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彼はくんくんと鼻を利かせながら、やかましい声を撒き散らす人と屋台との間を縫っていった。キャラクター付きの袋で飾られるわたあめも、色とりどりの水風船も、水槽で泳ぎ回る金魚も、彼の目には映らないらしい。まるで何かに引っ張られるように、迷いなく彼は進んだ。
連なる赤い提灯の終着点、境内でも一際寂れた場所に、それはあった。『いか焼き』という文字をでかでかと貼り付けたテントの下、熱い鉄板の上で、ジュージューと音を立てながら焼かれていた。
香ばしい醤油の匂いが鼻の奥を行ったり来たりして、僕たちは静かに小銭入れを取り出した。小銭をじゃらじゃらと掻き回す。
「「ふたつください」」
「「えっ」」
思わず顔を見合わせると、僕らはほぼ同時に、店主のおじいさんに三百円を差し出していた。いか焼きは、ひとつ百五十円。
「ここは僕が払う」
「いや、ぼくが」
「僕と君との仲だろう」
「ぼくはどうせ君に食べられるんだから、この先短い命にお金なんて」
「それは僕も──」
彼はそこで言い淀んで、僕たちは黙り込んでしまった。
しばらくして、咳払いがひとつ。
「それで」
僕たちが目を向ければ、おじいさんは、白いもじゃもじゃの髭で覆われた口をもごもごして、低くしゃがれた声を出した。
「買うのか、買わんのか」
僕たちはまた同時に息を吸う。
「「買います!」」
だからぼくが、いや僕が、と揉み合い始めるのを見て、おじいさんは大きなため息をついた。
「もうよい」
えっ、という表情で、彼も僕も振り向いた。
「金は払わなくてよい」
「「でも悪いですよ!」」
声が重なってまたいがみ合う。おじいさんもまたため息をつく。
「もうよいのじゃ。ここに店を出しているのも、なにも金のためではない」
おじいさんは、昔を懐かしむような遠い目で、話し始めた。
「わしはもう先が長くない。最期に、この地域のためと思ってここに店を出したが、ただでさえ人口の少ないこの町の、この祭りの、その中でも寂れたこんな所では、客足もわずかじゃ。君たちが初めてのお客さんじゃよ」
ほれ、と差し出された二本の串刺しになったいか焼きを、僕たちはしぶしぶ受け取った。
「さて、わしは人生最後の花火でも見るとするかの」
おじいさんはそう言うと、錆びついたパイプ椅子から立ち上がって、店仕舞いを始めた。
テントの柱を畳み、鉄板の火を止めるおじいさんを後目に、僕たちは後ろめたい足取りで屋台を後にする。
「花火……ね」
彼がイカの頭の三角にかじりついてそう呟いた途端、彼方でしょぼくれた音が響いた。
顔を上げるとそこに見えたのは、ゆるやかな線を描きながら、ひゅるひゅると昇っていく火の玉だった。
読んでくれてありがとうございます。
[追記]
誠に勝手ながら一部を改稿しました。もう読んでくれていた方にはごめんなさいです。