19話 イブランクの過去
狼に似た恐ろしい魔獣に襲われ体勢を崩し、あかりはイブランクと共に急な斜面を転がり落ちていた。
ゴロゴロゴロ バサバサ ドタン
斜面の下に生えていた木のおかげで地面への落下の衝撃が少しやわらいだ。
あかりはパッと身を起こす。落ちてる間イブランクがあかりを守るように抱きしめてくれていたため擦り傷程度ですんだ。
「イブランクさん?」
隣にいるイブランクは気を失っていた。
周辺を確認する。
「ひっ」
少し離れたところに一緒に斜面を転がり落ちてきた魔獣がいた。
(襲われる!)
今度はあかりがイブランクを守るように覆い被さる。
「………?」
何も起きない。
もう一度魔獣の方を見るとぴくりとも動いていなかった。魔獣はイブランクの剣が背中に突き刺さったまま絶命していた。
あかりは落ちてきた斜面の上の方を見上げる。暗くてしっかりは見えないがどうやら一つ目の魔物はあかりたちを追いかけて来てはないようだった。
しかしこの場所ではすぐ魔物に見つかってしまうかもしれない。
あかりは斜面が窪んでいて身を隠せそうな場所までイブランクを引きずっていった。
落ち着いてイブランクを見ると傷だらけだった。
(私がエミリーみたいに回復魔法が使えたら今すぐイブランクさんを治癒できるのに…)
◇
イブランクは夢を見ていた。
故郷にある白い花がたくさん咲いている丘にイブランクは立っていた。いい天気で心地よい風が吹いていた。
「兄上」
弟のケイリーが母と連れだってイブランクの方に歩いてくる。
その姿を見てイブランクが微笑む。
ガシッ
急にケイリーがイブランクの腕を強い力でつかんだ。
「ケイリー?」
腕を掴んだまま兄を見上げるケイリーの顔は青ざめている。
「どうして助けてくれなかったの?僕も母上もとても苦しかったよ」
青ざめた弟の額から血が滴り落ちている。いつの間にか周りに咲いていた白い花も赤く染まっていた。
「ケイリー!」
イブランクは飛び起きた。
ドッドッド
鼓動が早い。
「イブランクさん?」
一瞬、のぞきこむあかりの姿がケイリーの姿と重なる。
イブランクがバッとあかりの腕を掴んだ。
「わっ、イブランクさん大丈夫ですか?」
急に腕を掴まれ驚いたあかりが言う。
イブランクはあかりをじっと見つめ、手を離した。
「すみません………ここは?魔物は?」
イブランクがハッとして尋ねる。
「急斜面から落ちてきて、近くにこの窪みがあったのでとりあえず身を隠せそうと思って…一緒に落ちてきた魔獣は死んでいました。目が一つの魔物はわかりません」
「あかり様お怪我はありませんでしたか?どうしてあのような無茶をされたんですか?」
少し険しい顔をしてイブランクが言った。
「ご、ごめんなさい。怪我は大丈夫です。魔物を追いかけていくイブランクさんが気になって、心配で…。私なんか助けにならないってわかってるんですけど、何かできないかと思って…」
イブランクは怒っているのだろうか。顔を見ることができず、下を向いたままあかりは話した。
イブランクはフーっと大きく息を吐き出した。
「先ほどは…あかり様に助けられました。ありがとうございました。でも二度と危険な真似はしないでください」
「…イブランクさんだってこんなに怪我して無茶苦茶です!どうして?あの魔物ですか?ケイリーって弟さんですか?」
あかりは我慢できず胸のうちにあった疑問を言葉にする。問いただすような口調になってしまった。
しばらく無言であかりを見つめていたイブランクが口を開く。
「……仇を討ちたかったのです。2年前、私の故郷はあの魔物に襲われました。母と弟はあの魔物の襲撃で倒壊した建物の下敷きとなり、命を落としました」
イブランクが話を続ける。
「私の故郷、コーンスヒル領はここからさらに北東に進んだところにあります。自然が豊かで、穏和な人が多く平和な領地でした。
年の離れた弟ケイリーは幼い頃、いつも私の後を覚束ない足取りでついてきては笑顔で私の名前を呼んでくれました。
いつしか私は大切な家族、故郷を守れる人物になりたいと考えるようになり、騎士になることを決意しました。
騎士見習いになるため故郷を離れる日、弟が泣きながら見送ってくれたのを今でも覚えています。大切な人を守れるくらい強くなって帰ってくる。そう思っていました。
…最後に弟に会ったのは3年前です。しばらく会えないうちにだいぶ大きくなっていて『僕も兄上みたいな騎士になる』と言ってくれました。
私は『もう少ししたらな。それまではここでお前が母上を守ってくれ』と伝えました。
それが最後です。
故郷が魔物の襲撃を受けたと聞いたとき、私は城にいました。急いで駆けつけましたが、遅すぎた。
あんなに美しかった故郷の街並みが見るも無惨な姿になっていました。私の家族が住んでいた建物も面影がないほど壊されていました。
弟は母親の体に覆い被さるようにして亡くなっていたそうです。母を守るように言った私との約束を最後まで果たそうとしたのでしょう。
それなのに自分は一番肝心な時に家族の側にいてやれなかった。大切な人を、故郷を守りたくて騎士になったのに、なにより大切なものを守れなかった」
イブランクがうつむき、手のひらで顔を覆った。
「仇が討てれば、死んでもいいと思っていました。家族が殺されたあの時から私の家族を奪ったあの魔物を倒すこと、それだけを支えに生きてきました。それが果たせればこの命など惜しくない…」
「で、でも例え仇が討ててもイブランクさんが死んでしまったら亡くなったお母さまも弟さんも悲しむと思います。そんなこと望んでないと…」
「あなたに何がわかるんだ!」
イブランクが大きな声で言う。
「…ごめんなさい」
あかりは小さな声で謝った。
今度こそ怒らせてしまった。
前回の魔物討伐でイブランクは命懸けであかりを守ってくれた。だから今度はあかりが何でもいいからイブランクに恩返しがしたかった。
(でも自分には人を助けられるような力が全くない…)
気まずい沈黙が流れた。
ドスン ドスン ドスン
突然、大きな足音が近づいてきた。




