15話
「帰りたくない」
城下町で男達に追われているところを助けた角のある男の子がぽつりと言った。
オーウェンはこの子のことを『人と魔族の混血だ』と言っていた。
男の子と手を繋いで歩いていたエミリーが尋ねる。
「どうして帰りたくないの?」
「……僕普通じゃないから、みんなから嫌われてるんだ。こんな変な角があるから…」
男の子の目にはまた涙が浮かんでいた。
「…君、名前は何て言うの?」
エミリーが聞く。
「カイ」
「カイ。普通の人なんていないよ。みんなそれぞれ個性を持ってる。そこのお兄ちゃんの赤い髪とカイの角は同じ。持って生まれた個性だよ。なんにも変じゃない」
「でも…」
カイがうつむく。
「…なんて良いこと言おうとするもんじゃないね…実は私も孤児院と同じようなとこで育ったんだ。この髪とか容姿とか気に入らないっていじめられたこともあった」
「辛くなかった?」
カイがパッとエミリーの方を向いて聞く。
「辛かった。でも下を向いてるのが嫌で、うるせーこの野郎って殴りかかったかな…ははは」
「エミリー様それは…」
オーウェンが苦笑いする。
「僕も強くなりたい!…お兄ちゃん僕に剣教えてくれる?」
カイがオーウェンにお願いする。
「…剣はまだ早いかな。代わりに小さい体でも身を守れる護身術を教えよう」
オーウェンが答える。
「やった!」
カイはやっと笑顔を見せた。
◇
「帰られたのですね。おかえりなさい」
イブランクがにっこり笑って出迎えてくれた。
「は、はい。ただいま帰りました」
あかりはドキドキしながら答える。
(イケメンのおかえりなさいの破壊力…)
城に帰ると、オーウェンはアルバート王子に報告をしに、エミリーは角のある少年カイを誘って庭に遊びに行った。
「城下町はいかがでした?」
イブランクが聞く。
「エミリーのおすすめのお店でご飯を食べて、楽しかったです」
「それはよかったです」
「…あの、イブランクさん。人と魔族の混血の人ってけっこう多いんですか?」
あかりが尋ねる。
「この周辺ではそこまで多くないですね。魔族のいる国、魔国はこのオステリカ王国の北側と領地が接しているので北に行くほど多くなります。魔国との境あたりには混血の者が多く住む村もありました」
イブランクが答える。
「ありました?」
過去形だ。
「その村は魔物に襲われて2年くらい前に消滅しました」
「そんなことが…」
あかりは言葉を失う。
ポンポン
急にイブランクがあかりの頭をポンポンした。
「へっ」
あかりはびっくりして固まる。
少し前にもオーウェンに頭をポンとされたことがあったっけ。
(なななななぜ?ポンポンされやすい頭とか?)
慣れてない事態に思考がぐるぐるした。
「あっすみません」
イブランクがあかりの頭から手を離す。
「あかり様を見ていると、故郷の年の離れた弟を思い出すんです」
故郷を思い出しているのか遠くを見つめるようにしてイブランクが言った。
「そっそうなんですね、弟さん…」
「おーあかり様、聞きましたぞ!」
城の廊下の向こう側からペテロが歩いてきた。隣に騎士のような格好の背の高い人を連れている。第一騎士団の騎士とは少し違う格好だ。
「魔物討伐に行ったのに恐れをなして逃げたうえに護衛につけた騎士も瀕死にさせたそうですな!いやー大変でしたな!」
ペテロは笑い話でもするように話してくる。
(何が面白いのか。このおやじ今すぐボコボコに殴ってやりたい)
あかりは唇を噛んで、ぎゅっと手を握りしめる。
「ペテロ殿そのような言い方は…」
イブランクが間に入る。
フッ
ペテロの隣にいる騎士が微かに笑った。
「第一騎士団は救世主のお守りまでしているのか、大変だな」
すれ違いざまにその騎士がイブランクに言う。色素の薄い髪と冷たい薄紫色の瞳が印象的だ。
「な、口が過ぎるぞ」
「イブランクさん、良いんです。本当のことですし…」
咎めようとするイブランクをあかりが止める。
腹の立つ言い方だったが、本当のことだ。自分は逃げ出し、そのせいでイブランクが重傷を負った。
ペテロと騎士はそのまま行ってしまった。
「あのペテロさんの隣の方は?」
あかりが尋ねる。
「近衛騎士のルイスです。王族の護衛をしています」
イブランクが答える。
綺麗な顔立ちだったが、とても冷たい目をしていた。
「あかり様。先ほどのペテロ達の発言、どうかお気になさらず…」
「あっありがとうございます。でも本当のことです。森であの蜘蛛の魔物を見たときただただ怖くて逃げ出すことしかできなかった」
「魔物がおそろしいと思うのは恥ずべきことではありません。あかり様はまだ召喚されて日も浅い。これからです」
イブランクが励ますように言う。
(これからあんな恐ろしい魔物に慣れることができるんだろうか…)
「と、取りあえずは護衛の騎士が必要なくなるくらいには強くなりたいです!」
そうあかりが言うとイブランクは再びあかりの頭をポンポンした。
あかりは再度顔を赤くし固まった。




