File.7
門を開けると、そこには既にオルトロスファミリーへ物資調達に行っていた4人がいた。迎撃担当の真尋は笑みを浮かべながら、彼女らを出迎えた。
「おかえりなさい、ボス達。成果はどうだった?」
「まぁまぁって感じかな〜それよりも暑いー!」
「まだ6月なんだけどなー…」
「6月は一応初夏よ…動いてたら暑くなってきたわ。」
楓月は、そう苦笑しながら中へ李仁が引いている台車の手伝いをしながら入っていった。朱華や湊人が入っていったのを確認すると、真尋はガチャンっと門の鍵を閉めた。
玄関で靴に付着した砂を取ったりしていると、朱華達の耳にはリビングの方向から足音が聞こえてきた。姉の楓月を出迎えに走ってきた陽琉は、台車に積まれた荷物を見ながら目を丸くした。
「你回来了…わー、本いっぱい!図書館みたいな所だったの?」
「我回来了、陽琉。図書館というか…一般住宅みたいな所だったわよ?」
「確かに、楓月様の言う通りでございますね。〔ホワイトゾーン〕にありそうな西洋物件でした。」
李仁は手足を揃え、きちんと頭を下げると、陽琉はお疲れ様という意を込めて彼の頭を撫でた。別に撫でてほしいわけではないのですが…と苦笑すると、後ろから湊人が口を開けた。
「陽琉達は何かやってたのか?」
「神経衰弱大会!」
「あ、俺得意そう。」
「湊人は最強だと思うよぉ…」
常人離れした記憶力を持つ湊人にそう突っ込むと、リビングに繋がる扉から紫雨が顔を出した。おかえり、ただいまと朱華と短く挨拶を交わすと、朱華が不在だった時間に起こったことを話した。
「ボス達が出た後に、火葬業者に庭の死体を持って行ってもらった。変死体のこと、触れてた。」
「うちで変死体はいつものことだから気にしない気にしない〜あとは?」
「それもそうだな。あとは執務室の書類、ファイル分けしといた。ザックリと、だから後で確認だけ頼む。…あの書類、いつ片したんだ?」
「…えーとねー…昨日…うん?今日?ぐらい!まだ外暗かった!」
「ド深夜じゃねぇか。…やっぱり、寝れなかったか?」
「うん…今日飲んで寝れば良かったかなーとは思った…そこは反省してる。でも、書類仕事はちゃんとやってるからそこはいいよね!?」
「はいはい、偉い偉い。」
「私!ボス!!」
朱華が頬を膨らましていると、あ、と思い出したかのように母音を発した。紫雨が首を傾げると、朱華は武器や本の片付けを他の面子に頼み、1人足早と姿を消した。
朱華が向かったのは、本拠地の最上階・3階にあるパソコンルーム。扉を開けると同時に1人の名前を呼んだ。
「シスル!今大丈夫?」
『はい、ボス。ご用件は?』
情報収集担当のAI、シスルを呼んだ朱華は先日楓月と李仁が偵察に向かったスプリガンファミリーの近日のスケジュールをゲットしてと頼んだ。ハッキングや彼女の特殊能力・ウイルス散布を使用したインターネットへの攻撃が得意なシスルにとって容易い用件は、1分待たずにスケジュールを壁に掛けてある数多の画面の内の1つに映した。スケジュールを確認すると、やっぱり…と呟いた。近くに置いてある棚から白紙を1枚取り出し、簡潔にメモしながら朱華はシスルに質問した。
「シスル的には、交渉に行くなら明日がいいと思う?」
『はい。この町では、いつ死ぬか分かりません。明後日に襲撃予定が入っているようなので、明日にでも行く方が良いかと。ですが、交渉が成功する確率は低いかと思われます。藤狼ファミリーを支持しているファミリーは、ピラミッドの底辺にいるほど忠誠を誓っているとの情報があるので。』
「それは承知の上だよ。だから、今回はあまり期待してない。交渉決裂でも、打ち倒す相手の手駒は1つでも多く減らさないと。」
真剣な顔でそう言うと、朱華はシスルに「スプリガンファミリーに明日交渉に行くとメールしといて。」と伝えた。二つ返事で承諾したシスルは、朱華が瞬きする間に書き終わったメールをスプリガンファミリーに送信した。早ぁ…と朱華が驚いていると、シスルはAIなので、と言った。感謝の言葉を伝えながら、朱華はパソコンルームを後にした。
朱華は廊下を歩きつつ、メモを見ながら外はどう配置するか…と考え始めた。京佳は…まず死人を見るのが苦手だから屋敷で待ってもらおう。屋敷に流れてきた敵の対応は京佳、真尋、怜伊の3人に任せる。外には、楓月と李仁と陽琉を待機させ…中での交渉の観察やボスの代理となる紫雨の警護は自分と湊人で。いつもと同じだな…と苦笑しながら執務室の扉を開けると、出待ちしていたのかと考えられるような立ち姿で李仁が立っていた。何か用?と聞くと、物資の片付けの完了報告をしに来たと彼は答えた。
「わざわざ李仁が来たの?いつも紫雨がやってくれるからビックリしちゃった。」
「はい。紫雨様は京佳様や陽琉様に連行され、神経衰弱大会を続行しております。楓月様や湊人様も参加しておられましたが、私はテレポートでこちらに来ました。」
「皆楽しそうだね〜李仁も遊んでくればいいのに。」
「いえ、アンダーボスの紫雨様が連行されてしまいましたので、せめて完了報告は私がやろうと思いまして。」
「しっかり者で結構っ!戦闘能力も高いし、李仁には非の打ち所がないよぉ〜」
「お褒めに預かり、光栄でございます。ですが、私にも非の打ち所はありますよ?」
「…あー…まぁ…うん。仕事してくれればいいし!あ、でも昔李仁が“オタクは短命なのでございます。簡単に死んでしまうのです。”って言った時、結構ビックリしたんだよ?」
あはは…と李仁は苦笑する。執事のような立ち振る舞いをしているが、彼はアニメや漫画が好きな所謂オタクである。グッズを買うために〔ホワイトゾーン〕へ向かう事も少なくはなく、あまり頻繁に〔ホワイトゾーン〕には行ってほしくない朱華は手を焼いている。最早仕方ないか、と半ば諦めているけども。そんな話をしながら、朱華は1枚のメモを李仁に渡した。これは?と首を傾げると、朱華は簡潔に説明した。
「明日交渉に行く時の皆の立ち位置のメモ。リビングの黒板に書いといてくれない?私、スプリガンファミリーの交渉方法とかの予測とかしてるから。」
「ボスのご命令とあれば、私はそれに従うのみでございます。では、ボスも頑張ってくださいね。」
「うん、よろしくねー!」
朱華が手を振ると、李仁はテレポートであっという間に消え去った。
リビングに一瞬で辿り着いた李仁は、テレビの真横に掛けてある黒板にメモの内容を書いていった。交渉はボス、紫雨様、湊人様…外周待機は楓月様、陽琉様、私…と口ずさみながら書いていると、背後から声をかけられた。
「あら、次の配置?」
柔らかい口調で言った者の正体は、楓月だった。
「はい、明日に行うそうですよ。」
「せめて昨日言って欲しかったわ…急に決まったのかしら?」
「明後日を予定していたらしいのですが…明後日は、スプリガンファミリーが別ファミリーに襲撃に行くらしく。」
じゃあ仕方ないわね、と楓月は苦笑いを浮かべた。箇条書きや図を用いて書いた配置図を見て、李仁はこれでいいかと判断した。その後、李仁は夕飯の準備でキッチンへ向かって行った。