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よろしくお願いします。
……誰がデブだ。
子供の言うこととはいえ、あまりにも失礼な言葉じゃないの?
「しつれ」
「だっ、だだ、だれがっ!」
失礼しちゃうわ! とでも言ってやろうかと思ったら、隣からやけにどもった声がする。
顔を向ければ、隣にいた金髪碧眼の美少年は顔中を真っ赤にさせて、取り巻きその一を睨みつけていた。
ああ、この年で誰が好きかーとか、そういう話題は恥ずかしいよね。わかるわかる。でも、こういうところはなんだか初々しくて可愛──。
「だれが、こんなデブを好きになるもんか!!」
…………。
「餌付けしてやっていただけだ! ほら、あっちで遊ぶぞ!」
言いたいだけ言った王太子殿下は、もう私には目もくれず、自身の取り巻きらしい男の子達を引っ張って、走り去っていった。
「ブタなんて、殿下が相手してくれるわけないでしょ」とは巻き髪ちゃんの言葉だ。
いやぁ、取り巻きには聞こえないように言うんだから、この年でも女の子は怖いよね。
怖い怖い。
…………。
あんの、クソガキどもがぁぁああっ!!
いや、こっちも大人だからね、我慢できるよ!? 知らない子達に言われるのはね!!
でも、殿下は駄目じゃない!? さっきまであんなに楽しく話してたのに!!
しかもデブを餌付けと来たもんだ。失礼どころの話じゃない!!
しかし、どれだけ腹が立とうとも相手は王太子。結局、逃げるように屋敷に帰ってきてしまった。
「はぁ……」
気分が塞ぎ、自室のベッドに突っ伏すも、ため息ばかりが漏れる。
ベッドから姿見を覗けば、そこにいるのはぽっちゃりした美少女……いや、もう諦めて認めよう。今世の私はまごうことなきデブ女だ。
子供なんてこんなものかと思っていたのに、巻き髪ちゃんはおろか、他の子達だってみんな細い腕と足でドレスがすごく似合っていた。
私だって侍女達が張り切って肌を整えて髪を可愛く結い上げてくれたけど、この体型じゃあ……ね。
ガバリと勢いよく起き上がる。
このままじゃ、駄目だ。
また前世のように、デブなまま大人になって好きでもない男と結婚して、死ぬまで「お前のようなデブと結婚してやったんだから」と言われることになる。それはもう、あのモラハラ夫のような男に。
両親が美しいから私も美人になれるって信じていたけど、そんな簡単なこと、ある? もしもなかったら?
そうなってから後悔したって遅いんだ。
姿見まで歩き、鏡の中の自分の顔に手を添えた。
「よし。決めたわ」
バァンと扉を開け放ち、寛ぐ両親の元へと駆け寄った。
「お父様! お母様!」
お母様の膝から頭を起こしたお父様が、飛び込んだ私を受け止めてくれた。
「おやおや、リシュフィ。どうしたんだ?」
「お茶会から、もう帰ってきてしまったの?」
前世の私は、ブスを言い訳にして自分を磨こうとはしなかった。
「ブスが何したって意味がない」と。
でも、意味がないと言うけど、そもそも何かをしようとすらしなかっただけなんじゃないの?
あの子供の頃はぽっちゃりだったという女優さんだって、努力してあの体型を作り上げたのかもしれないじゃない。
「私、ダイエットします!!」
高らかに宣言する。なのにこの父親ときたら「何かあったのか? ほら、リシュフィの好きなペロペロキャンディだよ」とぐるぐる巻きの棒付きキャンディを手渡してくるのだから。
私はペロペロキャンディを床に叩きつけた。
「金輪際! 甘いものは食べません!!」
甘いものとの決別だ。
なんだってー! と慌てる父親に対し、お母様がすっくと立ち上がった。
「よく言ったわ! リシュフィちゃん!」
「お母様!」
やはり、同じ女性。お母様なら分かってくださると思ったのよ!
お母様は瞳を潤ませて私の小さな手を取った。
「やっと気付いてくれたのね! お母様はあなたがこのままだったらもうどうしようかと!」
「お母様?」
「旦那様はあなたに甘いものばかり与えてしまうし、毎日なんだか増量しているように見えて……ちょうど目のお医者様を呼んだところだったわ」
「お母様……」
「安心してちょうだい! お母様があなたの減量を全面バックアップします!! もうこの家には一切のお砂糖を入れません!!」
「お母様!!」
「いや、女の子は少しくらいぽっちゃりしていた方が可愛くないかな……?」
お父様の余計な一言だ。やはり親バカという名の障害が……。
「はい、でた。女はぽっちゃりが可愛い発言する男」
「リリアナ?」
「では伺いますけれど、先日お会いしたジョアンナ侯爵夫人はあなたから見てぽっちゃりですか? 痩せ型?」
「あの方はぽっちゃりしておられるだろう。そこが可愛らしいのだと先日も侯爵から惚気られたところだ」
「ほら見たことか! あの方は痩せてらっしゃいますぅ! あれをぽっちゃりと言われたら、世の女性は立つ瀬ないわ!!」
……どうやら一番の障害であろうお父様は、お母様が説き伏せてくれるようだ。
良かった良かった。
言い争う両親を見つつ、安心して頷く私だが、お母様に『このままだったらどうしようかと思われていた娘だった』という事実が、静かに私の心を刺すのだ──。
※
「あ、え、い、う、え、お、あ、お!」
公爵家に仕えて長い侍女は、廊下に響く声に何事かと首を傾げた。
「あめんぼ、あかいな、あいうえお!」
「もっと腹から声を出してー!」
聞き間違いでなければ、今のさも騎士団の指導係かしらというような凛々しい掛け声は、当家の奥様のものではなかっただろうか?
いやいや、ないない。
当代の奥方といえば、月夜にのみ咲く花のようなその儚さに、幾人もの男達がその騎士となるべく争い、見事旦那様がその心を射止めた深窓の令嬢である。
「柿の木、栗の木、かきくけこ!!」
「よぉし、そこまで!! 次は腹筋百回! 美は一日にしてならず! 一日のおサボリが三日のおデブと心得よ!!」
「はい! 教官!!」
そんな人が、まさか、そんな。
「今日もお仕事ご苦労だね」
突然話しかけられて、飛びかけた意識が戻ってくる。
「だ、旦那様!! 失礼いたしました!」
にこやかに微笑む旦那様の麗しさは普段通りだ。やはりあれは疲れから聞こえた幻だろう。
ここはもう良いから、と旦那様に促され、その場を後にする。
「妻と娘の名誉は、私が守らなくては……っ」
苦渋に満ちた決断をする主の声を背にして。
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