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よろしくお願いします。
会場まで共に行くとの言葉は固辞した。化粧を直さなくてはならないし、これ以上私を惨めにはしないで欲しかった。
やっとアンリエッタ嬢と大手を振って歩けるのに、私との婚約を破棄しないなんて、言うわけがないのに。馬鹿なことを考えてしまった。
殿下の声を振り切り、その場を後にする。化粧直しはいつもよりも時間がかかるだろう。きっとひどい顔をしているはずだ。
私が一人で会場にいれば、何かあったのかと好奇の目に晒されることになった。
いつもは殿下がぴったりとくっついてきていたから、仕方ないかもしれない。
殿下が会場に入ってこられたのが見え、会場中がその動向に注目する。レストリド公爵令嬢の元へと行かれるのか、それとも──といったところだろう。
答えの分かっている私は、最初から期待などしない。
ちらりと並ぶ料理達に目を向ければ、懐かしいものを見つけた。
そっと取り、口に運ぶ。
ああ、本当に美味しいわ。これ。
「リシュフィ嬢」
……えっ……?
恐る恐る振り返った私の視界の先にいたのは、金髪碧眼の──。
「……言っておくが、ほーひははではないからな。不敬だぞ」
「……懐かしいことを、覚えてらっしゃいますのね」
「忘れたことなどあるものか。……どれが、一番美味かった」
奥歯をぐっと噛んだ。
私だって、一日たりとも忘れたことはなかった。
初めて会った王子様はとても綺麗で可愛らしくて、とても失礼だったのだもの。
「わたくしは、これが……」
「そうか」
手に取った苺のミニタルトが、私の手を掴んだ殿下によって、直接その口へと放られる。
「やはり、美味いな」
「……また殿下がお味見なさったので?」
「いいや。だが、メニューに加えるようには頼んでおいた。……お前が好きだと言うから、あの日もたくさん用意したのに、一つも食していなかったな」
「……あれは嫌がらせではなかったのですか……?」
「嫌っ……どっ、どうしてそうなった!? あれはお前が気に入っていたから、わざわざ用意させたのだぞ。その、謝罪の気持ち、として、だな……っ」
見る間に真っ赤に染まった殿下の頰に、そっと手を伸ばす。その手を大きな手が覆った。
真剣な眼差しに、わずかに熱が篭ったように見えた。
「リシュフィ嬢。婚約の、解消の件だがな……」
「殿下! 殿下に申し上げたいことがあります!」
殿下の言葉に耳を傾ける私に、切迫した甲高い声が届いた。
眉根を寄せた殿下が振り返り、私も同じく視線を向ける。
声をかけてきた人物を認めて、慌てて手を引いた。
「アンリエッタ様……」
優しい亜麻色の髪の男爵令嬢は、殿下から視線を私に向け、鋭く睨み付けてきた。
「殿下! どうか聞いてくださいませ! 私は、こちらにいらっしゃるレストリド公爵令嬢から受けた数々の嫌がらせを告発します!!」
「えっ……!?」
どういうこと────っ!!?
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