10話
「あんの大馬鹿野郎が!」
魔物ダランチュラの群れを魔法で蹴散らしながらアーミオンが悪態をついた。
普段はトロいくせに逃げ足は速かった。
今しがた副団長イブランクが騎士を二人連れてあかりの後を追っていったが、広い森だ。すぐに見つかるかどうか。
◇
「道が全然わからない…」
あかりは暗い森の中で途方にくれていた。さっきからずっと同じところを歩いてる気がする。
なんて馬鹿なんだろう…エミリーがあれほどそばを離れないでって言ってたのに。
群がる大きな蜘蛛を見たとたん逃げ出してしまった。
救世主なのに戦いもせず。
バキバキバキ
大きな音がした。
心臓の鼓動が速まる。
ズルズルズル
少し離れた所を動物か何かが木をなぎ倒しながら移動している。
(どどどうしよう、魔物か?)
木の影から恐る恐る覗き見た。
「!!!」
あかりは悲鳴をあげたいのを必死に押さえ込んだ。
そこには先ほど見た魔物の何十倍も大きい蜘蛛がいた。
大きすぎて動くたび簡単に木が倒れていく。
さっきの魔物の親玉だろうか…
青い目をして、幸いこちらには気づいてないみたいだ。
(静かに逃げなきゃ)
ドッドッドッド
心臓の鼓動がうるさい。
魔物から少しでも離れたいと、震える体をなんとか動かし逃げ出す。
しかし体が強張って、あかりは脚がもつれその場に転んでしまった。
ドスン
(しまった…)
恐る恐る後ろを振り返ると、大きな蜘蛛の魔物と目が合った。
「ひっ」
(そっそうだ、魔法…)
火の玉を出せば驚いて逃げていくかも知れない。とっさに右手をかざしたが…ポスッ…
不発だ。煙が少し出ただけだった。
魔物の目がみるみる赤くなる。
バキバキバキバキ
木々を物凄い勢いでなぎ倒し、あかりに向かって突進してくる。
あかりは恐怖で腰が抜けて動くことができない。
魔物は目の前までくると前肢を勢いよく振り上げ、あかり目掛けて振り下ろした。
(殺されるっっ!)
あかりはぎゅっと目をつむる。
その時、庇うように誰かがあかりに覆い被さった。
「くっっ」
あかりが驚いて目を開けると副団長イブランクだった。
「副団長!!」
共にあかりを探していた騎士たちが追いつき魔物に攻撃を加える。
「あかり様ご無事ですか?」
イブランクが聞いた。
「はい」
あかりが頷く。
「よかっ―」
言い終わる前にイブランクはどさりとあかりの前に崩れ落ちた。
「イブランクさん!大丈夫ですか!」
意識を失っている。
あかりは崩れ落ちたイブランクを支えようと背中に手をやった。
ぬるりと生暖かい感触に驚いて慌てて手のひらを見る。あかりの手のひらにはべったりと血がついていた。
イブランクはあかりを庇い、酷い傷を負っていたのだ。
「イブランクさん!どうしよう、誰かー!」
とっさに目の前で魔物と格闘している騎士たちを見るが、彼らはそれどころではない。
巨大な蜘蛛から生えた何本もの足が騎士たちに襲いかかり劣勢に追い込まれている。
(どうしよう、このままじゃイブランクさんが死んじゃー)
≪固まれ≫
突然、魔物の下の地面が盛り上って固まり、何本もある魔物の足を拘束する。
その瞬間、高い木の上からオーウェンが飛び出し魔物を真上から剣で突き刺した。
オーウェンの剣は魔物の急所である目を的確に貫いた。
ギャー
魔物は痙攣し次第に動かなくなっていった。
「あかり!見せて!」
アーミオンに連れられエミリーが急いでやって来た。
「エミリーどうしよう!私のせいで酷い怪我を…」
エミリーがイブランクの背中の傷を確認する。
「けっこう傷が深い…」
険しい顔でエミリーが言い、素早く回復の魔法を唱えた。
(どうか助かって!)
数分が嫌に長く感じた。
「よし、取りあえず傷は塞がったわ」
ふーっと息を吐き、エミリーはイブランクにかざしていた手を下ろした。
「ごめんなさい」
消え入りそうな声であかりが言った。
それを聞いた途端、アーミオンがあかりに近づき胸ぐらを掴んだ。
「お前、謝ってすむと思うなよ!お前の軽率な行動のせいで仲間が死にかけたんだ!」
アーミオンが鋭い目であかりを睨む。
「アーミオン!落ち着け!」
オーウェンが間に入り、アーミオンはあかりから手を離した。足に力が入らずあかりはその場に座り込む。
「怪我人もいる。皆、一旦城に戻るぞ!」
オーウェンが言った。