File.2
門の前に立つ真尋。門の中では陽琉と湊人が準備体操をしているのを確認した京佳の隣に、花城ファミリーのアンダーボス、紫雨が立ち止まった。
「遅くなった。」
「まだ相手は来てないから大丈夫だ。陽琉君と湊人君は、呑気に準備体操をしているからな。」
《準備体操は大切だよ。いつ死ぬか分からない社会だからね。》
「読書中に悪かったな、怜伊君。」
怜伊と呼ばれた無線越しの青年は、作戦指揮担当の羽海野怜伊。戦闘中や作戦指揮中のみ饒舌な彼は、毎回的確な指揮を送る。彼的にはボスが睡眠中なのが痛手だが、大丈夫なのかと紫雨に聞いた。外を見ながら、紫雨は「ああ。」と短く返事をした。
「ボス曰く、ここよりかは戦力は低い。3階にさえ行かれなければ何とかなるだろ。」
《それを防ぐのは屋敷側の4人に掛かってるんだからねー?私だけで防げるって考えてないよね!?》
「考えてるわけないだろ。人数次第では1人で抑えるなんて野暮だぞ。」
「まあ当たり前だな。」
《本当かなぁー…私、そろそろ構えとく。準備よろしく。》
「了解。」
その言葉を最後に無線越しの会話を終えると、真尋は1つ深呼吸をしてから目の前に立ち止まった男性を見た。鎖が巻かれている黒い鎌の柄を強く握ると、真尋は口を開いた。
「ご用件は?」
「花城ファミリーとは、ここか?」
「いかにも。花城ファミリー本拠地はこちらです。」
「花城ファミリーの壊滅を行う。甘ったるい夢を持つファミリーは、この〔ブラックゾーン〕にいらない。」
「…そうですか。では…こちらも、手を出さないといけませんね。」
自分の身長以上に鎌の柄を伸ばすと、真尋は後方集団を一気に真っ二つに切り裂いた。銃撃にも軽く避け、1番先頭の近距離攻撃にも巧みに避け、隙を突いて鎌で切り裂く。だが、先頭数十人の集団には抜けられ門の中に入られてしまった。チッと舌打ちをすると、真尋は無線を繋げた。
「陽琉、湊人、迎撃よろしく!数十人はそっち入った!」
《りょーかーい!》
《了解。》
軽い返事と真面目な返事をすると、陽琉と湊人は戦闘を開始した。湊人が手榴弾を投げ足止めした瞬間、陽琉が突撃。明らかに日本武術ではない技で相手を次々倒していった。相手の足首を思いっ切り蹴ったりしながら銃を放つ。すると、地面に横たわっている1人の組員が湊人のコートを強く引っ張った。後ろに倒れそうになる瞬間、どこからか現れた鎖が湊人の腰に巻きついた。相手の急所を確実に突きながら、陽琉がウインクしていたのが見えた。陽琉の力、バインドと認識した湊人は、コートを引っ張った相手に笑顔を向けた。
「俺のコートの中、知りたい?」
コートの中から試験管を取り出すと、至る場所に放り投げた。試験管の正体を察した陽琉は、1人の鳩尾に渾身の一撃を加えた瞬間に後ろに跳び移った。地面に叩きつけられ割れた試験管は大きな爆発音と共に、白煙を出した。
「ちょっとー、危ないでしょ!?」
「善処しまーす。」
「絶対考えてない…」
陽琉は溜息をつきながら残党を文字通り蹴散らし始めた。まだ生き残っている人を銃で撃っていると、数名最後の力を振り絞って屋敷の中へ入っていくのが見えた。まだそんな余裕が…と内心不機嫌になりながら、湊人は屋敷内の2人に無線を繋げた。
「数人屋敷に入った。さっきの爆薬でそんなに体力は残ってないはずだ。」
《了解。》
《了解したよ。》
無線を受け取った2人は、玄関ホールに入ったその数人を捉えた。紫雨は刀2本で、京佳は先程朱華に見せた刃物が付いたトランプで応戦した。確実に急所を狙い倒していく2人に感嘆しながら、怜伊は紫雨に無線を繋げた。
「1人…大凡敵ファミリーのボスが階段を上がっていったよ。あそこは直進ルートだからまずいかも。」
《チッ…まぁ、大丈夫だろ。この騒ぎ…というか湊人の爆薬の音で呑気に寝てる人じゃないだろ、うちのボスは。》
「一応こっちが向かうよ。後の情報はシスルに伝えてといて。」
《了解。》
ーーーそんな当の本人の朱華はというと。執務室で呑気に寝ていた。穏やかな寝息を立てながら寝ていることを確認した男性は、朱華の喉元にナイフを近付けた。今にもナイフを突き刺そうとした瞬間、男性の手首が掴まれた。その手の主は、ニコニコと笑顔を浮かべている花城ファミリーボス、朱華。小柄な体躯からは予想ができないほど力強く男性の手首を握ると、朱華は口を開いた。
「私、未成年だけど。〔ブラックゾーン〕では容易に未成年は殺めてはならないって掟、知らないの?」
「このファミリーの組員なら、その掟は関係ない。」
「へぇ…私のこと、呑気にここで寝てる組員だと思うんだ?何の部隊の組員だと思う?」
「…位は上の方か。」
「うんうん、正解!でも、もっと正確な答えを出さないと。」
男性は舌打ちをすると、朱華のブラウスの襟を掴み体を起こした。ナイフの切っ先は未だ首元。容易には動けないことを確認した朱華は、笑顔を絶やさず相手の答えを待った。
「…近距離部隊、か。」
「あー、近距離かぁ〜近距離もできるけど…さてはおじさん、このファミリーのこと全然知らないね?」
「…今領地を広げていると噂のファミリーだと情報をもらった。我らの領地拡大の敵ならば、仕留めるだけだ。」
「…ふーん…じゃあ、いいこと教えてあげるよ。」
ナイフを横にずらし、勢いよく起き上がる。瞬間、部屋の窓の前に男性を強く引き寄せる。全く身動きができない状態で、男性は朱華のオッドアイに引き込まれるように見つめた。
「このファミリーには部隊は存在しない。それともう一つ、私はここのボス。花城ファミリーボス、花城朱華だよ。死ぬ前に覚えてね!」
ニコニコと笑顔を向ける。だが、その笑みに光はない。相手を仕留めることしか考えていない目だ。窓を開けると、朱華はある人物に無線を繋げた。
「あー、もしもーし?楓月、今どこにいるー?」
《今?屋敷の近くの十字路よ。何かあった?》
「十字路…そこからうちの執務室まで銃って届く?」
《…ギリギリ、かしらね。何、お仕事?》
「楓月なら秒で終わるお仕事!」
《了解、確実に届くところまで行くから。10秒待ってちょうだいな?》
「はーい!…だってさ。10秒で楽になれるよ、おじさん。」
男性を窓の外にギリギリ落ちないくらいまで傾けると、相手は苦痛の表情を見せた。門の近くまで楓月の姿が見え、男性を落とそう思った矢先、朱華は思い出したかのように口を開いた。
「あ、そーだ死ぬ前に聞きたいことがあるんだけどさ!この町の変な噂とか、藤狼ファミリーの噂とか弱点って知らない?私達、それを探してるの!」
「し、知らない!噂など最近は全く聞かないし、藤狼ファミリーに至ってはこの町の御法度だぞ!知るわけがない!」
「…あっそ。楓月〜準備はどう?」
《オッケーよ。いつでもどーぞ。》
「はーい!…じゃ、今日まで〔ブラックゾーン〕での生活、お疲れ様でした!」
男性の足を思いっ切り持ち上げ、窓からゴミを出すかのように落とす。その瞬間に銃が放たれた音が1発響き、銃弾は男性の頭を撃ち抜いた。朱華が執務室の窓から大きく手を振ると、門の外にいる楓月も軽く手を振った。朱華が満足げな顔をすると、執務室の扉が小さな音を立てながら開いた。入り口を見ると、深緑色の髪の男性…怜伊が入ってきた。前髪で隠れた左目が赤から紫に変わると、怜伊は口を開いた。
「…おはよう…ボス…無事だった…?」
「おはよう、怜伊!楓月のおかげで怪我は1つもないよー!皆の指揮、お疲れ様〜事前に言ってなくてごめんね?」
「…相手の気紛れ…だったらしいから…仕方ないよ…それに…みんな…僕が指揮するほどでも…なかったし…報告は…シスルにしてって…お願いしといた…」
「了解ー!後で皆と戦闘報告会しないとね〜」
一方、その皆の内に入る、外と1階で戦っていた人々。彼らは本拠地の偵察から帰ってきた射撃担当の明空楓月と特攻担当の百鬼李仁を出迎えていた。姉である楓月の帰宅に、陽琉は勢いよく抱きついた。
「おっかえりー!お姉ちゃん!」
「ただいま、陽琉。陽琉も皆もお疲れ様。あまり力になれなくて申し訳ないわ…」
「いや、今回は近接専門のファミリーだったからな。遠距離部隊がいたら面倒くさかったが、いなかったからなんとかなったよ。」
「あらそう?じゃあいいわ。今日は紫雨は前に出なかったの?」
「ああ。そんなに強くないファミリーだったからな。」
「聞いて聞いて、ボクお手柄だったんだよー!」
「はいはい、後で聞くから。ね?」
楓月や陽琉、紫雨が屋敷内に入っていくと、1歩後ろでその光景を眺めていた赤茶色の髪を持つ男性、李仁に真尋は声をかけた。
「李仁、お疲れ様。疲れた?」
「お疲れ様でございます、真尋様。いえいえ、偵察に行ったもののあまり変化がなく面白味がなかっただけですよ。」
「そんなにか?」
「湊人様もお疲れ様でございます。後日私達が行く、と知っているはずですが…それくらい、変化はありませんでした。」
「なるほど…まぁ、この社会的に表向きは準備してないだけかもしれないがな。もしくは、2人の存在に気が付いていたか《3人共ー!!報告会するから、お喋りは後でー!》うるせっ!?」
湊人の話の途中で割り込んできた大声の無線…朱華の声に顔を歪ませると、真尋と李仁は苦笑した。怒られる前に行きましょうか、と李仁の言葉と共に3人も屋敷の中に入っていった。




