」
フェレクトの赤目がギロリとあかりを睨む。
怖い。
「ギャーハッハッハ、ハッハッハ―
突然フェレクトが笑いだした。不快な笑い声だ。
空中で身をよじって笑っている。
「これが…こっこんなちんちくりんの小僧が救世主?冗談も休み休み言え!」
「アーハッハッハ――
大広間にフェレクトの笑い声のみが響き渡った。
しばらくするとフェレクトは真顔に戻りペテロを見た。
「本物なのか?」
「本物です!」
ペテロの言葉を聞き、フェレクトは思案する。
確かに身代わりにするならもう少し救世主らしい体格の男を用意するだろう…
フェレクトが再度あかりをじっと見る。
「ふん…バカらしい。我々魔族はこんな奴を恐れていたというのか!魔力の欠片も感じられない……魔王様の手を煩わせずとも今ここで始末できそうだぞ」
ゾッとする笑みを浮かべフェレクトはおもむろにあかりの方へ右手を向けた。
(えっ私殺される?)
バタンッ
突然、大広間の扉が勢いよく開いたかと思うと、そこから炎を纏った鳥のようなものが一直線にフェレクトに襲いかかった。
間一髪フェレクトは避ける。
「くっこの魔法は!」
開け放たれた扉に目をやると、長い白髪に髭を生やした老人が緑色の髪の少年に支えられ立っていた。
「フェレクト生きていたのか」
老人が話す。
「それはこっちのセリフだ!ノーサイト、この死に損ないのじじいが!!」
フェレクトの毛は逆立ち、その凄まじい憎悪からか近くにある広間の装飾品がカタカタと音をたてて震えはじめた。
「今、息の根を止めてやる!」
ゴロゴロゴロッ
大きな音をたてて、フェレクトの右手から黒い雷のようなものがノーサイトにむけて放たれる。
少し離れたあかりの頬にもビリビリとした感覚が伝わってきて、立っているのもやっとだった。
ノーサイトは放たれた黒い雷を両手で受け止め、いなした。
その衝撃で強い風が巻き起こり、あたりに大広間の家具や装飾品など色々なものが飛び散った。
あかりの体にも細かな何かがぶつかってきて痛い。
「聖女!」
ノーサイトがエミリーを呼んだ。
エミリーはハッとして、即座に理解した。
渾身の力を込めて唱える。
≪光よー!!≫
先ほどとは比べものにならないくらい強く眩い光が出現し、フェレクトの目を潰す。
「くっ」
ノーサイトはその隙を逃さなかった。
燃え盛る炎の矢を魔法でつくり一瞬にしてフェレクトめがけて射る。
「ぐあっ」
炎の矢がフェレクトの体を貫いた。
「くそぉっ」
フェレクトの体に火が燃え移り、消えていった。
フェレクトの消失とともに落下したアルバート王子をペテロの魔法が受け止める。
魔力を大きく消耗したエミリーはその場に崩れ落ち、オーウェンが慌てて駆け寄る。
「エミリー様!」
「大丈夫。私より…」
ガタンッ
音がした方を見るとノーサイトが床に倒れていた。