File.8
6月中旬、朝7時。本日は、スプリガンファミリーとの交渉日である。花城ファミリー本拠地である屋敷では、朱華の底抜けに明るい太陽ような声がスピーカー越しに響き渡った。
『あ、あー、おはようございます!本日の朝礼を始めるので、3階執務室に集合してください!』
そんな放送から10分ほどで全員が執務室に集合した。毎朝恒例の京佳による体調チェックが終了すると、朱華は本日の予定について話し始めた。
「今日は9時からスプリガンファミリーとの交渉。内容は、私達の夢について、藤狼ファミリー壊滅の手助けについて、どちらも賛同及び協力してくれるか。私も最低限助言はするけど、基本はボス代理である紫雨にかかってるから、頑張ってね。」
「了解。」
癖っ毛なのか寝癖なのか分からない紺色の短髪を揺らしながら、紫雨は軽く頭を下げた。それから…と書類を見ながら、朱華は話を続けた。
「スプリガンファミリーは藤狼ファミリーへの忠誠心が大きいから、無理そうだなって思ったら目的を交渉から手駒の減少に変更する。その時は、指定位置から楓月に狙撃をお願いしたいな。」
「部屋の爆破…かしら?」
「うーん、大方執務室か客室のどっちかだからなぁ…ちょっと待って、見るから。」
そう言うと朱華は眼帯を外し、その金色の右目を露わにした。その瞬間、朱華の目にはちょうど1時間半後の光景が見えた。スプリガンファミリーボスと側近2人と共に朱華達3人が連れて行かれる場所…扉に掛けられた看板に書かれた名は、第1客室。再び眼帯を着けると、朱華は爆破、と一言楓月に言った。
「了解。ロケットランチャーとハンドガンで良さそうね…」
「あ、千里眼後はちゃんと眼鏡を着けるんだよ!」
「はいはい、分かってるわよ。」
ハーフアップに束ねた透き通るような白いミディアムヘアーを揺らしながら、楓月は苦笑した。書類を見て伝えることは特にない、と判断すると朱華は全員に質問はあるかと聞いた。小さく手を上げた怜伊は、まだ眠そうな目を擦りながら口を開いた。
「…ハッキングする…監視カメラの…位置は…?」
「スプリガンファミリー近辺…と、スプリガンファミリー本拠地内は出来そうなら…って、怜伊とシスルならできるかな?」
『尽力します。』
テレビに映っているシスルは、胸元の瞳と同じ色のエメラルドが付いたループタイを光らせながら恭しく頭を下げた。頑張ってね、と笑みを見せると、他は?と聞いた。手を上げない組員を見ると、朱華は頷きながら口を開いた。
「よし、じゃあ朝礼は終わり!李仁、朝ご飯できてる?」
「はい、既に用意済みです。本日はエッグサンドイッチと野菜スープでございます。」
「わーい、サンドイッチ!」
朱華は鼻歌を歌いながらリビングに向かっていった。それを背後に見ながら、京佳は紫雨を肘で突いた。
「ん、何?」
「後で真尋ちゃんの鎌のメンテナンスをする。吸血量が少なくなって、伸縮具合が悪くなってきたと言われてな。」
「了解。やっぱ効果は持っても1ヶ月くらいか?」
「そうだな…持続時間を増やすには、もう少し技術力とか知識がないと…」
「いや、あれを一月持たせてる時点で凄いって。」
「お世辞はいらないんだが…」
そう話しながら日の当たる廊下を歩いていると、前を歩いていた鎌の持ち主、真尋が振り向いた。
「紫雨ー、京佳ー!朝ご飯冷めちゃうよー!」
「はいはい。この話は後だ、京佳。」
「ダコール。」
短い言葉を交わすと、2人は真尋に付いて行く形で小走りで向かった。
塩胡椒が絶妙に効いたエッグサンドや温かい具沢山の野菜スープ、甘酸っぱいブルーベリーヨーグルトを食した一行は、各々武器や交渉内容の確認を始めた。武器庫である地下室では、楓月や湊人、朱華が武器を選んでいた。特技が戦闘術であり、気分で使い分けている朱華は適当に目の前にあった太刀とハンドガンを選んだ。状況に応じて狙撃を頼まれた楓月は、ハンドガンは見つけたが、もう1つが見つかっていない状況に陥っていた。
「ねぇ湊人、そこにロケットランチャーって無かったかしら?」
「ロケラン?ロケラン…あった。これでいいか?」
「えぇ、大丈夫。ありがとうね。」
笑みを浮かべると、湊人は弾の確認だけしといて、と伝えてから別の場所に移動した。1番使用武器が多くトリッキーな戦闘をする湊人は、茶色い棚の中からナイフやら手榴弾を取り出し、彼専用のコートの内側に付いているポケットに入れていった。途端、ふと手を止めると、湊人は朱華を呼んだ。
「はいはーい、呼んだ?」
「呼んだ。爆薬って品切れした感じ?」
「いや…私使わないし。いつもそこに入れてるならもう品切れじゃない?」
「あれ稀少品だから調達面倒臭いんだよな…」
「京佳は作れないの?」
「あー…聞いたことなかった。今度聞いてみる。」
「仮に作れたとして、京佳の開発力凄いわね…」
一方、3階の開発室では。愛用のシルバーと赤の巨大な鎌を抱えた真尋、棚を物色している紫雨、パソコンを操作している京佳がいた。カタカタと操作し終わると、京佳は真尋の方へ振り向いた。
「…うん、不具合内容は前回と全く一緒だな。では真尋ちゃん、鎌をそこの机に置いてくれるかい?」
「分かった!」
そう返事した真尋は、京佳が指差した先にある鉄製のテーブルの上に鎌を置いた。鎌の1番下に付着されている六角形の赤い宝石を確認し、京佳は紫雨を手招きして呼んだ。ガラス窓に映った京佳の手招き姿に気が付いた紫雨は、机の上の鎌を見ながら京佳にこう聞いた。
「内容は?」
「前回と同様だ。」
「了解。」
紫雨は深呼吸をし、青い目を光らせ、鎌の宝石部分に手をかざした。
「この鎌は、血を摂取することで伸縮できる。」
そう呟くと宝石は一瞬だけ光を放った。その現象を確認した京佳は、鎌を真尋に返した。
「はい、メンテナンス完了だ。一応、廊下で確認してくれるかい?」
「はーい!よいしょ…おお、ちゃんと伸びた!2人共ありがとー!」
「どういたしまして。大事に使えよー」
真尋が去っていったのを見て、紫雨は溜息を吐いた。どうしたんだい?と京佳が首を傾げると、紫雨はいや…と言葉を濁らせながら答えた。
「やっぱ…この力使うの、疲れるなって。」
「物事を相手に悟られず、自分の思い通りにする力…幻惑、もといマインドコントロール…これは、強い脳波を相手に送ってるようなもの…とされているからな。疲れるのも当然だろう。何かいるかい?」
「いや、大丈夫。今夜は酒飲む。」
「深酒はしないように。」
分かってる、と一言言うと紫雨は開発室を出て行った。本当に分かってるのか…と溜息を吐きながら、京佳も自分の準備をすることにした。
そして、とうとう出発の5分前。扉の前に朱華が立ち、その目の前に共に行く紫雨、湊人、陽琉、楓月、李仁が、そして室内では無線越しで京佳、怜伊、シスル、真尋が彼女の話を聞こうとしていた。無線が届いているかを確認すると、朱華は1つ深呼吸をし、真剣な顔になった。
「これより、スプリガンファミリーとの交渉及び状況により戦闘をしに行く。いつ死んでも可笑しくない、死とは隣り合わせの社会だからこそ。怪我には充分気を付けること。そして…敗北は考えなくてもいい。勝利の未来は、既に見えている。」
「『Yes,Boss.』」