9話
「うっうっ…やってしまった」
あかりは泣きながら、暗い森の中をさまよっていた。
はやくみんなの所に戻らなければ…
アーミオンには後でボロクソ言われそうだ…
◇
1日前。
「救世主あかり、君も明日の魔物討伐に参加してもらう」
アルバート王子が唐突に話しだした。
王子から話があるとあかりは会議室のような広い部屋に呼ばれたのだ。
上座に座るアルバート王子を見る。今日も爽やかに微笑んでいる。
「あの、魔物の討伐なんて、まだ絶対無理です」
あかりは断ろうと必死だ。
「あかり様ご安心ください。討伐に向かうのは私率いる第一騎士団です。アーミオンももちろん行きますし、あかり様の護衛に腕のたつ騎士もつきます」
あかりの隣に立つオーウェンがフォローする。
「あかり様、この度護衛を務めます第一騎士団副団長のイブランクです。この命に代えてもあなた様をお守りします」
副団長イブランクがあかりの前に跪き挨拶した。
あかりを見てにこりと笑う姿にドキッとする。オーウェンとはタイプは別だがかっこいい。
肩まである薄茶色の髪の毛はさらさらしていて、あかりの髪より遥かに手入れが行き届いている。
「いっいえ、絶対足手まといになりますし…」
あかりはなんとか断りたかった。
そんなあかりを宥めるようにアルバート王子は近づくとあかりの手をぎゅっと握った。
王子の香水だろうか、とてもいい香りがした。
「あかり、何事も経験が大事だぞ!」
「!?」
あかりが固まっているのを納得したようだと思い込みアルバート王子たちは去っていった。
「おい、お前!」
後ろで聞いていたアーミオンがバシッとあかりの背中を叩いた。
「痛っ」
「いいか、お前はこのアーミオンの弟子だ!魔物にビビって逃げるなんて恥ずかしいことするなよ!」
怖い顔であかりを脅す。
「弟子になった覚えは―」
「口答えするな!」
(勘弁してくれ…)
仮病でも使おうかとあかりは一日真剣に悩んで過ごした。
翌朝、魔物討伐に向かう第一騎士団の荷馬車にあかりはどんよりした表情で乗り込む。
仮病を使う前にアーミオンにベッドから引っ張り出されてしまった。
荷馬車の中で出発の支度が終わるのを待っているとそばで作業している騎士の会話が聞こえてくる。
「おい、聞いたか?先日救世主様を一目見ようと久しぶりにグリフィス大臣が城に顔を出したらしいぞ」
「グリフィス大臣?ここに魔物が現れるようになって地方の安全な自分の領地まで引っ込んだ侯爵様か」
「それが、笑えることに救世主様の顔を一目見たらその足でまた自分の領地まで戻ってしまったらしいぞ」
「期待してたのと違ったってことか?名ばかりの大臣も困ったことだ」
そういえば二日前、大臣と名乗る金持ちそうなおじさんがあかりに会いに来た。
最初、あかりのことを救世主の小姓か何かだと勘違いしていたようだった。あかりが救世主だとわかると笑顔を引くつかせてすぐに帰っていったっけ…
「何で団長は今回の討伐に救世主を連れていくんだ。副団長を護衛につかせるって言うし、完全にお荷物だよなー」
「たしかになあ」
ため息混じりに騎士たちは話す。
(お荷物…)
この世界でも言われてしまった。
「お荷物社員が!」今にも課長の小言が聞こえてきそうだった。
準備が完了し、馬車が走りだした。
オーウェン団長は隊の先頭の方で馬に乗っている。
今回の目的地、魔物が出没したのは城から二、三時間のところにある森の中らしい。
「あかり見て。今城下町を通ってるよ」
隣に座っていたエミリーが教えてくれる。あかりもチラリと外を見る。
城下町という割にはお店はぽつぽつとあるくらいで寂しい印象だ。歩いてる人も少ない。
「私が来たばかりのころはまだ賑わっててお店もたくさんあったんだよ。何回か気分転換に連れてってもらったんだ。でも魔物がここにまで現れるようになってほとんどの人が逃げていっちゃったみたい」
ニ時間くらいは経っただろうか、やっと馬車が止まる。馬車から降りるとそこはもう森の入り口だった。
木が鬱蒼と繁っていてなんだか全体的に暗い。
(怖い。足手まといになる自信しかない…)
「あかり、大丈夫!私が防御の魔法で守るから私から絶対離れないでね」
青い顔のあかりを心配してエミリーが言った。
「あかり様、私もついてます」
副団長イブランクがいつの間にかあかりの隣に立っていた。
なんだか静かだ。
暗い森の中を歩きながらあかりは思った。
普通、森の中なら動物とか鳥の鳴き声とか聞こえてきそうなのに全然しない。
パキッ
「ひっ」
あかりは自分で踏んだ枝の音に驚く。
少し前の方を歩いていたアーミオンが振り向き、冷ややかな目をあかりに向けた。
その時、隊の先頭がにわかに騒がしくなった。
「魔物だ!」
声が聞こえてきた。
身がすくむ。
イブランクはあかりを守るように剣を構えた。
≪守れ≫
エミリーの防御の魔法が隊全体に広がる。
ガサガサガサ
急に音がしたかと思うと、木の上から何かが大量に降ってきた。
それらは地面に着地しモゾモゾとあかりたちに近づいてくる。
「ダランチュラの群れだ!」
イブランクが言う。
目を凝らすとそこには大きな岩くらいはある蜘蛛が何匹も群がっていた。
カサカサカサカサー
目を赤く光らせあかりたちに迫ってくる。胴体についた脚が何本もあり、そのすべてが細かい毛で覆わている。
全身に鳥肌が立つ。
「ぎゃー」
あかりは悲鳴をあげると一目散に逃げ出した。
蜘蛛は課長の次に大大大嫌いだった。
「あかり様!?」
「あかり!?待って!離れると防御の魔法が届かない!」
エミリーたちの声も届かずあかりは一人暗い森の中へ消えていってしまった。