29話 暴走
「あかりっ!!」
白髪の魔族の攻撃からエミリーを庇い、代わりにあかりが捕まってしまった。
魔族がその力でだした植物の蔓のようなものがぐるぐると何重にもあかりの体に巻きつき締めつけてくる。
(苦しい…)
「あかり、今助けるからね!」
エミリーが素手で蔓を引き剥がそうとするがびくともしない。蔓は見た目に反してとても強固にできていた。
護衛のヒューゴがゴブリンをふき飛ばしあかりを助けようと近づく。
「全員、動くな!」
上空から魔族の冷たい声が響き渡った。
「誰かひとりでも動けばそこにいる救世主の首もとを一気に締める。一瞬でくたばるだろう…」
あかりをぐるぐる巻きにした蔓が首もとまで巻きつき今にも首を絞めようとする。
これ以上足手まといになりたくない――
そう思っていたのに結局自分が捕まり、守ってくれた人たちを窮地に陥らせてしまっている。
「全員武器を捨てろ!」
魔族が叫んだ。
「………皆、武器を捨てろ」
オーウェンはそう言うと自身の持っていた剣を地面に落とした。
「だ、だめです!オーウェンさん、武器を拾ってください!わ、私のことは構わず!!」
あかりが叫ぶ。
体がぶるぶると震え、足に力が入らない。
本当は助けてほしい…死ぬなんて怖くて恐ろしいことまっぴらごめんだ。
でも自分のせいでお世話になった人が傷つくのなんてもう二度と見たくない。
「黙れ救世主!」
魔族があかりに向かって手をかざす。
「ぐっっ」
首に巻きついていた蔓がその力を強めた。さらに呼吸が苦しくなり、意識が飛びそうになる。
「くそ…」
ガチャン ガチャン
騎士たちが次々と武器から手を離し、地面に落としていく。
「だ、だめ…」
「それでいい…ハハハハ」
白髪の魔族が愉快そうに笑った。
「…それにしても可哀想な奴等だな。同情するぜ。こんな弱っちい救世主を守るために命を落とさなければならないなんて」
ギリッ
アーミオンが悔しそうに手を強く握りしめた。
「そこの魔術師、悔しいか?そうだよな。ほら攻撃してもいいぞ!この足手まといの救世主がどうなってもいいならな!」
ハハハハ
アーミオンを見おろして魔族が甲高い声で笑った。
(足手まとい…)
ドクン ドクン
あかりの心臓が強く脈打った。
辛い…
苦しい…
涙が自然と流れ落ちる。
(こんなとき本物の救世主だったら、この窮地からみんなを救い出すことができるのかな…自分にはそんな力がないのかな…)
「くそ…お前覚えていろよ!」
ギロリとアーミオンが魔族を睨む。
「ふん…覚えておく必要はなかろう。もうすぐお前は死ぬんだからな」
上空に浮かんでいた魔族がスーっとアーミオンの目の前に降りてきた。アーミオンの顔を見つめる。
「チッ、気に入らない目だ。まずはお前から息の根を止めてやる。ゴブリンども!」
魔族がそう言うとゴブリンがぞろぞろと武器を構えてアーミオンに近づいてきた。
「っっだめ!アーミオン、逃げて!!」
あかりがやっとの思いで声を出すが、アーミオンは全く動こうとしない。
ゴブリンの持つ鋭い剣の、斧の刃がアーミオンに襲いかかる。
(嫌だ!アーミオン!!)
苦しい…
体中が物凄く熱い…
目の前が急に真っ赤になった。
これは…血?誰の?
「…め…て、やめて、やめろぉぉーーーー!!!」
空気が揺れるようなあかりの大きな叫び声があたりに響き渡った。
キーン
「っっっ」
アーミオンは一瞬、自分の耳に鋭い痛みを感じた。
目の前では襲いかかってきたゴブリンたちが動きを止めて、震えている。中にはその場に倒れ失神しているものもいた。
「な、なんだこれは…」
白髪の魔族も耳を押さえている。体が痺れてうまく力が入らない。
ハア ハア ハア
(体が燃えるように熱い…)
ハア ハア ハア
(苦しい…息が…うまく…吸え…ない)
ボウッ
突然、あかりの体から真っ赤な炎が物凄い勢いで噴きだした。
炎はあかりを拘束していた蔓を焼ききり、周りにいたゴブリンを一瞬で焼失させた。
エミリーがとっさに全体に護りの結界を張らなければ、近くにいた騎士たち、エミリー自身もあっという間に広がる炎に飲みこまれていたかもしれない。
あかりから噴きだした炎はどんどん勢いをまし、さらに魔物に襲いかかる。近くにいたものは炎に次々と包まれ、遠くにいたものは逃げていく。
次第にメラメラと燃え盛る炎が形をなし、火の化身フェニックスへと姿をかえた。
「ギャーー」
フェニックスが逃げようとした白髪の魔族を物凄い速さで襲い、飲みこんだ。
フェニックスはそのまま勢いをとめず、狂ったようにくるくると上空を旋回している。フェニックスから落ちた火の粉が周りの牧草や木々に燃え移る。
「あかり!!もう大丈夫だよ!炎を抑えて!」
エミリーが叫ぶがあかりには声が届いていないようだった。
あたり一帯が真っ赤に、ごうごうと燃え盛る炎に包まれていく。
「魔力が、暴走している…」
上空で火の粉を撒き散らし、旋回するフェニックスを見上げアーミオンが険しい顔で呟いた。