第6話 陸軍としては賛成である
翌日の事である。
グランドランの屋敷ではもの静かな朝食が始まっていた。
大き目の丸テーブルに並ぶのは三人。
バルカと、両親だ。
「全く、ラムダスも仕事熱心なのはよいが、こう家を留守にしてはな。跡継ぎとしては申し分ないのだが、家族の時間を一緒にしないのはいかんことだな」
父、アレイはモノクルをかけた白髪の偉丈夫であった。
アレイはスープをスプーンで掬いながら、ぼやくように言った。
グランドランの子は三人。長男のラムダスは軍部のエリート。長女は名をリューナと言い、十六歳だが、既に嫁いだ身である。
「寂しい事ですが、仕方ありませんわ。いずれ、ひな鳥は去ってゆくものですから……ラムダスも軍のお仕事がありますし、リューナも嫁いでしまいましたし……」
相槌を打つのは母、ゼラであった。小皺が目立つが、それでも若々しい肌をした女性である。
両親共に五十手前ながらも、まだ三十代で通りそうな、姿をしているが、特別魔法を使っているとか、そういうわけではないらしい。
(……若作りだよなぁ)
バルカはこの十三年間、ずっと見てきた両親だが、正直、小皺が増えた以外は見た目が殆ど変わっていないと思う。
グランドラン家は家族の仲を重視する。今時にしては珍しく、グランドランの子供は乳母をつけずに、実母であるゼラが自らの手で育てていった。
さすがに教育などの専門的な部分は家庭教師をつけることもあったが、食事のマナーや言葉、乗馬などは基本は両親の教えである。
ある意味では理想の夫婦、理想の家族を体現したグランドラン家の優雅な朝食は、しかし、突然の来訪者によって崩される。
「おはようございます、父上、母上! 突然ですが、バルカを連れていきます!」
バァーンッ! と勢いよく扉が開かれ、大声と大股で姿を現したのはラムダスであった。
真っ白な軍服姿は、王国の将校としての証であり、エリートの証明である。
「バルカ! 準備しろ、出かけるぞ!」
「はいぃ?」
ラムダスはバルカを見つけるや否や、その小さな体を担ぐと、快活に笑い声を上げながら、部屋から出て行こうとする。
当然だが、突然こんなことをされて、さすがにバルカも驚く。
「あ、兄上、一体何を……!」
「はっはっは! 昨日の事だ。話がある!」
「き、昨日って、昨日ですよ! まだ一日しか経ってませんよ!?」
「十分だ!」
バルカはラムダスの用件がなんであるかを悟ったが、それでも数日以上はかかるものだと踏んでいた。
それが昨日の今日である。心の準備というものが出来ていなかった。
「なんだ、突然、どうした!」
アレイは思わず朝食のスープを吹き出して、むせながら立ち上がる。
「ラムダス! バルカをどこに連れていくの?」
ゼラはおろおろとしつつも、母親らしくラムダスを叱りつけるような口調であった。
「父上、母上、これは我が国、いえひいては我が家にとっても重要な案件でございます」
「そ、そうは言っても、バルカに何の関係が」
ゼラの疑問に、ラムダスは満面の笑みで答えた。
「おおありです! これは軍務故、仔細をお話する事はできませんが、バルカにはぜひともソーズマン・フューリアス将軍にあってもらわなければならない!」
ラムダスはそれだけを伝えると、返事など聞かずに外で待たせてあった馬車にバルカと共に乗り込むと、御者に馬を走らせるように指示する。
家中の者たちがぽかんと口を開けて茫然とするなか、ラムダスは目を輝かせ、そしてバルカは、
「さすがにもう少し、落ち着いてほしいんだけど」
とだけ呟いたが、それは馬蹄の音で聞こえる事はなかった。
こうして、バルカはインバーダン王国の中心地、そびえたつ蒼穹の城へと連れ込まれる事になった。
王城は城壁に囲まれ、その中ですら中規模の街のような複雑さを持った複合施設であり、そこには王宮魔導士たちの研究施設や軍部の訓練場、中には憩いの場として簡易的な店まで置かれていた。
しかし、それらは正確には城ではなく、その区画そのものが一種の防御壁であり、本丸ともいえる城本体はさらに奥に座していた。
そのような構成をしているためか、この区画はまだ一般開放が許された場所でもある。
「さぁ、ここだ。私の職場であり、陸軍の総本部。通称・アイアンステージだ」
バルカはその区画の中で、城を除けば一番大きな建物へと連れ込まれていた。
アイアンステージと呼称される、そこはインバーダンの陸戦戦力の全てを司る、まさしく軍部のトップというべき場所である。
当然、一般人はおろか、兵士であってもおいそれと立ち入る事などできないし、いかに貴族とはいえ、子供のバルカが入れる場所でもなかった。
だが、逆にラムダスは大手を振って、この施設に入ることが許されている人物である。
そんな人物が幼い子供を連れてやってこれば、珍妙なものを見る目を向けられても仕方のない事なのだが、ラムダスは構わず進み、中央の魔導式エレベーターへと乗り込んだ。
(この技術、使えるよなぁ)
今現在は兄の小脇に抱えられたバルカは一人、冷静に発展した魔法技術の利用方法を考えているのであった。
***
その部屋は必要以上にきっちりと整理整頓がなされており、埃一つない清潔感のある、あえて言えば堅苦しいだけの部屋であった。
この部屋に足を踏み入れれば、いかなる者であっても、この厳粛な空気に従ってしまいかねない。
それは部屋の内装だけではなく、最奥でデスクに向き合い、大量の書類と格闘している軍服の男の存在感もあるだろう。
深い彫と、顎髭、禿頭姿の男の名はソーズマン・フューリアス。
王国の陸軍を率いる大将である。
「お待たせいたしましたソーズマン将軍。この者が、我が弟にして、昨日、ご報告いたしました計画の発案者であります」
この男を前に、いつもの調子を崩さないのはラムダスぐらいなものである。
彼はにこにこと笑みを浮かべて、まるでバルカを自慢するように、どことなく胸を張っていた。
件のソーズマンはじろっとラムダスを、そしてバルカへと視線を向ける。
(なんか、凄い事になったな……)
バルカとしては、強面すぎる男が目の前にいて、しかも部屋の空気も重たく、堅いせいか、少し緊張気味である。
いやそもそも陸軍の大将と引き合わされるなどとは思ってもみなかったからだ。
ソーズマンは再び、書類に目を落とし、数枚だけサインをすると、ペンを置き、小さく息を吐いてから、立ち上がり、再び二人へと向き合った。
「あー……すまんな。子供と話したことがあまりなくてな。ソーズマンだ。名前は、知っていて欲しいものだが」
ソーズマンの第一声は意外なほど、優しいものだった。
「は、はい。もちろん存じ上げています!」
バルカとて、それぐらいは知っている。
その答えに、少しだけ安堵したらしいソーズマンはほんの少しだけ表情をほころばせた。
が、すぐさま引き締めると、
「さっそくだが、バルカと言ったか。君が考えたこの……重機甲兵計画について、少し話がしたい」
そのように切り出した。
話の内容は、バルカとしては願ってもない事である。心の準備だとか、いきなりトップの人間と出会うことになるとは想像していなかったにせよ。
「単刀直入に言うが、我が陸軍としては、この計画、多いに賛成したいのだ」