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雨の底の町

初投稿です。

よろしくお願いします。

 世界はいつか終わる。

 僕らはそれを知っている。

 ただ、それがずっと先の事だと思っていたいだけなんだ。


 ○    ○    ○


「雨、やまないね」

 下校時刻を過ぎた生徒会室で、僕はポツリと呟いた。

 春だというのに毎日降り続く雨が、世界をひんやりと濡らしている。

「そう腐るな、田中書紀。俺の心は永久日本晴れだ!」

 片付けをしていたはずの生徒会長が、窓枠から身を乗り出して校庭へ手を振っている。

 見なくても分かる。付き合い始めたばかりの彼女、副会長の佐々木さんが、一足先に下校しているんだ。

 室内には僕ら二人しかいないので、彼は何の遠慮もなく大声をあげる。

「虹子さーん、また明日ー!」

 校庭には他の生徒もいるだろうに…リア充爆ぜろって、こういう時に使ったらいいのかな。

 いや、そうじゃなくて…生徒会室は三階にあるから、落っこちたりしたら大惨事だ。

 僕はそっと窓に近づいて校庭を見下ろした。案の定、少し怒った顔の佐々木さんが、背中を向けて走り去るところだった。

 佐々木さんは一つ先輩の三年生。少し厳しめの真面目な女性だ。

「明日お説教だね。八神会長」

「ああ、あの凛とした声で叱って欲しい。叱って…いや、シカトもありだな」

 我らが生徒会長は、「放置プレイ、グフフ…」と含み笑いをしている。

 この生態を知れば、清き一票を取り下げたくなる生徒は結構いるだろう。

「帰るよ、龍樹」

 アホらしくなった僕は、カバンを持ってさっさと部屋を後にした。

「閉じ込めて欲しい?」

 そしてまだ室内でモタモタしている友人に声をかける。

「ちょっ…待っ…お前がカギ持ってたのかよ、イチ!」

 僕の指先でくるくる回る生徒会室の鍵を見て、彼は慌ててかけ出した。

 そして出入り口のちょっとした段差につまづき、その身体は見事に宙を舞う。

 すごい勢いで廊下へ飛び出して来る男子高校生。

 巻き込まれたくないので、僕はスッと横に避けた。

「おうっ!」

 少し間抜けな声と共に彼は瞬時に体を丸め、一回転して何事も無かったように立ち上がった。

「帰るぞ」

「はいはい」

 こちらも何も見なかったように施錠する。

 転んでもタダでは起きない運動神経。

 それが緑川高校二年、八神龍樹だ。

「八神センパーイ、さようならー」

 偶然生徒会長の神アクションを目撃した一年生女子が、キャーキャー言いながらあいさつしてくる。

「えっと、…先輩もさようならー」

 はいはい。僕の名前は覚えて無いのね。

 同じく二年生の田中一郎ですよ。

 何の因果か、この神の子龍樹と幼なじみです。

 平凡な平民ですけどね。

「帰ろっか」

「おう」



 鍵を職員室に返し、傘を手にして校舎の軒先で一度立ち止まる。

 グラウンドは見渡す限りの水たまり状態で、雨粒が無数の波紋を描いていた。

「雨、やまないね」

 同じ言葉を繰り返し、僕は手にした傘を広げた。

 毎日使うので乾く暇がないそれは、いつもしっとりと湿っている。

「まあ、豪雨じゃないだけマシだろう」

 そう言って龍樹が勢いよく広げた傘は、ピンク色に白猫のイラストが描かれたとてもファンシーな代物だった。

「朝見た時も驚いたけど…それって」

「二度も言わせるな。これしか無かったんだ」

 彼は自分を奮い立たせるように胸を張り、水しぶきをあげながら大股で雨の中へと歩み出した。

「おのれ…アケ姉…」

 アケ姉とは八神朱美さん。龍樹のお姉さんで、緑川高校の卒業生。そして生徒会長も務めた僕らの先輩だ。今は大学一年生で、町外の大学へ通学している。

 今朝大慌てで走っていく朱美さんとすれ違ったけど、彼女にしては地味な傘をさしているなと思ったんだよ。その後龍樹と合流して「ああ…」と納得したんだ。

「あいつ…俺の傘を持って行きやがった」

 不幸なことに何本かあるはずの傘はどこかに忘れたり壊れたりして、きっちり人数分しかなかったらしい。

「途中にコンビニもねえし…」

 僕は心底気の毒に思った。ビニール傘を買うことも出来ない彼は、赤いリボンを付けた白猫のイラストを受け入れるしかなかったんだ。

「急いでたみたいだし、うっかり間違えたんだよ」

「うっかりで俺の評価を地に落とす気か。虹子さんのあの顔…」

「大人の対応だったね」

 道中注目を集めまくりだった龍樹だが、学校に着いてあと少しで傘がたためる…というところで虹子さんと出会ってしまった。当然驚きで目を見開く彼女だったが、やがて何も言わずに慈悲深い微笑みをたたえた瞳で見つめてくれたのだ。

「ああ、女神…傷ついた俺の心には触れず、いつも通りに接してくれた」

「その分クラスの連中のイジリは凄かったけどね」

「あいつら男心に塩とワサビと唐辛子を擦りこみやがって…覚えてろよ」

「具体的には?」

「テスト前にノートを見せてやらん」

「それは大変だ」

 二人で笑いながら校門を出た。



 小高い丘の上に建てられた学校は、通学路から町を一望できる。

 緑川町は四方を山に囲まれていて、そこそこ幅の広い川が一本流れている。漢字の「中」みたいなイメージだ。大昔から川は何度も氾濫し、重要な施設は丘の中腹から上にかけて建てられている。通学路を下っていくと懐かしい中学校と小学校、幼稚園や保育所がある。僕らは山のような丘を見上げ、大きくなったらてっぺんの学校に通うんだと、憧れたりうんざりしたりしたもんだ。

 川を挟んで反対側にも小山のような丘がある。あっちには役場や警察署、病院など公共の施設があり、どちらの丘の建物もいざという時の避難所になる。

 もっともここ何十年も大きな被害は無く、過去の氾濫で運ばれてきた土は豊かな緑の田畑を育てていた。

「あ、バスだ」

 米粒のように見える真っ赤なバスが、川沿いの道をゆっくりと進んでいる。

「アケ姉…帰ってきたな」

「分かるの?」

「まあ、何となく…だ」

 この町では川の両側に沿って作られた道路が唯一の外界へと続く道で、上流側も下流側も川と道は緑の山に消え入るように伸びている。昔は船での移動もあったらしいが、今の主な交通手段は当然車だ。龍樹の姉さんもバスで外に出て、そこから電車で大学に通っている。そういえば、絶対免許を取ると意気込んでいたなあ。

「帰ったら文句言ってやる」

 龍樹はブツブツ言いながら、見えるか見えないかのバスを睨みつけている。

「フフッ…」

 小さく笑うと会話が途切れた。

 傘に落ちる雨の音を聞きながら、二人で道を下っていく。

 雨に閉ざされた眼下の街並みは、金魚鉢の底の五色石を思わせた。

「雨、止まねえな」

 少し苛ついたような龍樹の声。

 顔をあげると、彼は厳しい目付きで遠くを見ていた。

 視線を追うと、その目は川が山あいに消えていく辺りを見ているようだ。

「地形が悪いんだ。上と下をふさがれたら、袋のネズミだ。かといって、山をぶっとばすわけにも…」

「龍樹、何の話?」

「あ、いや、別に…」

 一瞬ビクリとしたように見えたけど、彼は一度口を閉じてから、おもむろに大きく息を吸った。

「なあ、イチ」

「何?」

「ヤバいと思ったら逃げろ」

「え?」

「この雨だ」

 龍樹は傘を傾けてその身で雨粒を受ける。

 細い糸のような雨が彼の髪を濡らしていった。

「山が崩れて外へ出る道がふさがれたりしたら、俺たちは孤立しちまう。農家が多いからしばらくは食い物には困らないだろうけど…」

「ちょっと、龍樹?」

「お前の親は外の会社に通ってるだろう?学校なんか休んでいいから、雨が止むまで一緒にホテルにでも…」

「ちょっ…大袈裟じゃない?」

 何故か半分笑いながら、僕は龍樹の言葉を遮った。

 確かに雨は降り続いているけど、注意報や警報が出ているわけじゃない。なのに、これ以上聞けば何か…。

「悪りぃ悪りぃ、考え過ぎだな!」

 急に龍樹の表情が明るくなった。そして濡れた頭髪を掻き揚げて、見栄を切るようにピンクの傘をぐるりと回す。

「おう、帰るぞイチィ!アケ姉に詫び入れさせてやらねぇとなあ!」


 場違いに思えるような彼の声が、雨音に飲み込まれて消えていった。


楽しんでいただけましたでしょうか。

よろしければ、次回もお読みくださいませ。

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