File.6
これは、朱華達がオルトロスファミリーの本拠地へ物資調達に行っている間のこと。朱華に早朝に手配をしといた、と言われた人…火葬業者を、アンダーボスの紫雨はリビングでのんびりと待っていた。予定ならあと10分くらいか…と時計を確認すると、ちょうど無線が入った。無線の相手は、迎撃担当の真尋からだった。
《業者さん、視認できたよ〜門まで来る?》
「ああ、対応はこっちでする。」
《りょーかい。》
無線で会話しながら門の前に来ると、ちょうど黒子のような顔が隠れた人が数人いた。軽く挨拶を済まし、門の中に入れると火葬業者は手際良くトラックに死人を入れていった。少し乱暴に。
「昨日は休業日だったんですね?」
「はい、対応できなくすみません。」
「いえいえ、休みは大事ですから。こんな仕事、精神的にも体力的にも大変でしょう?」
「もう慣れきっていまして…それにしても、ここは変死体が多いですね。相変わらず血が全部無い。死体とは言え、顔が青ざめている。」
「変死体案件は、今に始まったことじゃないでしょう?」
「それもそうですね。」
ははっと笑いながら火葬業者はポンポンと死体を入れていった。紫雨は壁に背もたれしながらその様子を見ていると、ふと隣の窓が開いたのが気付いた。
「ああ、誰かいると思ったら業者か。」
「京佳。さっき真尋から、チラシ貰ったけど。」
「む、見せてくれ!」
「ほい。」
数枚のチラシの束を、窓から顔を出している女性…開発・救護担当の京佳に渡した。興味深そうにチラシをめくっていると、ある1枚のところで手を止めた。めくっている音がしなくなったのが気になって紫雨は京佳の方に首だけ動かす。と、京佳は嬉しそうな顔をしていた。
「何かいいのがあったのか?」
「明日からカジノ新設工事だそうだ!ここの大工は優秀な力を持つ人が多いからな〜10日あるかないかでできるんじゃないか?」
「いや、俺に言われても。」
「楽しみだなぁ〜またトランプゲームで大儲けに負けた相手を笑うことができる!知らない人なら尚良い!」
「性格悪いな…」
苦笑いしていると、ご機嫌な京佳の声に釣られたのか潜入担当の陽琉がやって来た。カジノの新設工事だとさ、と説明すると、彼はそうじゃない!と首を振った。
「何かトラックが見えたから、何かなーって。業者さん来てたんだね?」
「ああ、もう終わりそうだがな。」
「ねぇねぇ、今日結構気温上がるらしいけど、真尋大丈夫そう?真尋って暑いの苦手でしょ…?」
「あー…真尋ならあそこに…ってあれ、いない。」
「呼んだ、陽琉?」
紫雨が指さした木陰の方向には真尋はいなく、彼女はいつの間にか紫雨の隣にいた。紫雨の隣から窓を覗く真尋は、少し汗ばんでいた。
「うん、呼んだ!今日気温上がるけど大丈夫かなーって。」
「んー、ちょっと暑いかなーってくらい?業者さん帰ったら部屋入ろうかなー…」
「冷たい飲み物いる?」
「いる〜!野菜ジュースでよろしく!」
「はーい!」
陽琉がキッチンの方向へ消えると、真尋は窓のレールを椅子代わりに座った。真尋の息が少し荒い気がした京佳は、先程ひっそり持ってきた小さめの氷枕を真尋の首に当てた。
「ふぁっ!?」
「氷枕だ。少し持っとくといい。にしても、暑くなる日はあまり外にいすぎない方がいいんじゃ…迎撃担当とは言えども、だ。」
「ありがとぉー京佳。大丈夫だよ、やばくなったらすぐ中に入るし…それに、ボスから任せられたんだもん、こんなに大事な役割。」
「それもそうだな。とりあえず、ボスが帰ってくるまでは戸締りするか?」
紫雨が心配そうな顔で言うと、真尋はうーんと唸った後、頷いた。
「ん、そうだね。近くになったら気配感知で分かるから。」
そう真尋が笑みを浮かべて言うと、火葬業者が作業が終了したと声をかけた。紫雨は火葬業者に礼を言いながら頭を下げると、業者はトラックで〔グレーゾーン〕の方向へ走り去った。死体が1人もない綺麗な庭に元通りになり、ボスもご満悦だなと確信すると、京佳はぽんっと手品でトランプを取り出した。
「さて、紫雨君や真尋ちゃん…あと陽琉君も誘ったりして、トランプゲームでもやるかい?たまにはババ抜きとか七並べとか…原点回帰もいいかと思ってね。」
「私賛成ー!紫雨は?」
「俺は書類整理してから参加しようかな。大方、またボスが寝ずに書類仕事しただろうし。」
「オッケー、リビングで遊んでるね!」
京佳と真尋と分かれた紫雨は、3階の執務室に辿り着いた。メインで使うボス…朱華がいないため、ノックを鳴らさずに入る。紫雨の予想通り、窓の前に設置されている机の上には綺麗に揃えられた書類の山があり、その横には赤と黒のボールペンが転がっていたり、参考程度に使ったであろう本が1冊置かれていた。机の位置から横に振り向いた所にある巨大な本棚からファイルを2冊ほど取り出し、以降使わないであろう書類と使うであろう書類に分けながらファイルに入れていった。周辺ファミリーの観察結果、花城ファミリー内の資金の変動、資金を何に使ったかの帳簿、武器数の増減…一夜で終わらせたのかどうかは朱華にしか分からないが、どれも昨日までのデータがしっかり書かれてある。真夜中は情報収集担当のAI、シスルも休憩している…本当に一夜で終わらせた可能性が見えてくる。書類を後回しにする脳筋ファミリーも少なくないらしいから、ありがたいことにはありがたいが…と、紫雨は複雑な思いで溜息をつく。
「…ちゃんと寝てほしいが…睡眠を促したら、ストレスになっちまうのかな…」
数十分で片付けを終え1階のリビングに戻ると、賑やかな声が段々と聞こえてきた。机にはトランプ。先ほどの宣言通り、京佳や真尋達はトランプで遊んでいたらしい。紫雨は京佳が座っているソファからひょっこりと顔を出すと、机の上を見てババ抜きをしている、と確信した。
「やぁ紫雨君。仕事は終わったのかい?」
「ああ。片付けるだけだったから楽だった。で…ババ抜きか?」
「ああ、次は別のゲームをと思ってるんだが、紫雨君は何かやりたいものは?」
「トランプか…ダウトは京佳の無双が発揮されるし…七並べとか神経衰弱辺りは?」
「君、パズル好きかい?」
割と、と答えながら紫雨は併設されているキッチンへ向かい、棚からは自身の紺色のマグカップを、冷蔵庫からはコーヒーのパックを取り出した。ブラックコーヒーを好んで飲む紫雨は、砂糖やミルクを入れずに皆のもとへ戻ると、綺麗に長方形に並べられたトランプが机を占領していた。神経衰弱か、と判断すると、紫雨は京佳の隣に座った。
「お、おかえり。どうだい、紫雨君もやるかい?」
「あー…やろうかな、たまには。」
「…僕も…いい…?」
入り口から聞こえたか細い声の正体は、作戦指揮担当の怜伊だった。基本パソコンルームに引き篭もっている彼がここに来るのは珍しい、と一同揃って思っていると、その心を読んだかのように怜伊は口を開いた。
「…たまには…こうやって…遊ぶのも…いいかなって…」
「親睦を深めるのはいい判断!ね、陽琉もそう思うでしょ?」
「うん!怜伊ー、ボクの隣おいでーっ!」
「…僕…一応…紫雨と…京佳と…同い年…なんだけど…」
「見えないんだよなー…成人とは…」
京佳が軽く笑うと、怜伊は首を傾げた。陽琉の隣に座ると、5人の神経衰弱大会が行われたーーー
数十分後、一通り楽しんだ一行は、飲み物やお菓子を並べて雑談をしていた。〔ホワイトゾーン〕の出店のセールのこと、映画のこと、〔ブラックゾーン〕の出店事情、〔グレーゾーン〕の動きについて…そんなことを喋っていると、真尋は人知れず右手を動かしていた。その動作に気付いた陽琉は、窓の外を見た。
「ボス達、もう帰ってきそう?」
「うん、4人分の糸が見えてきた。私、門開けてくるね。」
そう言って、真尋は門を開けに外へ出て行った。