14 番外編 結婚初夜
「あの、殿下……」
「……ん? どうした?」
「ど、どうした、と言いますか……」
普段にはない辿々しい物言いでこちらを見上げる俺の妃は、本当に可愛らしい。
「どうして、その……見下ろしていらっしゃいますの……?」
本当にわからないらしい声音でいう妃は、どうやら理解していなかったようだ。
結婚初夜というものを。
先ほどまで「殿下と朝まで一緒にいられますのね」と幸せそうに微笑んでいた妃はあまりにも可愛らしく、早々に寝室へと連れ込んだのだが……。
こちらを見上げる瞳からわかる。
……どうやら、ただ共に寝るのだとでも思い込んでいたようだ。
そんなわけがあるか。
十年もの間、無邪気に接してくる彼女にどれだけ我慢を強いられたことか。
やっと名実共に彼女は俺の妃となった。
この夜を逃すなど、男ではない。
「リシュフィ。愛している」
「わ、わたくしも愛しておりますわ……ですが、その……」
妃はなにやらもごもごと言って、目を彷徨わせるものだから、その額に口付けた。
綺麗な藍色の瞳は、俺だけを見つめていてほしい。
だが口付ければ、妃は小さく震え──。
「……殿下……少し怖い、ですわ……なんだか、別の方、みたいで……」
…………。
俺は横にパタリと倒れ込んだ。
こっ……怖いは駄目だろう!!!
そんな、そんな怯えた表情をされては、手など出せるものか!!
あからさまにホッとした顔でこちらを向く妃の、頭の下に腕を通す。
可愛らしく笑う妃がこちらにすり寄ってきて、胸にギュウと抱きつかれた。
この夜のために拵えられたのだろう薄絹の衣が、妃の温もりを伝えてくる。
「は、離れなさい。そ、それでは寝苦しくなるぞ……」
あ、頭がおかしくなりそうだ……。
「離れろだなんて、ひどいことおっしゃらないでくださいな。結婚初夜ですのに……」
だからだ!!!
いつもの調子で怒鳴りつけてしまいそうになるのを必死に堪えた。
「お前は……初夜というものをわかっておるのか……?」
「もちろんですわ。同衾することです!」
これは、とんでもないことになったぞ……。
俺は王太子だ。だから、世継ぎを設けるのも大切な仕事のようなもので……。
「同衾とは、共に寝ることではないのだぞ……」
「……わ、わかっておりますわよ。ですから、その……どうぞ!」
どうぞ。
「………………今日は休む。……明日は、逃さぬからな……」
「わ、わたくしは逃げてなどおりません!」
リシュフィは見た目にもしゅんと落ち込んでしまった。この憂いを払うのも、夫の務めだろう。
「愛しているよ。もっとこっちにおいで」
なぜよりにもよって、この言葉を選んでしまったのだろうか。
「わたくしも、愛しております。ずっとお側にいられて、とても幸せですわ」
身体をぴたりとくっつけて言う妃は、この上なく可愛らしい。
しかしだ。
腕に閉じ込めた温もりに、今後寝不足になる覚悟だけは、必要だろうと思った。
ありがとうございました。
ブックマーク、評価、感想等いただけたら嬉しいです。




