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よろしくお願いします。
いつもの朝食。母の審査を通り抜けたヨーグルトやフルーツの並ぶ食卓につくと、お父様から「以前のお茶会で、殿下に何か言われたんだってね? 殿下が、その件でお前に謝りたいそうなんだよ」と言われた。
「まぁ。殿下が?」
「お前が嫌なら私から断っておくからね。リシュフィはどうしたい?」
どうしたいと言われれば、あの綺麗な金髪を地べたに這いつくばらせたい。
などとはさすがに言えないよね。
お父様は私が嫌なら断ってくれると言うけど、恐らくお父様に話をもってきたのは王太子殿下の父君、国王陛下だ。王太子殿下が謝罪するなんて、陛下を通さずに話を進められるわけがない。
ということは、父に拒否権はなく、必然的に私も謝罪を受け入れる以外の選択肢はない。お父様に無駄な心労をかけるのも本意ではないし、仕方ないか。
「参りますわ。お父様も一緒に来てくださる?」
「……そうかい。もちろんだよ。私の可愛いリシュフィ」
どこか残念そうに私の頭を撫でるお父様に、首を傾げる。
……それにしても、なんだって急に謝罪なんて面倒なことを言い出したんだろう。
面倒だけど……反省したというのなら、謝罪くらいは聞いてやるか。
私のお父様、レストリド公爵と現国王陛下は同じ祖父を持つ従兄弟同士だ。
だからか、国王陛下は年上のお父様のことを従兄上と呼び慕ってくださっている。
そのお陰で小さい頃に目通り叶った私にもこっそりと誕生日の贈り物を下さったり、お忍びで何度か屋敷にお見えになったこともある、とても気さくで優しい方だ。
だから国王陛下に会えることは、とても嬉しい、のに。
私は香りの良い紅茶の乗るテーブルを、鋭く睨みつけた。
色とりどりの花が飾り付けられたテーブルに並ぶは、カラフルなカップケーキとマカロン、プチケーキに、香ばしい色をしたカラメルが美味しそうなクレームブリュレ。
極め付けは三段のケーキスタンドだ。あの忌まわしき苺のプチタルトが、これでもかと並べられている。
これは一体、なんの嫌がらせかしら?
「待たせましたね。従兄上、リシュフィ嬢」
扉が開かれ、中に入ってきたのは柔和な笑みを浮かべる国王陛下、それと因縁の相手だ。私を見てぽかんと口を開いたまま固まったヤツに対する、ほんの少し上昇した好感度は、このたった数分間の待機で真っ直ぐ地に落ちた。
「ほら、フェルナンド。お前が会いたがっていたリシュフィ嬢だよ」
父王に促された王太子殿下は、未だポッカリ開いた口を引きつらせ、人差し指を文字通り私に向けて差した。
「誰だっお前!!?」
言うに事欠いて最初の言葉がそれか!!
素早く臨戦態勢に入るも、隣から漂うただごとではない空気を察し、口をつぐむ。
まさか、これが噂に聞く殺気か!?
「おかしいですなぁ。確か王太子殿下は我が娘に何か、男子にあるまじき暴言を吐いたと、そして本日はその謝罪をいただけると聞き及んでおりましたが……これは当家に対する宣戦布告と捉えて宜し」
「いやいやいや、まったく宜しくありませんよ、従兄上!! これ、フェルナンド! 謝罪すると言ったのはお前であろうが! この人を怒らせたら後が怖いのだから、するならきちんと謝罪してくれ頼むから!」
なにか、力関係が見えた気がする……いや、屋敷でもこんな感じで楽しくお喋りされていた。きっとこれが親しい貴族同士のコミュニケーションなのだろう。
「ですが、父上! 私が一緒にケーキを食べたのは、こんなかわ……っ女ではなく……っ!」
「……殿下。確かに我が娘の見た目は、あのお茶会から多少……いささか……いや、そこそこ……なりとも変わったかもしれませんが、殿下が口にするも憚られる言葉で娘を罵ったということは事実でございますよ」
「そうだよ。確かに私も部屋に入った時には度肝を抜かれ……あ、いやほんのちょっと驚いたが、しかしどうして、以前にも増して可愛らしい淑女になられたものだ。さすがはレストリド公爵家の令嬢だ」
あの因縁のお茶会から早三年。お母様ーズブートキャンプは毎日行われ、私はその扱きについに耐え抜いた。
本日の目通りに合わせて作ったドレスは、へこんだ腰回りを強調するデザインで、肌もピカピカ、髪もツヤツヤ。お母様の並々ならぬ美への執念、その集大成ともいうべき仕上がりになっている。
きっと、お母様も私が殿下から言われた暴言を聞いたのだろう。
すっと立ち上がった。
「お目もじ叶いましたこと、身の誉にございます、陛下。レストリド公爵家、リシュフィでございます」
「これはこれは、本当に立派な淑女でいらっしゃる」
公の場では初めてお会いする陛下は、私の挨拶に相好を崩した。
小さい子が一生懸命な様子って可愛いよね、わかる。
「ほら、フェルナンド。お前が失礼なことを言ったリシュフィ嬢に間違いはないよ。言わなければならないことがあるだろう?」
未だ疑いの目が抜けきらない王太子殿下だが、父王の言葉に促され、私の前へと歩み寄ってきた。
目の前に立つと、身長が私よりいくつも高くなっている。三年前は同じくらいだったのに。
「わ、悪かった」
けして目を合わせずの謝罪だったが、それでも謝罪は謝罪だ。
それに、先程陛下が「謝罪すると言ったのはお前だ」と仰っていた。もしかしたら、この三年もの間、ずっと気に病んでいたのかもしれない。
ケーキの嫌がらせは許せないけど、あの時のことを謝るつもりがあるなら私が折れてあげるか。大人だしね。
「わたくしは気にしておりませんわ、殿下」
「そ、そうか!」
嬉しそうに笑う殿下に、作り笑顔を返す。モラハラ予備軍とはいえ、まだ子供の言ったことだ。許してやろうじゃないの。
「良かったね、フェルナンド。それでは、あの話は進めても良いですか、従兄上?」
あの話?
「……ええ、とても光栄なお話でございますから……」
「そこまで嫌がりますか」
あの話について、お父様はあからさまに嫌そうな態度を見せている。えっ、なに……?
「娘の婚約など、公爵家の身分では遅かれ早かれ通る道ではありませんか」
……こんにゃく?
「わたくしが、こんにゃくを食べますの?」
ヘルシーだから食べられますが?
「こんにゃくではないよ、リシュフィ。お前と殿下が、婚約するんだ」
「なっ」
なんだって──────っ!!?
「いや、謝罪してもリシュフィ嬢が許してくれなければ、さすがに婚約は可哀想だと思ったけれど、許してくれるなんて優しい奥さんで本当に良かったね、フェルナンド」
えっ、許さなくても良かったの!?
「嫌がる結婚をさせるつもりはありませんでしたが……リシュフィが気にしていないのなら王太子殿下との婚約は娘にとっても幸せなことでしょう」
「目がそうは言っていないように見えますよ」
そうか! 私はまだ八歳だから、嫌なら嫌って言っても良かったのか!! だって中身はいい大人なんだもん。小さい子のごめんなさいなんて、許しちゃうよー!
しかし、すっかりお祝いムードの両家の父親達を前に、やっぱり嫌だと言えるだけの胆力は私にはない。ノーと言えないお国の出身だもの……。
ああっ、今世では絶対恋愛結婚するんだってダイエットもがんばったのに、こんなモラハラ予備軍と婚約なんて!! 『お前みたいなデブと結婚してやったんだから』と言われる将来まっしぐら!?
絶対絶対、嫌だ──────っ!!
ありがとうございました。
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