第22話 威力誇示の為の出撃
「何とも、不思議なものだな。この、ロボットというものは」
ギガステリウムのコクピットは広く、それはさながら船のブリッジのようでもあった。
中央に簡易的に設置された座席に座る軍服の老人は顎髭をなでながら、内壁の埋め込まれたクリスタルに映し出される外の映像を見て、そしてテスト運動を行うギガステリウムの振動に身を任せつつ、感嘆の声を上げた。
「船とも違う……ふむ、クッションが欲しいな」
ギガステリウム起動から三日後の事である。未だ鉄板装甲は身に着けられず、工場の内部を前後する程度の動きしかしていないギガステリウムに『艦長』が赴任した。
フィッツ・ウィリアムという齢七十を迎えるかどうかの老兵だった。
その人物がどういう人なのかをバルカは知らなかったし、他の面々も知らなかった。あまりにも世代が違いすぎて、かつては先代の王から勲章も授与されたと聞いてもピンとこないのである。
かくいう老兵も自分の評判というか、立場を理解しているのか、それとも本人の性格なのか、あまり威張らない為に関係性は良好ともいえた。
「バルカ君と言ったね。よくも、このようなものを思いついた。普通は、中々、できんことだよ」
「ありがとうございます。とはいえ、私もこれは思い付きに近いものでしたので……」
半ば、ギガステリウムの動力炉担当になってしまったバルカはこの老兵を持て余していた。悪い人ではない。むしろ、こちらに歩みよろうとしてくれるし、ロボットについても理解をしようとしてくれているが、なんというべきか、バルカ個人があまりにも年上すぎる老人の扱いになれていないのだ。
「しかし、この兵器は攻撃を受けることを前提にしているのだね? ふーむ、装甲船は海にもないことはないが、困ったな。あまり指揮をしたことがない。海では、攻撃を受けることは避けたいものだったからなぁ……それに腕ときた。殴り合いをする、陸を走る戦艦か……興味深いものだ。とはいえ、これは指揮が忙しいな。右腕と左腕担当の負担も考えねばな」
ギガステリウムの操縦はなにもバルカ個人で行うわけではない。バルカは出力調整の動力担当だが、左右の腕にはそれぞれ別の魔法使いが担当する。
そこに脚部の調整を行う魔法使いもいて、この者たちはブリッジの下方、人間でいう肋骨の部分にいて、しかも彼らは鳩尾に設置された魔力砲の制御担当も兼ねている。危険な部署だった。
また体の各所に取り付けられる予定のバリスタ、大砲にはそれぞれ兵士がおり、さながらそこだけは船の様相を見せる。場合によっては機体の外に出て、身を投げ出しながら攻撃を行わないといけない。
機体各所に埋め込まれた魔石による周囲の投影も、それでは不十分であるとして、頭頂部には目のよい監視兵も三人態勢で乗り込んでいる。
「総数三十名か。船に比べれば少ないな?」
「もっと技術が進めばいずれは五人程度でも稼働できるようしたいです。究極的には一人で操作できるようにも」
現状のギガステリウムはとにかく無駄と手間がかかる。プロトタイプ故に仕方ないが、動かすだけでも人員がかかるのはちょっとした問題だ。
直接、身を乗り出して作業をしなければいけない部分も改善ポイントである。
「ですが、今はまだこれでもいいと思います。こうしてテストを続けて、問題点を洗い出せばおのずと次の改良が思いつきますので」
だからバルカは実験を続ける。確かにロボットは完成した。試作機、プロトタイプだとしても、色々と妥協点の多い機体だとしても、間違いなく、ロボットを存在させたのだ。
しかし、それで満足してはいけない。今ここに立つギガステリウムはやはりハリボテなのだ。
そのハリボテをロボットにしようというのだから、力も入るというものである。
***
「はっ? 出撃、でありますか?」
一方、同じころ。
ラムダスはソーズマンの執務室に呼び出され、唐突な指示を受けて困惑した。
上司であるソーズマンはデスクに肘を乗せて、頷いた。
「突然ですね。慣熟テストは始まったばかりだというのに」
ラムダスはあまりにも急すぎる命令にいささかの難色を示した。彼の立場はそれをするだけの事が許されている。伊達に秘書をやっていない。
対するソーズマンも仏頂面を浮かべたままではあるが、部下に対する誤解を解くべく発言した。
「侮るな。俺が見栄の為に出撃を命じさせたわけじゃない。小うるさい大臣どものたっての願いだ」
国とは国王の一存だけで全てが決まるわけではない。独裁政治とは異なるのである。特に金回りの問題は国王の勝手で好き勝手使えるわけではない。新兵器の開発はそれだけ財政にダメージを与える。
「国家予算だからな。無駄なものを作りましたでは話にならんといいたいのだろう」
それで国民の生活がおびやかされないのはひとえにインバーダン王国が豊かであるからだろう。
しかし無限ではない。多額の資金を使うならそれに見合った性能と活躍を見せろというのは当然の権利でもある。
「それに一世様の体調が芳しくない」
「安定していたと聞いていましたが」
「春の頃はな。しかし夏に入り、この気温差だ。それに、歳の関係もある。こればかりは、天命としか言いようがない」
「承知しました。ですが、やはり急です。ロボットとは、我々とて未体験の兵器です。それを出撃させろというのは……物々しいと思いますが」
通常であれば完成披露宴、パレード程度で良い。国の外をぐるりと一周させるだけでも効果的であろう。
むしろそれが普通である。いきなり、実戦にだせというのが到底おかしい話なのだ。
だが、ソーズマンははっきりと『出撃』という言葉を繰り出した。それは久しく聞いていない戦場下の言葉である。
冗談で口にできるものではない。
「南のな。ゴバの街の方面で巨大な影を見たというのだ」
ゴバとは険しい山脈のそばにある、田舎に位置する都市である。軍事的拠点としてもさほど重要ではないが、静かな場所であり、秋のシーズンになれば紅葉が美しい、冬になれば雪山が映えるという理由で別荘地としての立場を持つ土地である。
特別、それ以外の産業があるわけでもないが、比較的貴族や上流階級らとの接触が多く、別荘の管理者として一年を通して住まう者たちも多かった。
そのような街で影を見たというのは奇妙な話である。
「真夜中で、雲も多かったらしくな。影が山脈に消えていくのだけは見えたらしい」
「まさか、船ですか?」
その言葉には空中船という意味があった。
「ですが、ゴバに海はありませんし、船着き場につかうような土地も街の方にしか……湖はありますが、目立ちます」
湖と言っても、人工的に作られたものであり、これもまた街の近くにあった。ボートをこぐためだけのものである。
「夏季の害虫除けに赴いた魔法使いたちからも奇妙な報告があってな。ゴバには不思議と虫も獣も見当たらなかったそうだ。一応、薬品は撒いてきたようだが」
「現地の滞在兵からの連絡はあったのですか?」
「山を越えさせる装備はない。一応、山脈のふもとまでは調べてはみたらしいが、それだけでは何ともな。念のための増援を要請されたという理由もあれば、こちらも動くしかあるまい」
「普通なら通常戦力を差し向ける所ですが、時期が重なってしまったというわけですか」
「そうなる……権威主義の辛いところだな。ギガステリウムにはいきなりの実戦になるが、現地までは空軍から一隻、ガレオン船を派遣するとのことだ。輸送と、万が一の護衛だな」
というよりはギガステリウムの役割は威力誇示の為の置物で、実際はガレオン船による空中からの探索がメインという事になるだろうというのはラムダスも察しがつくというものだった。
これに対してソーズマンが嫌な顔一つしないのは仕事と主義主張を割り切っているからだろう。陸軍に不可能なことを任せられても困るといった所か。
「王家がばたついている今、いらぬ心配を増やすのは後に響く。何事も先手を打って、問題の芽を摘み取るのがいい。一応、ギガステリウムにはバリスタと大砲をいくつか装備させる。鉄板装甲の張りつけもさせておいてくれ。それと、艦長のフィッツ・ウィリアムな。どうなのだ?」
「慣れぬ兵器に戸惑いはあるようですが、さすがは熟練の船乗りです。知識と経験で補っているようです。あの老兵の指揮ならば、問題はないかと」
「そうか……士官養成学校の校長だった男だからな。よろしい、人員の采配は任せる。俺もできる限りは装備を整えさせる。出撃は明日の明朝、それまでギガステリウムは待機させよ」
ラムダスは軍靴の踵合わせて、鳴らすと敬礼をして執務室を後にした。




