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よろしくお願いします。
翌日はなんだか気分が優れなくて、学院をお休みし、寮に篭って読書に勤しんだ。
この、体調不良と言えないほどの体調で学校をお休みするのって、なんだかサボっているようで後ろめたい気持ちになるけど、反面好きなことが出来て楽しかったりするのよね。
周りもみんな授業に出ているせいか、とても静かだ。ページをめくる音だけが部屋に響く。
だというのに、突然、扉がノックされた。
まったく。読書の邪魔をするのは一体誰かしらと声をかける。部屋へと入ってきた姿に、心がざわめいた。
「体調を崩したと友人らから聞いたが、なにか悪いものでも食したのか」
しまった。自室に塩を撒き忘れた。
「入らないでくださいませ、殿下。自室に殿方と二人きりになるなど、淑女のすることではありませんので」
私が元気な様子だったからか、やはりサボったと思われたのかもしれない。殿下は気安い様子で歩み寄ってきた。
「今更何を言い出すかと思えば、いつもサロンで二人きりになっているだろう。それに俺達は婚約者同士だぞ。何を気にすることがある」
婚約者という言葉が殿下の口から出たことに、自分でも驚くほどの不快感が押し寄せる。
「その件でしたら、わたくしの方はいつでも破棄してくださって構いませんわ」
「まだ言うか! 本当に往生際の悪いやつだな!」
眉を寄せて怒鳴る殿下に、ひたと目線を合わせる。いつもならぽんぽんと口から抗議の言葉が飛び出すというのに、今日はうまくいかない。
「まだその時期ではない、ということですのね」
「……一体なんの話をしておるのだ。お前、今日は様子がおかしいぞ。まさか本当に熱でもあるのか?」
殿下は手の甲を額に向けて伸ばしてくる。熱を測るつもりだろう、その手から体を引いた。
男に体を触れさせては、破棄していただいた後の恋愛結婚が難しくなる。
この人は、そのくらいの配慮もしてくださらないのか。
部屋に入り込んだことといい、これだからモラハラ予備軍なのだ。
「出ていってくださいませ。婚約破棄のお手続きもお忘れなく」
「……だから、破棄するなど俺の一存では」
「ではわたくしから父へと手紙を出しましょう」
「まっ、待たんか! ええと、そ、そうだ。そのようなことをしては、叔父上を煩わせることになる。冷静に考えろ。俺と婚約破棄したとて、次の婚約者にどんな男が選ばれるかわかったものでは」
「それでも、殿下と結婚するよりマシですわ!!」
どうして破棄してくださらないの。他に愛する女性を見つけられたというのに。
……私を見世物にしてまで、アンリエッタ嬢との恋をドラマチックに成就させたいというのか。
「出て行って!! 婚約も早く破棄してください!!」
私達の卒業はもうすぐそこまで迫ってきている。当然、この世界にも卒業パーティなるものがあって、婚約者のいる卒業生は、そのお相手にエスコートしてもらうのが慣例だ。
きっとその日、殿下がエスコートするのは私ではない。
「出て行けったら!!」
「なっ、どうしたのだ急に!!」
体を強く押して、殿下を外に追い出す。
私の名を呼ぶ声が、扉が閉じるとともに小さくなる。扉が激しく叩かれる音を聞きながら、膝から崩れ落ちた。
「っ……」
気がつけば顔中が涙に濡れていて、今更になって思い知らされた感情にひどく後悔した。
今更。今更もう遅い。
殿下は、愛する人を見つけてしまった。私の王子様ではなかったのだから。
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