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夏祭りの夜、屋台の群れから少し離れた川の土手に、僕と彼は二人、静かに腰を下ろした。
「それで」
僕が切り出すと、対岸を眺めていた彼がこちらを振り向く。その目にかかった長髪は、ちらちらと視線を遮って、くすぐったかった。
「僕の息の根を止めたら、そうしたら、どうするの」
彼は整然とした表情で、奥に潜めていた答えをこぼす。
「食べる」
彼の単純明快で難解な回答に少し戸惑ったけれど、彼はおもむろに口を開いて説明を始めた。
「髪は剥いでから一本一本味わって食べるし、君の臓物も、皮膚も、筋繊維も、ぜんぶきちんとした方法で食べる」
前髪をくるくると弄ってから付け足す。
「骨とかは……僕の顎じゃ噛み砕けないから、灰にしてスープにでもいれるよ」
やっぱり彼は変な人だと思った。それでも、彼になら命を奪われてもいいと、なぜかそう思うことが出来た。
「幸い、僕らはまだ法に裁かれる年齢に達してない。だから、僕らだけの世界で、人生を決められる」
彼は大きくため息をついて、土手に広がるふかふかの芝生の上で、大の字に寝転がった。
「でも、それももうすぐ終わる、終わってしまう」
彼はぬっと手を伸ばして、僕の髪の毛を一本だけつまむ。ぷち、という心地よい痛みが走ると、彼はそれを口に放った。
「やっぱり美味いな、君は」
その一本の髪の毛をしゃぶって、咀嚼しては、おいしいという言葉を挟んで、彼は最終的にそれを飲み込んだ。
「君からはいつも違う味がする」
僕が首を傾げると、彼の黒く深い眼は移ろいで、また言葉を足した。
「命の味がするよ」
それでもやっぱりわからなくて、僕は思わず笑ってしまった。そして彼と同じように、芝生に寝転ぶ。夜空に浮かぶ月の光は、風に運ばれて、緑の芝生を青白く照らしていた。
僕が天を仰いでいるその間、横になった彼は僕をじっと見つめて、視線で僕を舐めまわして、そうして満足したように微笑むと、むくっと上体を起こした。
「なにか、食べたいものある?」
そう尋ねる彼の表情もまた、月の光に照らされて白く輝いている。
「いか焼き」
僕は問いにそう答えた。
「いか焼きが食べたい」
彼はうーんと唸って、いか焼き、いか焼き、と言葉を転がすと、
「いいね、いか焼き」
と賛同して、ゆっくりと立ち上がった。浴衣の懐から眼鏡を取り出すと、透明の四角で縁どられた目元で、僕を上から覗き込む。
「じゃあ、行こうか」
彼が差し出した手を取って、立ち上がる。そしてその手に引かれるままに、赤い鳥居をくぐり抜け、煌びやかな屋台が林立する境内へと足を踏み入れた。
読んでくれてありがとうございます。
[追記]
誠に勝手ながら一部を改稿しました。もう読んでくれていた方にはごめんなさいです。