File.4
花城ファミリー本拠地で朱華達がパソコンルームから出ていった時のこと。〔ブラックゾーン〕の向かいにある町、〔ホワイトゾーン〕では、本日の買い出し当番である紫雨と陽琉が露店通りを歩いていた。(普段のスーツやチャイナ服は目立つので)私服に着替えた2人は、キッチン担当でもある李仁から託された買い物内容が書かれたメモを見ながら、辺りを見回した。
「…この材料的に、何作るんだろうな?」
「うーん、妥当なのは味噌野菜炒め?」
「じゃあ重いし野菜から買っていくか。」
「可以!あ、紫雨、あそこで野菜売ってる!」
「お、でかした陽琉…でも引っ張るな!」
紫雨の黒いカーディガンの袖を引っ張りながら、陽琉はある八百屋の露店へ向かった。店頭に売っている新鮮な野菜に目を輝かせながら、メモ通りに野菜を買い物カゴに入れていった。慎重に選んでいく紫雨と手当たり次第にぽんぽん入れていく陽琉を見て、店員のおじいさんは2人にこう話しかけた。
「お2人さん、兄妹かい?」
「え、と…あ、こっちが俺の従兄弟です。」
「ああ、そうだったんだ。ちょっと似てる気がしてねぇ。」
「あはは、どうも。あ、これ会計お願いします。」
「あ、ボクこれ欲しいー!」
「自腹で買え。」
「けちー!」
膨れっ面の陽琉に笑いながら、店員はそれはサービスにするよと言った。紫雨は驚きながらいいのかと聞くと、元々安価な商品だからね、と笑いながら返した。ご厚意は無駄にしたくない、ということで紫雨は感謝の意を込めて軽く頭を下げた。陽琉も礼を言うと、店員は笑いながら野菜をレジに通していった。
メモ通りに野菜を買い終わった2人は、もう少し露店通りを歩くことにした。雑貨屋の露店に食いついた陽琉がそこで立ち止まったのを見て苦笑すると、紫雨は背後にあった広告掲示板を見た。ビルの新設、新しいゲームの広告…ざっと目を通していると、ふとある1枚の広告が目に止まった。人気ホラー映画の続編が近日公開されるという広告。冷や汗をかきながら、紫雨は嫌そうな顔をした。
「…うわー…」
「どしたの、紫雨?あ、これ続編出るんだー!ボク、これ前配信サイトで見たよ!すっごい面白かった!」
「…陽琉は、こういうの好きなのか?」
「うん!…あれ、紫雨、携帯鳴ってるよ?」
「あ?…本当だ。京佳からだ。帰ったら俺達健康診断だとさ。」
「あー、そろそろ風邪流行るもんねーじゃあ、さっさと帰ろ!」
紫雨が頷くと、2人は本拠地の屋敷に帰っていった。
屋敷の扉を開くと、目の前の階段に李仁と京佳が座っていた。おかえり、ただいま、と短く挨拶を行うと、京佳は紫雨と陽琉の前にずいっと顔を出した。
「とりあえず、2人共手洗いからだ。先に陽琉君から見るからな。」
「可以!」
キッチンに買い物袋を置き、手洗いうがいをし、陽琉は救護室へ向かった。その間に紫雨は李仁と共に買ってきたものの片付けを行っていると、李仁から顔を覗き込まれた。
「なんだ、李仁?」
「いえ、少し顔が青ざめてるような気がしまして。体調でも悪いのか…それとも、何かあったのかと。」
「い、いや、大丈夫だ。体調も悪くない。」
「それなら良いのですが…悪い所は、すぐに京佳様に伝えた方がいいですよ。あの方の薬は効果抜群ですから。」
確かに、と軽く笑っていると、陽琉がキッチンの扉を開けて紫雨を呼んだ。では、いってらっしゃいませと李仁が言うと、突如紫雨の姿が消えた。
李仁の力、テレポートで救護室前まで行けた紫雨は、数回ノックをしてから部屋の中に入った。ベッドやパソコン、レントゲンの機械が揃った部屋に座っている京佳は、紫雨を真向かいに座らせた。体温を計らせ、紫雨の最近のカルテを読んだ。
「…む、紫雨君、最近注射したばっかだったか。さっきの陽琉君と同じ流れでやりかけた。」
「あー…相手ファミリーって、何が蔓延してるか分かったもんじゃないからな。って何日か前に同じようなこと言ってたぞ、おまえ。」
「ああ、そういえばそうだった。はい、平熱と…」
体温を記録している表に今計った体温を書くと、京佳はこれでよしと表をファイルに入れた。机の引き出しにファイルを入れると、カーテンが閉まった本来ベットがある場所を見ている紫雨がいた。
「ああ、ボスにも健康診断を行っていたんだ。ついでに睡眠薬が切れてなかったみたいだから寝かせているところなんだ。」
「なるほど…なあ京佳。」
「なんだい?」
「…非科学的なものって、何であるんだろうな。お化けとか。」
真面目な顔で言う紫雨を見て、京佳は耐え切れずに吹き出した。肩を震わせていると、紫雨は俺は至極真面目なんだが、と不機嫌気味に言った。
「いや、まさか君からそんな言葉を聞くとは思わなくて…ふふっ、君からお化けという単語が出てくるとは…」
「笑いすぎだ。いや、〔ホワイトゾーン〕の掲示板にホラー映画の広告があって…なんでこういう広告がデカデカと貼られてるのかと。」
「ふふっ…ま、まぁ、ホラー映画は一定層の人気があるからじゃないか?…もしかして、君、ホラー苦手なのかい?」
「そ…そんなんじゃない。そういうものが存在している意味が分からないだけだ。」
「それを苦手と言うんだろう?あははっ、前にカジノで派手に負けた相手を笑った時以来だ、こんな面白いの見たの!」
「ボスが起きるぞ。」
「あははっ…そうだな、これ以上は抑えよう。で、何で唐突にそんなことを私に?」
目に溜まった涙を羽織で拭いながら聞くと、紫雨はあらぬ方向を横目で見ながらいつもより声を落として言った。ボスに、それとなくホラー要素のあるファミリーには自分を前線に出さないでくれ、と言ってくれないか。そうか細い声で頼んだ紫雨を見て、京佳は「ああ、重症だこれ…」と心の中で言うと、覚えてたら言っておくよと返事をした。礼を言うと、紫雨は救護室から出て行った。直後に布が動く音が聞こえ、ベッドを囲むカーテンを開けると、目を覚ましている朱華がいた。冷や汗をかく朱華に京佳は溜息をつくと、彼女の額にデコピンをした。
「あうっ…京佳?何か怒ってない?」
「怒っては…ないんだが、別に。本音を言えばちゃんと寝て欲しいだけで。」
「寝ようと思ってもちょっとしか寝れなくて…」
「最初に投与して睡眠、未来予知で起床、その後薬が抜け切っておらず再び睡眠、眠れず起床…不眠症は厄介だな。私の力では治せない辺りとか。」
「私も寝れないからたまに辛いなぁ…」
京佳の力…回復術は、目に見える怪我や風邪を治すことができる力である。京佳が救護担当である理由であるが、欠点として不眠症等の精神疾患や死人の蘇生はできない。なので、朱華の不眠症を治せず度々睡眠薬をあげているのだ。シスルからコッソリ調べてもらった朱華の睡眠時間のグラフを見ると、やはり安定して寝れているケースが少ない。どうしたものか…と唸っていると、朱華がベッドから降りようとしているのが見えた。紙を置き朱華の頭を鷲掴みにすると、京佳は再び溜息をついた。
「ボス〜?どこに行こうとしてるんだい?」
「え、いや、寝れないなら運動して来ようかなーって…」
「運動したら眠くなるって?それは睡眠薬が完全に切れてから行こうな、ボス〜?」
「まだ切れてないのー!?」
「寝ることで効果が無くなるように調合してあるからな。寝ないと切れないぞ。」
ぶぅと頬を膨らませると、朱華は渋々ベッドに戻った。暫くは私もここにいるから、と言い聞かせると、朱華は寝れるかどうか分からないが目を閉じることにした。
ーーー数十分寝て夕飯を食べ、いざ寝ようとしたら翌日1日分の予知夢を見て目を覚ました朱華。眼帯着けてるのに…とげんなりすると、朱華は屋敷の庭に来た。火葬業者が本日は休業日で、未だ残っている昼頃に仕留めたファミリーの死体の山を見て、何で今日来たの…と朱華は溜息をついた。ファミリーの親玉を見つけると、朱華は携帯を取り出しシスルを呼んだ。
『はい、ボス。ご用件は?』
「この人から、どこのファミリー出身か調べてくんない?明日はそこの本拠地に行く。」
『了解しました。…この方はオルトロスファミリーのボスです。』
「オッケー、ありがとうシスル。後は私が調べるから、休んでいいよ。」
『ボスもお体にお気をつけて。では、おやすみなさい。』
「うん…おやすみ、シスル。」