第9話 ある意味で本当のプロトタイプ
ラムダスから解放され、屋敷に戻った頃には既に真昼の太陽が昇る頃だった。
帰宅した途端に、少々過保護な両親からの抱擁にもみくちゃにされたバルカであたが、「心配はいりません」とだけ答えた。
一体どんな話をしたのか、何か変な事に巻き込まれていないかなどの質問攻めにあったが、この件に関しては例え家族でも内密にするようにラムダスと約束していた手前、バルカはその通りの返答をしてごまかす。
「そんな、バルカまで。ラムダスは優秀だけど、時々何を考えているかわからないわ……バルカを危険な目に巻き込むなら、母としては許せません」
ゼラはバルカが帰ってきてからずっと、彼を抱きしめていた。
それはそれで、恥ずかしいバルカは抵抗しつつも、母を安心させるためにもっともらしい答えを考えていた。
「母上、心配しすぎです。兄上は物事を広く考えておられるから、時々飛躍したように見えるだけです。それに、僕も、グランドランの男です。兄上のように、国の為に出来ることがあれば、やってみたいのです」
その言葉は夢見がちな少年のようでも、決意を持った男の言葉でもあった。
具体的な内容は伝えずとも、家や国の為の仕事であると言えば、まだ伝わる時代背景でもある。名誉こそが一番の気風はこういう部分では行動しやすい所でもあった。
息子の勇ましい答えに、父、アレイはうむ、うむと頷いているが、妻がぎろっと睨むと、そっぽを向いていた。
グランドラン家は若干、かかあ天下の空気があった。
「それに、これは僕のやってみたい事なのです。初めて、人生をかけてもいいと思ったことなのです」
それだけはきっぱりと言い切った。
その言葉だけは嘘偽りのない言葉だったからだ。
「ゼラ、子供はいつか巣立つと、君も言っていたじゃないか。バルカは、それが少し早いだけだよ」
「あなた、ですけど……」
「私はね、ここまで自分を出すバルカを見たことがない。だったら、少しは見守ってやってもいいと思うけどね」
末息子の言葉の熱量に、両親も少しだけ気圧されていた。それは普段であれば大人しいはずの子が、ここまで熱心に物事を語る事がなかったから、そのギャップの現れともいえた。
「……それは、そうでしょうけど」
「親だから、心配するのは当然さ。本当に危ないのなら、止める事だってできる。それまでは見守ってもよいのではないかね?」
いつもならば、両親の言う事に二つ返事で答えていたはずの子供が、今、この瞬間だけは例え両親の言葉であっても従わぬという意思を感じさせたのだ。
それはわがままではないと二人の親は気が付いていた。伊達に、今まで子供を育ててきたわけではないのだから。
「はぁ……わかりました。私は、まだ納得はいきませんが……」
「ありがとうございます、母上」
ぺこりと頭を下げるバルカ。
とはいえ、その表情は少し複雑だ。ある意味では両親をだましている事にもなる。
(こりゃもう、暇つぶしとは言えないな……)
単なる思い付きは、もはや自分の思惑から外れた場所で勝手に動き出し、自分すらも引っ張っていくような感覚があった。
だが、不思議とそこに恐怖はない。
あるのは純粋な、楽しみだけであった。
(やってみるさ。今更、知らんぷりは、それこそ納得いかないからな。両親の期待もある)
***
バルカの決意とは裏腹に、物事が動き出すのには時間がかかった。
ソーズマンとの出会いから一週間。その間、バルカは非常にヤキモキする気分で、はやる気持ちを抑えようと、一心不乱にノートをまとめていたが、それでも時が訪れるのを待つ気持ちを抑えられなかった。
ラムダスの呼び出しを受けた時、バルカは思わず走りだし、興奮の面持ちでいた。
長男はそんな弟のみたこともない顔に若干、苦笑いを浮かべながら、とある場所へと案内した。
そこは王国と外界を区切る外壁のすぐ横に設営された造船所であった。
造船所は王国を挟むように両側に存在する。なぜそのような歪な形になったのかはバルカは知らない。
「もともとは一つしかなかったが、何十年か前に需要が増えてね。急遽、もう一つ工場を作ることになって、土地がないから反対の場所に設置した、らしい。当時の人の考えはわかんないよ。結局、造船場が二つ、しかも派閥みたいなものまでできてしまった」
ラムダスはそのように教えてくれた。
便宜上、この二つは第一、第二と区分され、彼らがいるのは第二工場である。
当然、第二工場の方が新しく、歴史は浅い。
「言い方は悪いが、ここは予備工場だったようだ。船の大量生産が回ってこない場合は、少し、寂しい感じだよ」
本来であれば海に面した場所に作れる造船所だが、この国では陸地に存在する。空中戦艦ゆえに、海でなくてもよかったのだ。
しかし、今現在、その二つの工場ではガレオン船の建造はごく少数にとどまっている。
理由としては現在のガレオン船の配備は十分な数があり、これ以上は必要なしと判断されたためである。
だが、それだけが理由ではない。第一工場は今なお絶賛、稼働中であり、それは空軍の威信をかけた新造戦艦の建造を進めていたからである。
「紹介しよう、バルカ。この第二工場の設計技師兼重機甲兵開発チームの主任スタッフとなった、エイル博士だ」
「や、どうも。エイル・ドーラと申します」
ペコリと頭を下げる男は、まるで日焼けなどしたことがないであろう肌の白い学者であった。頬がこけている感じもあるせいで、若干不健康そうにも見える。
「私としても、これは面白い考え方だと思っていますよ。ですが、唐突に現場に求められてもキツイというのが本音でしょうな」
エイル挨拶もそこそこに、突然、喋りだす。
手に持ったノートをペラペラを捲りながら、若干の早口だった。
「本来、横長であるはずの船の設計を、無理やり縦にしろと言われても、私は塔の設計知識とは別ジャンルですので。まぁ、友人に建築関連の研究者がいますので、そこから知識を借りる事で、参考にはしていますよ。ひとまずは仮組といった所です。バランスの関係もあるのでね」
屈強な男たちの怒号が飛び交い、作業が続けられる工場内部。
まるで蛇のようにするするとすり抜けるエイルとそれを追いかけるバルカとラムダス。エイルは前を見ていないのに、危なげなく作業員たちを避けていくのである。
「それにしても、このロボット? といかいうものですか。研究畑の私から言わせてもらうと、無駄の塊ですな。いえ、作る事が出来ればそれは大いに意味のあることでしょう。というよりはただ技術力を誇示するためだけの宣伝材料といったのが正直な感想です。あぁ、いえ、気を悪くしないでください。作れと言われれば作ります。これは研究者に対する挑戦でもありますから」
あまりにも淡々と、事務的な、抑揚のない言葉だった。
まさしくエイルの言葉は真実である。そんなことはバルカにも理解できていた。
「でしょうね。無駄が多いというのは事実だと思います」
「……おや、ご理解いただけているようで?」
エイルは少しだけ、バルカに興味を持った風に視線を向けた。
「事実ですからね。ですが、巨大な、心理的威圧を感じさせるという点で、人に近しい形をしているのは意味があるでしょう。巨大なものが我が物顔で闊歩する姿は、圧倒されますから」
「その意見には賛成ですよ。無駄かどうかはさておき、研究者としては一度ぐらいはそういったものを作ってみたいものです。えぇ、ですので、ひとまずの試作品をば、ご紹介したいと思います」
どことなくエイルはウキウキとしていた。
その勢いのまま、エイルはくるりと踵を返し、バルカたちへと向き直ると、両腕を掲げながら、叫んだ。
「では、お見せいたしましょう。これこそが、ギガステリウム……その試作機です」
エイルの背後。
バルカたちが見上げる視線の先。ギガステリウムと名付けられたそれはいまだ建造途中で、組み立てすらままならない状態であったが、両腕、胴体、そして頭部だと思しきパーツが植物の蔦のようなもので、固定されていた。