ある雨の日のお話
7月に入ったが、まだ梅雨は明けないようだ。
今日も例外なく小さめのマンションの1室の外でしとしとと雨が降り続いている。
ベッド横の窓に手をあてると、風呂上がりの少し汗ばんだ体にひんやりとした冷たさが伝わり気持ちが良かった。
そのままベッドに横たわり目を閉じるーー
感じるのは雨の音、と
聞き慣れたシャワーの音。
彼が私の部屋に来るようになってから3ヶ月が経った。
まだそれだけ、とも思うし、もうそんなに、とも思う。
あの日から彼が来る日と来ない日を繰り返す毎日だ。
私は彼が本当はどんな人なのかを知らない。
彼について知っていることといえば胡散臭い笑顔と平気で嘘をつく唇と骨ばって冷たい指先、そして
「寝顔、かわいいけどまだ寝るには早いんじゃない?」
妙に鼓膜に響く低めの声。
「寝てないよ。聞いてたの、雨の音」
「ふぅん…。それよりさ」
小さくベッドが軋む音がしたら、やすやすと胸元に抱き寄せられていた。
耳を寄せるとどくどくと心臓が波打つ音が聞こえた。
「分かる?お風呂あがりの姿見てたらドキドキしてきちゃった」
「…ムラムラの間違いでは」
「あは、バレました?」
もう少女漫画に夢見ていたときとは違う。
男の人の鼓動が早くなるのは、ときめきや純粋な恋愛だけではないってことを知ってしまったのはいつからだろう。
そう考えている間に小さくリップ音が続く。首筋から、頬、眉間。
「あー、かわい」
目をきゅっと細めて笑ったあと唇にいつもの感触。
味わうようにゆっくりと何度も、そして時折音を立てながらキスをする。
名前のない関係、だからこそ自由な関係。
それを求めていたのは私も同じはずなのにキスをすればするほど、体を重ねれば重ねるほど"もっと"と願ってしまっていることに気づいたのは最近。
もっと、この人のことを知りたい。
もっと、知ってほしい。
もっと、ずっと、一緒に…。
それは気づいてはいけない気持ちだった。
この気持ちがあるときっとこの関係は成り立たないのだ。
証拠はないが、なぜだか確信があった。
窓の外で先程よりも強く雨が地を打ち付けたので、一緒に横になって私を抱きしめる彼の耳元で、声にならない声で今日も囁いた。
"好き"
聞こえているか聞こえていないかは分からない。
おそらく雨の音がかき消してくれただろう。
だから私達の関係は変わらない。
少なくともこの雨の時期が終わるまでは。