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異世界転生トラック

「ダアァン‼‼‼」

 やってしまった。寸前で気付いてハンドルは切れた。だけど、衝撃が、衝突音が。

 瞬間、視界を歪めるほどに思考が加速する。動物じゃなかったか?会社にはどう説明する?死んでないか?金はいくらかかる?

 焦燥と現実逃避とトラックから飛び出すのに、時間はかからなかった。

 外にはひしゃげたガードレールと、変形した学生鞄が落ちていた。ここじゃない。

 車の下を覗く。ここにもいない。何かがおかしい。

 周囲を見渡す。特に変わったところはない。

 短い混乱の後、あることに気付く。否、()()ことに気付く。

 本来あるべき、あって欲しくない、


 血が無かった。ガードレールにも、車体にも、周囲にも、どこに目をやっても赤色を見ることは無かった。

(鞄はある・・のに・・人は・・・どこだ・・・?)

 混乱が沸き上がる。

(俺は・・人を撥ね・・た・・・。けど、いない・・・?何が起こったんだ?血も無い、けど鞄はある。人は撥ねた、が、人がいない・・・?)

 思考は減速していく。冷えた夜風が背筋を撫でる。


(警察を呼ぶとして、どう説明する?事故を起こしたが相手は消えました、なんて言った所でどう思われる?)



(待て、人を撥ねた形跡はこの鞄しかない。第一にこの状況じゃ、撥ねた、と証明する方が難しいじゃないか。被害者はここにはいない。)

(鞄さえ隠せばただの物損事故で済む。)

そんな黒い考えの中、近くの川の音を聞いた。




 警察と会社には、猫か狸かが突然飛び出してきた、と説明した。運のいいことに近くに監視カメラは無かった。本当に運がよかった。更にドライブレコーダーもついていなかった。経費削減がまさかこんなことで活きるとは思いもしなかった。事後処理にかなり時間がかかることを知れたのも良かったと考えるべきだろう。


 おかしなことが起こった。1日ぶりの睡眠をとっていた時のことだった。

 そいつは自分のことを「神」だと名乗った。確かに見た目は、誰もが想像する髭を蓄えた老人の姿をしている。

「そなたは選ばれたのだ。異世界を救う勇者をこの世界から転送する者に。」

 最近主流の異世界転生や異世界転移のことを言っているのだろうか。あれはマンガの話じゃ・・・

「まさにその通りだ。そなたが勇者を転送してくれたおかげで、世界がまた一つ救われた。感謝する。」

 いやいや待て待て、じゃああの時本当に人が消えたって言うのか?

「そう、そなたは人を殺めてはいない。」

 確かに、そうじゃないと説明がつかない。とは言い難い。が、途端に紐が切れたように脱力した。

 そうか・・・よかった・・・。

「今後も同じような生活に戻れるように便宜は図っておいた。安心して日々を送ればよい。」




 あいつが言っていたことを、正直信じていなかった。所詮夢の中の出来事だと。だがその後、日常が戻ってきたことで信じざるを得なかった。

 大体最初からおかしな話だった。比較的温暖な地域とはいえ真冬の、それも真夜中に、学生があんな場所にいるなんて。それに、ガードレールがあるのに車道に飛び出して来るなんて。


 何はともあれ、いつもの日常だ。いつも通りのことをしてあの日の出来事は忘れて生きていこう。


 そんな時だった。あの事故現場周辺に住む学生が行方不明になっているという話を小耳に挟んだ。神様のおかげかは知らないが、俺には何の疑いもかからなかった。恐らくは別の事件だろう。そう考えることにした。



「要らぬ心配をかけてしまったな。」

 あの日の神様がまた出てきた。

「あの者なら、世界を救い次第帰ってくる。」



 お告げの通り、行方不明だった学生が見つかった話を聞いた。加えて、まるで人が変わったように優しさと勇気と力を持って帰ってきたとも。それもその筈だ。その学生は、異世界で英雄になったのだから。

それを知るのは、あの日異世界に転送した俺しかいないのだ。あと本人も多分知っているだろう。今ではあの日のことを誇らしく思っている自分がいる。なんせ世界を救った英雄の、それを転送した影の功労者なのだから。


(また異世界が危機に見舞われたときは神様、俺が手助けしますよ。)



「何度も夢に出てきてすまない。もう一度、世界を救う手助けをしてくれないだろうか?」

 まさか本当に出てくるとは・・・。だが説明がある分、今回は本番で焦らずに済む。

「本来であれば二度と干渉してはいけないのだが、今回は少々事情があってな・・・」

 なるほど、それで俺がまた()()()()訳か・・・

 世界を救うためには、神様の頼みとあらば断わるわけにもいかない。

「それで?今度転送する為には俺は何をすればいいんですか?」

 説明するのが遅くなったがこれは、平凡な俺が世界を救う英雄を異世界に転送し続ける物語だ。そして神界や異世界で俺の存在が認知され、後に「英雄の祖」と呼ばれるまでの物語だ。










 明るい取調室で、運転手は嬉々として虚を吐き続ける。夢を語る子供のように。

 部屋の外の、制服を身に着けた若い男が言う。

「あの人、小説家か何かですか?あんな事をずっと言い続けているんですけど。」

 制服を身に着けた、こちらは壮年の男が答える。

「いや、あいつはただの運送屋だ。確かにあいつの自宅にマンガとかはあったが、特筆するところは何もなかった。」

「そうなんですか。それにしてもあそこまで現実逃避する人っているんですね。」

 男の空想は部屋に広がり続ける。見るべき現実と置き換わるほどに。

 男に現実は訪れるのだろうか。確かに分かる事は、男は平凡な人間だったという事だ。

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