第28話 暗闇の園の女性たち
魔女の森は、まさしく森だった。馬車が進めば進むほど、森林が増え、周囲には小高い山が隆起し始めてくる。奥に進めば進むほど、木は高くなり、色合いも黒ずんできて、しまいには漆黒とも見て取れるほどに暗い森へと変貌していった。
空には太陽が輝いているというのに、魔女の森はその光すらも吸収しているのではないかと思うぐらいに、暗い。
バーバヤーガ樹は通常の樹木ではなく、それそのものが若干の魔力を帯びている。この関係か、枯れ果ててもそれは樹木における老化ではなく、さらに言えば山火事の心配もなかった。
バルカにはメカニズムはわからないが、魔力を帯びた木々同士がいくら日の光を浴びようと、風でこすれようと摩擦熱で燃える事はないらしい。
森そのものが一つの結界としての役割を果たし、害悪を防いでいるというのはもっぱらの噂だった。
「薄暗い……けど、前が見えないってわけじゃない……いや、明るいのか?」
森へと足を踏み入れると、結界を通り抜ける独特のぴりっとした感覚があった。さらに進むとわずかに肌寒さを感じる空気が流れる。
魔女の森は噂通り薄暗い。しかし、それとは別に遠くまできちんと見渡せるぐらいの明るさもある。奇妙な空間だった。
「空気が澄んでるの。それと、一応、バーバヤーガ樹の葉が余計な光を通さないだけで、明かりそのものは降り注いでるのよ、ここ」
故郷だからなのか、ラーゼはインバーダン王国にいるよりは顔色もよく、どことなく元気そうでもあった。
「魔力が濃いな。確か、土壌に魔石が混ざってるとか」
「大昔、ここは険しい山だったと先祖代々が伝えてますから」
次に答えたのはゼタだ。
「魔石鉱脈って言うんでしょうか。それが大昔の地殻変動とかで崩れたり、割れたりして、色々とあった土地を大昔のご先祖様たちが開墾したと聞いています」
「開墾というか、逃げてきたってだけでしょ。昔は魔女は迫害の対象だったから」
ラーゼが付け加える。
その話はバルカも聞いたことはあった。それこそインバーダン王国が興る前に遡るとかいう話で、それを伝えるものは古文書ぐらいなものだが、魔女はその素性、術の内容、そして狭いコミュニティという関係で少なからずの迫害を受けていたという。
(その辺りは中世の魔女狩りに近い内容だな)
前世世界の魔女狩りと違い、この世界の魔女は力があり、事実として奇妙な儀式も横行していたのだという。それは一種の宗教のようなものではあったが、ある意味狭いコミュニティでは起こりうるものだ。
「だから大昔の魔女はこの土地の、魔力に目をつけて木々を品種改良して、自然の要塞を作った。それこそ、何千年もかけてね。だから、このバーバヤーガ樹も自然発生したのではなく、人工的に作られた道具なの」
「なるほどなぁ。生きる為の術って奴か。だから、魔力に関してはかなり都合がいいんだな、この樹木」
バーバヤーガ樹が魔力との相性が抜群で、程よい堅牢さを持つ理由がそれでわかった。都合がよいファンタジーの代物といえばそうだが、そうなるまでに必要にかられて作らなくてはいけなかったというわけだ。
それゆえに魔女が今なお生き残り、こうして社会に進出しているのはその当時の魔女たちの守りのおかげなのだろう。
「魔女も、生き残るのに必死だった。だから魔法技術を研究したし、過去では王国と手を組んで、今に至るわ。合理的ね」
「えー? 当時の王様と周囲の反対を押し切った大恋愛の末ですよ?」
ゼタは夢見る少女のような瞳を浮かべながら、反論する。
「話を盛ったおとぎ話でしょうが。第一、その手の話、どこにでもあるわよ」
「でも実際、結婚して王妃様になってるし……」
「結果論じゃない。まぁ、そのおかげで魔女の地位は向上したことは間違いないけど」
何にせよ、今こうして魔女と関係をもち、その技術を応用できるということを考えれば、顔も名前も知らない過去の魔女には感謝するしかない。
彼女たちがいなければ、バルカはそもそもロボットを実現することはできなかっただろう。
古き魔女たちが、積み重ねたもの。それは言ってしまえばファンタジーの極致であり、誰もが想像する空想の産物ではあるが、それが巡り巡ってロボットという正反対に位置するものを作り上げるというのは因果を感じるというものだ。
「見えてきた。集落よ」
進み始めて数十分後。樹木が存在しない、広い空間に出る。周囲は相変わらず薄暗く、頭上を見れば一体どうやったのか、広間を囲むように生えているバーバヤーガ樹の枝と葉がドームのように伸びて天井になっていた。
広間には小さな木造家屋が十つほど存在して、その周りには女性ばかりがいた。ほとんどが年老いた老婆なのだが、中には幼い少女たちもいて、ナイフで杖を作ったり、老婆たちの手伝いをしている。
「基本的に、魔女の森は一族単位で集落があるの。ここは私たちの集落じゃないけど……」
ラーゼが説明をしていると、少女たちの集団がこちらの存在に気が付いたようで、わぁっと寄ってくる。
四人の女の子たちだ。
「ラーゼ様とゼタ様だ! あ! 男がいる!」
彼女たちはバルカに興味津々のようで、色々と期待に満ちた目を向けていた。
「男だー! パパ以外の男って初めてみた」
「お客さん? それともお婿さん? ラーゼ様とゼタ様の?」
「駄目よ、お婿さんは一人だけしか取れないの。喧嘩しちゃうわ」
「修羅場?」
バルカはなんの話だと言いたくなったが、あえて堪える。
思えば、魔女の森に魔女というか女性が多いのはわかっていたが、よもや魔女は女性だけで生殖が行えるわけでもないだろうと思っていた。
彼女たちの話を聞くと、一応、男も存在するようだが。
「どうも、こんにちわ。えぇと君たちは……あれ?」
腰を下ろし、少女たちに目線を向けると、気が付くことがある。
彼女たちの顔立ちがそっくりなのだ。年齢はまばらなのに、同じような亜麻色の髪、目つきや鼻立ちも似ている。
「姉妹なのか?」
「そうだよ?」
最年長、といっても十歳になるかならないかな三つ編みの少女が頷く。
「そ、その、魔女はあまり男の人を受け入れないので……えぇと、自然と、その……多くなります、はい」
ゼタは急に顔を赤らめて、しどろもどろな説明をしていた。
「多くなるって……あぁ、いや、わかった。そういうことね」
思わず聞き返すが、大体何を言いたいのかはわかった。
「じゃあ、そのなんだ。この子たちもだけど、周りにいるおばあさんたちも?」
「みんな姉妹よ」
ラーゼの返答で、色々と納得が出来た。
「集落っていうか、つまり、ここ一帯が家なんだな」
「まぁそういう事。親族で集まってるわね。あんたたち、髪の色からすると、レイの子たちね? レイとお父さんは……ああ、いいわ」
ラーゼが長女に質問すると、長女はすっと一軒の家を指さす。
灯りはついていない。窓も閉じ切っていた。
それに気が付いたラーゼも顔を赤くしていた。
「家族が増えるよ!」
「やったねお姉ちゃん!」
「やめなさい」




