第15話 感動と不安を胸に進む
わずかとはいえ、ギガステリウムの右腕が稼働した瞬間、工場内の作業員たちは手を止めて、歓声を上げた。
自分たちが作り上げているものがでくの坊ではないという事が証明された瞬間でもあるし、心の奥底にしまい込んでいた不安すらも払拭するほどのことだった。
たかが右腕が回って、前に突き出されただけである。だとしても、人の形をしたものが、人と同じ動きをするというのは感動にも似た空気を周囲に伝達させていった。
それはいうなれば赤子が初めて立ち上がった時の感覚に似ているだろう。ギガステリウムはそれほどまでに手間のかかる代物だったのだ。
だからこそ、工場内にいるものたちは、バルカも含めてこれならば行けるかもしれないという認識を持てた。腕が動くなら、足だって行けるはずだと、漠然とした期待を抱くことができるのだ。
「自由自在、人間と同じ動きというわけには参りませんな」
冷静に言って見せるエイルであったが、彼自身もどこか誇らしげだ。自分が手掛けた作品が評価を受ければそういう顔も浮かぶというものである。
「それは技術が成熟して、進歩してからでいいんじゃないかな」
その時、バルカは思わず素の言葉使いになっていた。
エイルも一瞬だけをそれが気になったのか、眉をひそめたが、すぐにどうでもよくなり、バルカの言葉にうなずいた。
「立って、腕を回すだけのでくの坊でも良い。動くという事実こそが重要というわけですかな?」
「そういう事。極論、足は人間みたいに歩行できなくても進む技術はある。今は無理でも、それで人間の形をしたものが進んでいるという事実はある。腕や頭をそれらしく動かすことができれば、あとは人間が勝手に想像力を働かせるというわけで。ところで、こいつの拳は、指は動かせる?」
現在、拳は単なるブロック状のものが仮の拳として設置されている。
手首の動作確認用のパーツとのことだった。
「企画段階ではそのようにもなっていましたが、不可能です。今現在は二本指と言いますか、こう、つまむような形になります。アンカーといえばいいでしょう」
説明をするエイルは親指と一指し指で割っかを作るようにして例を示した。
この世界では通用しないだろうがマジックハンドのような形だろう。
「それならば構造そのものは単純化できますし、強度も保てます。この大きさで作るのですから、ものを掴むぐらいは出来ましょう。それでも、あまり使って欲しくない場所ですけどね」
「なら最初からものを掴むことを考慮せずに、鉄の塊で拳のようにしてみたらどう?」
「その案も出ています。なので、形としては右腕をアンカー、左腕をハンマーと称しています。それと、これはラムダス様から頂いた提案をまとめたものです」
バルカには新たな図面が手渡された。手書きの簡易的な図面なので、詳細な形を伺い知る事が出来ないが、ところどころに書き足された文章もあった。
そこに描かれているのは恐らくは鉄鋼装甲と武装を取り付けられたギガステリウムだった。
両腕の各所には無数の小型砲が設置され、胴体などにはバリスタの発射台なども用意されていた。
武装配置はガレオン船のようなものだが、その中でひときわ異彩を放つのは胸部に描かれた黒く塗りつぶされた箇所。これは空洞のようにも見えた。
「エイルさん、この胸の所は?」
「あぁ、それは魔石のエネルギーを逆流させて、一種の魔力砲として使う砲身ですよ。ただ、大砲よりも射程が短いですし、計算上、一度使ったらギガステリウムは沈黙します」
「必殺技ってことか……」
「はい?」
バルカの呟いた言葉の意味がいまいち理解できないエイルは首を傾げたが、説明を続ける事に集中した。
「それと、現状でのギガステリウムの稼働時間ですが、魔石のエネルギー供給および各所の消耗具合などを考慮して……最大稼働は二時間。ですが、仮に戦闘機動を行えば三十分と持たないでしょう」
「それでも充分な時間が確保できてるじゃないですか」
「理論上の計算ですので、恐らくはもっと短いですよ。もちろん、研究を続けるのであれば伸ばす方向も考えますけど」
「成功して、王子の目に留まれば資金提供も出るさ。なんにせよ、これは良い方向ですよ。腕と頭だけでもくっつけて動くところを見せれば、アピールにはなる」
「でしょうな。こちらも関節部分は集中的に作業を進めていますので、デモストレーション程度なら問題なく稼働できるでしょう。お任せください」
エイルは自信たっぷりに宣言したので、バルカも頼もしく感じることができた。
解決するべき課題は多いが、それでも前身している事がわかるというものは心地よいものである。
だがバルカは同時に冷静で、冷淡な自分がいる事にも気が付いた。
(こいつは、式典が終わった時、どう扱われるんだろう?)
常備戦力として、一時期は維持されるだろう。
だが、船などとは違い、この人の形をしたマシンはそれ以外の役割を戦場以外では保つ事が出来ない。もしこのロボットが人間のように動けるならいかようにも活用方法はあるだろう。
そうでないのなら、地面を整地するための農具程度の役割しか持てないだろう。兵員輸送として使うにしても、それなら最初から陸上戦艦として作り直した方が早いし、空の戦艦の方がよっぽど使い勝手が良い。
もしかしたら、このロボットは、そうそうにお役御免になるかもしれない。
湧き上がる熱で興奮している事に違いはないが、間違いない不安もまた生まれつつあった。
(だとしても……こんな夢のような出来事を、放り投げる方が勿体ない。存分に好き勝手出来る人生なんだ。やれる所までは突っ走ってみるのも一興って奴だな)
バルカはもやもやとした感情を払拭するように、王子へのアピールをまとめるべく、エイルと話し込む事にした。
好きなことを仕事に出来ている。その心地よさで不安を隠すように。




